第129話 ある日の約束
砂埃が落ち着くと、リラの周りに小さな水球が数多に浮かんでいた。キラキラと光を反射して宝石のように輝く中、対照的にリラの顔は絶望していた。
「リラ様、魔力を抑えてください」
常に連れているメイドが慌てた声を上げる。
「リラ、すまない。本当に……、誓っていい、これは事故だったのだ。本当に殺す気など」
言い訳がましく言うが、こちらを振り向きもしない。
「何があったのですか!」
駆け寄ってきたセラフィナが、塞がった坑道を見て顔を青ざめさせた。
「ジェイド様、ジェイド様にお怪我は」
奴隷商から助けてやったからか、献身的に働く女は、真っ先に俺の心配をした後、こちらを見て胸を撫で下ろした。
「救助隊を編成する! 責任者を呼べ」
命じるが、皆の視線がこちらにない。何事かと振り返ると、リラが両手を上げ、手の平を鉱山へ向けていた。
細かい水球が、鉱山にぶつかっていく。そんな雨粒のようなもので、どうにかなるわけがない。
「リラ、また崩れるかもしれない。安全な場へ」
「触るな」
リラの周りを囲うように水の膜が包む。
「死んでない! レオンはまだ死んでない! 絶対に、私がいるのに、死ぬわけがないっ」
叫ぶ声は、うわ言のようだが、はっきりとしていた。
「絶対にっ」
更に水球が産まれ、鉱山へ吸い込まれていく。
水球が土や砂利の間を進む。途中、何かに当たると水球が二つか三つに分裂とも増えるとも言える状態になった。
出した水球の何倍にもなったそれらを全て、進めていく。途中、まだ温かい何かに触れることがあった。それが何か、ひとつひとつ確認する時間はない。ただ、鼓動の有無を確認していく。
「………地図……。坑道の地図をもってきて!」
男口調で乱雑に命じていた。
きれいに繕う余裕などない。
「あ、あの、これです」
地面に広げられたものを見おろす。
「レオン様はどこに向かっていたんですかっ」
怒鳴るよう問うと、国王と共に戻ってきた案内の一人が道を指した。
「……方向は!?」
「えっ、えっと……」
「あっち、あっちだよ」
指をさす方向に水球の数を増やす。いくつかの水球が、ぽんと空間に出た。また何かに当たると十倍近くに膨れ上がる。それを一つにまとめ、空間のサイズを測るように一度広げた。
地図からして、いくつかの坑道に分かれる場所だ。中心の柱のおかげか、崩れ切っていない。
この近くをどう探ればいいのか。そう考えたとき、集めなおした水球を誰かが撫でた。
「………」
水球で、把握はできている。だが、見えているわけではない。けれど、心がざわついた。
水球を近くにもう二つ作りだす。少しして、一つだけが、ふっと立ち消えた。
「……っ」
涙が溢れるのを、腕で乱暴に拭う。
見つけた。絶対に、これはレオンだ。
「救出に向かいます。手伝ったものには、感謝のしるしとして褒章を。奴隷として働く者には、自由と安全な雇用先を用意します」
振り返り、声を張る。けれど、動くものはいなかった。
また崩落することを危惧する声や、貴族の言葉は信用できないという囁きが聞こえた。
「…………」
諦めるのは早かった。
自分の足で、鉱山の入り口へ向かう。見つけた場所から、ここまでで最短のルートを探る。やや斜め下だ。決して近くはない。だが、いつまであの空間が持つかはわからない。
考えろ、考えろ、考えろ!
水魔法で、できることを。
多くの砂利や土を避ける。それと同時に、崩落しないように支えなければならない。
崩落は、船の沈没を遅らせた方法を応用すればいい。
「お姉ちゃん」
薄汚れた黒髪の少年に服を引かれる。
「……俺が手伝ったら、妹たちも一緒に買い取ってくれるのか」
手には、体と同じくらいのシャベルを持っていた。
「……ええ。約束するわ」
「なら、俺は手伝うよ。お姉ちゃんの大事な人が、いるんだろ」
そういうとニカっと少年が笑った。
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