第136話 よくない兆候


 糞みたいに魔力を使ったはずだが、魔力枯渇には程遠かった。魔力量は残っていても、魔法を使う集中力が切れたというほうが多分正しい。


 使った魔法量は、多分限界を超えていたはずだが、魔力増幅する石に私の魔力が触れて、勝手に増えたようだ。


 まあ、よくわからない。


 助かった三人とレオンの様態は安定しているが、移動はまだ難しいと判断された。あと一週間ほどはこちらに滞在して、行きよりも長い日数をかけて街に戻る予定だ。


 最初に救助に手を挙げてくれた少年は、セラフィナが既に保護をしている。奴隷の子かと思ったが、叔父の家に住んでいる少年で、妹のために鉱山で働いていたらしい。両親が亡くなり、他に身寄りがなかったが、その叔父も中々に評判の悪い男だったそうだ。


 約束通り、妹も一緒だという。


 私を助けたことで二人にも危害が加わる可能性があるが、どうにも株が急上昇しているセラフィナが保護したので、大丈夫だろう。ソレイユ家の侍従にも確認へ行ってもらったが、問題はなさそうだとのことだ。


 セラフィナが、魔力枯渇を起こした後で難しいとは思うが、遺体の捜索を手伝ってほしいと言われた。一体か二体見つけた後、魔力枯渇を起こしたように倒れたふりをしてくれれば問題ないと言われた。


 レオンを助けるときの私の態度はかなり反感を買っているらしいが、生き埋めにされた婚約者がいたのだから錯乱しても不思議はないし、自ら手を差し伸べなかったのだから仕方ないという方向に世論を持っていくためのパフォーマンスが必要だと言われた。


 無論、警護がつく中、土に魔力で作った水を含ませ、掘り返しやすくして捜索を手伝ってきた。まだ余力はあったが、セラフィナから苦しそうに倒れるように指示されたのでそれに従って倒れてまた病院に戻ってきた。


 その後は無理が祟って死にかけたということにしたいから病院から出るなと言われて暇である。


 色々な事が何とかなっているが、一つ大きな問題が残っている。


 これは、尾を引きそうな、とても不味い問題だ。正直言って解決策が分からないし、一番私にとってはよくない。セラフィナでも対応できないだろう。


 これまでの婚約者との関係は、恋仲になろうと努力したのは最初の婚約者だけだった。それも別の女性が現れて破談になった。あの時は流石に少しへこんだ。それがあったからだろう。婚約者とは家のための結婚準備期間でしかないと割り切り、あまりにも婚約破棄をされ続け、そのうち婚約破棄されるから、生活分の仕事はして過ごそうと考えるようになった。


 だから、私にとって婚約者は、少しの間暮らす家の人くらいの扱いなのだ。


 決して、色恋が絡むこともなく、むしろ強要されたら警戒し、煩わしいと思う。


 自分でも、それが自己防衛だということは理解している。実際、それは身を守るのにも心を守るのにも役に立ってきた。


 だから、どれだけ優しくされても、どれだけ尊重されても、レオンにときめくことも、恋愛感情を持つこともあってはならないと考えていた。


 最初の婚約者は、努力はしたが恋愛までは行かなかった。口づけをしたが、正直よくわからなかったし、好きかと言われれば、一応好きと言えと言われれば言える、そんな程度だった。


 それでも、ショックだったのだ。


 もし、本当に好きになってしまった相手から、婚約者から、別れを告げられたら、きっと辛いだろう。だから、私はレオンを好きにならないと決めていた。


 だから、これは大きな問題に他ならない。


 そして、解決策は一つしかなかった。


「婚約者に死なれては、慰謝料も何もないからです」


 レオンが少し回復して、座って食事をとれるようになってから、できるだけすました顔で言う。レオンからは改めて礼を言われた後での言葉である。


 自分でも、可愛げの欠片もないと自覚している。


「確かに、それについては契約書に書いていませんでした。戻ったら、その場合も慰謝料を払うように変更しましょう」


「い、いりません」


 あっさりと返されて、強く返してしまう。


「でも、将来を考えると、そういうことを含めて考えて置いた方がいいでしょう」


「っ」


 レオンが先に死ぬことを考えただけで胸が痛くなる。


「そんな顔はしないでください。死地から戻ったばかりです。まだしばらくは旅に出る予定はありません」


「そうしてください」


 レオンはまだ、素敵な女性と出会ってもいないのだ。そんな状況で死んではあまりにも可愛そうだ。


 そう、レオンに見合う女性が見つかったら、無駄に優しいレオンが気兼ねなく私と婚約破棄できるように、もっと嫌なところを前面に出しておいた方がいい。


「まあ、こんなことがあったのです。もう私と婚約すれば幸運が訪れるなんて馬鹿な迷信は消えるでしょう。これ以上婚期を遅らせる前に、レオン様もご結婚を真剣に考えられた方がいいのでは」


「もちろん、真剣に考えています。戻ってから、シーモア卿と交渉をするつもりでしたが、リラがその気でよかったです」


「そうですね。今の後見人はシーモア伯爵ですから、おじいさまにも許可を頂くほうが後々揉めずに済みますね」


 やはり、こんな大怪我までして死にかけたのだ。私といても価値がないと理解してくれたらしい。


 私の感情に気づいたら、優しいレオンは婚約破棄がやりにくくなるだろう。だから、早い方がいい。


「リリアン様と王妃様には私から話しておきます。婚姻の届だけは先に出させてもらいましょう。不備を指摘されたとはいえ、婚約関係であったのは事実ですし、一年と言うのも、少しまけてもらいましょう。結婚式に関しては、女性方で話し合って、じっくり準備期間を設けてもらっても構いませんから」


「……えっと、誰と、結婚されるのですか」


「リラ・ライラック準男爵とですが」


 当たり前に返される。


 レオンはたまに会話を噛み合わせないことがあるが、今まさにレオンと会話が噛み合っていない。


「いえ、私といてもレオン様には幸運が訪れませんから、戻り次第婚約破棄を」


「うっ」


 急にレオンが右腕を抑える。


「リラ殿は、俺の不幸を自分の責任の様に言いながら、その責任を取るつもりはないのですね」


「いえ、その……婚約破棄の慰謝料は、多くなくていいです」


 なくてもいいと言いかけたが、人間金がないと困ることはよく知っている。


「俺の右腕として生きてはくれないのですか?」


「……」


 レオンが素敵な女性とその子供と生活する中、執務だけ私が手伝う姿を想像して、胸が苦しくなる。


「婚約破棄をした方と、生活するつもりは、ありません」


「婚約破棄はしないですし、婚姻をむしろ早めたいと言っているんです。そもそも、リラ殿は俺が死にかけていると知って、必死に助け出そうとするくらいには愛着を感じてくれているのでしょう? 結婚を無理強いすることに、すこし後ろめたさを抱いていましたが、想いが同じであれば、遠慮する意味はありませんから」


「………」


 はっきりと言い切られ、恨めしくて睨んでしまう。


「ふっ、そんなかわいい顔をするのは反則ですよ」


 無事だった左手が伸びて、頬に触れる。親指がそっと唇に触れた。


「リラが届けてくれた水球もこうやって撫でてあげたんですよ」


「……」


 口の上手い男に碌な奴はいない。



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