第130話 水球



「レオン様!」


 来た道が最初に崩落した。すぐに護衛の一人が一帯に土魔法を展開する。


 大地属性と言われるが、農地と建築以外では全く役に立たないと言われている。だが、実際には土壌に対して影響を与えることができる稀有な魔法だ。一つの属性として確立しているが、ある種特殊魔法に分類してもいいものだ。


 空間周囲の地盤を固めたおかげで、一先ず圧死は免れた。


「ちっ、なんでだっ」


 案内をしていた男が中央の柱を掘り返し始めた。中から黒い岩が露出した。それと同時に、まだ地面が揺らぐ。同時に護衛のほとんどと自分も含めて嘔吐した。


 そして、中央の柱が半分崩れ、案内の男に圧し掛かる。それがいやにゆっくりに見えた。あたりに、鉄さびのような匂いが充満する。


 頭が重い。吐き気は依然強い。これは、酸欠状態か……。だが、ザクロが言っていた条件とかなり近い気がいる。


 意識が遠退き、次に目が覚めたのは顔に雫が当たった時だった。


「れ、レオン様……これは」


 空間は更に狭くなったが、不思議なことに呼吸はしやすくなっていた。


 警護が声を上げる。その先には、いくつもの水球が浮かんでいた。そして、中央の黒い岩に当たると弾け、なぜか数を増やした。そしてそれが起こるたびに、黒い岩は黒から灰色へ、灰色からより澄んだ色へ変わっていく。照明に付けていた魔法石がそれを光らせていた。


 数を増やした水球が一つに塊大きさを増すと、ふよふよと浮遊しだす。それには見覚えがあって、手を伸ばすと掴むことができた。水だが、なぜか弾力がある。表面を親指で撫でると、何か喜んでいる気すらした。


「これは、何でしょうか」


 唖然としているが俺にはわかっている。


 ふと、二つの水球が並ぶように現れた。見覚えがある。


 こんな密閉された場所で炎魔法をもろには使えないが、熱だけを使い、一つだけを蒸発させる。残った一つがくるりと宙を舞うと、持っていた水球と合体した。


「喜べ。俺たちがここにいることは、リラに伝わった」


 そう言って見回して、絶句する。


 警護に連れてきたのは三人だ。だが……この場には二人しか見えない。その二人も、半身と腕が埋まっている。


「……」


 水球は左手に乗っている。右腕を見下ろすと、可笑しな方向に曲がる自分の腕があった。そして、その近くには、自分以外の誰かの手がある。


 体の向きを変えた時、激痛が走った。水球を持っているのを忘れて、右腕を掴むと、熱くなったそこを水球が形を変え、覆うようになった。冷やされたからか、激痛はするが、痛みがマシになる。


 リラが近くにいるような、そんな心強さをお覚えながら、手の近くを掘り返す。使えるものは左手だけだ。


 崩れたばかりだからかとおもったが、やたらと土が軽い。掘り進めると、顔が出てきた。思ったよりもずっと早く、掘り返すことができた。向こうに別の空間があったらしく、体の半分ほどしか埋まり切っていなかったのもよかった。そして、ヘルメットのおかげで、頭の周りには僅かだが空間があった。奇跡的に頭が潰されず、息がある。


「水を……」


 だが、うわ言のような言葉に、死期を感じる。


 どれだけ持つか……。内臓に損傷があるかも知れない人間に水を与えることはできない。だが……もって数時間。その間に助けが来ることは絶望的だ。


 左手で、空中に浮かぶ水滴を摘まむ。いくつかを繋げるようにして、一口ほどのサイズにすると、そっと口の中に入れてやった。


 それくらいしかしてやれることが、もうない。


 警護である以上、その対象を守ることは義務だ。だが、誰だって、死にたくはない。


「こんな死に方は、嫌だよな」


 リラに俺がここにいると、まだ生きていたと知らせてしまった事は失敗した。


 あの崩落で即死したと、助けることは最初から不可能だったのだと、そう思っていれば、少しは悲しみもマシだったかもしれない。


 泣き言を飲み込み、他の二人も土砂から掘り出すことを始める。


 腕を挟まれていた方は、案外とすぐに引き出せた。二人で、最後の一人を掘り出す。腰から下を圧迫されていたが、彼が土魔法を使っていたため、それほど強い圧迫にはならないようにできていたようだ。


「警護でありながら、申し訳ありません」


「このような場に入った俺も軽率だった。共に地獄へ行くんだ。謝罪は不要だ」


 また崩落があれば、終わりだろう。


 リラは情が深いから泣いてはくれるだろう。そのまま本当にルビアナ国の王妃になってしまうかもしれない。リラが幸せならばいいが、他の男に取られるのは癪だ。少なくともジェイド王はやめて欲しい。


 両親にも迷惑をかける。跡取り息子が事故死とは……。ミモザの子は男児だった。ミモザも国に返し、そちらを教育することになるだろうか。まあ、あの人たちは自分たちのことくらい何とかしてくれるだろう。


 王族は、ソレイユ家に補償はしてくれるだろうが、リリアン様はこういうことに馴れていないだろうから不安定にならないか心配だ。慰め役のリラは……リリアン様を慰められる状態でいられるだろうか。俺が死んでも、リラはリリアン様を慰めているだろうか。


 書くものがあれば、最後に言葉の一つも残せただろうが、残念ながらそれもできない。


 皆諦め、一人は静かに涙していた。そんな中、右腕にまとわりついている水がわずかに動く。見ると、人差し指が、自分の意思とは関係なくどこかを指していた。


「……リラは、こんな状況でも諦めさせてくれないようだ」


 中腰にしかなれないような高さしかない空間で、指が示した方へ向かう。何があるのかと触れば、ぞっとするほど脆く崩れた。崩落を思い出し身構えたが、続けて落ちることはなかった。


 あまりにも不自然な柔らかさに、恐る恐る辺りを探る。なぜか、一つの方向だけ、土が柔らかかった。元々の坑道があった方向なのか。それにしても、おかしい。


 まるで、魔法でそうしているような……。


「……俺は、もう少しもがこうと思ってる。体は動くか?」


 限られた空間のなか、体を動かせば空気がなくなり死ぬ可能性もある。賢い判断ではないのかもしれない。だが、進めと道を示された以上。ここで座っている訳にはいかない。



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