第134話 王妃になるために生まれた女


 困った状況になっている。


「……この程度では、浄化したとは言えないな」


 セラフィナは、黒い淀む石を灰色のくすんだ石に変えて見せた。それが鉱山の中で広まった。


 そして、本来王妃にしたかったリラは鉱山で貴族らしい横柄な態度を取り、自分の身内だけを助けようとした。その上、事故に巻き込まれ、夫の場所を教えてくれと懇願する妻に対して酷い言葉を返した。


 リラの心情もわかるが、それに対して生存の可能性のあるものを必死に助けようとしたセラフィナは、外で指揮を執ったために大衆の目に触れている。


 三人の内、一人だけが辛うじて生きて助かったが、あとの二人は息絶えていた。対してリラが助けに向かった先は、案内を除き全員が生きている。


 本来であればリラの方が賞賛されてもいい状況だが、鉱山夫を助けようと奔走したセラフィナと、自分の婚約者以外はどうでもいいと切り捨てたリラ。あまりにも極端に支持が分かれている。


「これもお前の策略か?」


「……いいえ」


 誰が、案内の者にレオンが邪魔だと伝えたのか。


 レオンの警護は、案内が急に中央の柱を崩しだしたと言った。偶然かどうかはわからない。だが、それが原因なのか、地震が起きたのか、あの大事故となった。


 まだ発見されていないものが多くいる。


「鉱山の者が私を王妃にと推したところで、ただの世迷言でしかございません。けれど、それを周知させ、噂に尾ひれを付ければ、私が奴隷に堕ちたことがあったとしても、それすら伝説の一部になるでしょう」


 セラフィナが静かな声で言う。


「リラ様は、確かに恐ろしく優秀です。けれど、あの人は上に立つ者としての教育は受けていない方です。無暗に奴隷を助ければ、どれだけ歪みが出るか。そして、必要であれば、身内よりも民を助けるふりをしなければならないと知らないのです」


 確かに、セラフィナの行動は完ぺきだった。


「……私を、正妃にしてくださるのならば、マービュリア国の王政を一変させて差し上げましょう」


「………この上、産まれた国まで滅ぼそうというのか」


「いいえ……。アクアリオス様に王位についていただくのです。あの方は、他の王族の様に馬鹿ではございません。そして、妻はレオン様の妹君です。私は、レオン様を助けることにも尽力しました。いざという時、ソレイユ家に願いを聞き入れてもらえるかもしれませんし、関係の改善につなげることも可能です」


 リラを見つけたとき、ようやくあの黒く淀んだ城から解放されると浮足立った。だが、あの寒い城には、新しくやってきた烏が巣をつくり始めていたようだ。


「断っても構いません。わたくしはただすべてを円満にする方法を提示しているだけなのですから。それとも、本当にリラ様に恋慕を抱かれていましたの」


 微笑む様は悪魔の笑いに見える。


「初めて見た時から、お前はずっと黒い靄がかかっているな」


 リラは、あの石の近くにいても澄んだ何かに包まれていた。そして、あの淀みを晴らしてくれた。


 あの時の美しい姿に、惚れるなというほうが難しい。


 リラは本当にレオン・ソレイユの妻となりたいのか、疑問を感じた。だからこそ、付け入る隙があると考えていたのだ。


 だが、それは見誤っていただけだ。


 レオン・ソレイユがリラに惚れているのは見ていればわかる。


 死んだかもしれないという時のリラの絶望。あれほどまでに想う相手から引き離して、その後の関係が作れるとは思えない。


「リラたちには、恩を感じていると言っていたというのにな」


「……ええ、リラ様たちには感謝しております。害そうなどと言うつもりもございませんわ」


 リラと同じように黒い靄に包まれても正気でいる女だ。利用価値はあると思って城に住まわせ、貴族知識がないと難しい案件を手伝わせた。そして、いつの間にか懐に潜り込まれていた。


「王妃として、傾いたルビアナ国のために、誠心誠意尽くさせていただきます。私は、そのために産まれ育てられてきたのですから」



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