第127話 鉱山視察



 鉱山は、かなり大きなものだった。


 一日かからずに海があると聞いたが、そんな気配は全く感じないほどの鉱山街だ。上級貴族用の宿は一つあるが、それ以外は黄土色の土で汚れている。


 公爵領にも鉱山があるが宝石用ではない。趣の違いを感じながら、視察場所を巡った。


 ふと、ここには祭事のための社がどこにも建っていないと不思議に思う。ブルームバレーには聖女様がいるので聖女様の像が祭られているが、国が違えば色々なものが祭られる。鉱山での無事故と多くの産出を祈るのだ。


 科学的でないと言い出した研究員が、調べた結果、科学的だ! と論文を発表した。なんでも鉱山は魔力だまりができやすく、人の手が入ることでそれがいびつになり、魔力が変質している可能性があるとか。社を建てることではなく、その土地で続く祭事は何らかの魔力が使われることが多く。それらの変質を抑える効果が認められたとのことだ。


 まあ、社がなくとも国によって文化が変わる。他に祭りごとがあるのだろう。


「これは、わくわくしますね」


 エスコートされているリラが横で呟く。男たちが手押し車で往復している中、いくつかの坑道の口が開いている。


「運び出された土くれは、女性たちの手でふるいにかけられ、原石を探すそうです。逆に、鉱山の中は女人禁制で、男だけで作業をするのだとか。なので、わたくし達はこちらには入れないそうです」


 セラフィナの説明にリラがしゅんとした。


「……入れないのですか?」


「残念ながら、そういう習わしのようですから……。代わりに、わたくしたちはあちらの小屋で女性たちの仕事を見学するようにとのことです。殿方は、あちらで防具を付けてから中の見学がありますわ」


 残念だがリラのエスコートは中断だ。


 あまりいい労働環境ではないが、最低限の設備は準備されているのが見て取れる。頭にはヘルメットと光の魔石がついた照明がそれに取り付けられている。照明は電気魔法でも可能だが、まれに鉱山などの特殊な空間では爆発した例があるため使用していない。


 坑道の中では炎魔法はご法度で、働くものは平民か土魔法が使えるものが多いはずだ。水魔法も重宝するらしい。


 うちの鉱山は安全を取って露天掘りだ。結果安く済むが、多くの国ではまだ坑道を掘って採掘をしている。ここもそうだ。


 ぞろぞろと入るわけにもいかず、案内と数名の警護だけを付けて入ることになる。それまで妙に静かだったジェイド王が不気味だったが、中に入ると口を開いた。


「セラフィナから、そなたを色仕掛けで落とすことは難しいと聞いていたが、リラはお前の事を愛してはいないようだな」


 ところどころ身を屈めなければ頭を打つ坑道でジェイド王がいう。


 そんなことは知っている。だが、リラが俺を嫌っていないのも事実だ。


「好いていない相手に嫁ぐつもりはないと言っていた。むしろ、リラの方がセラフィナとお前が結ばれるようにしていたそうだ」


 それに関してもザクロから聞いている。


「当たり前のことか。王妃になる機会が巡っているというのに、自分の欲のためにリラを束縛する相手だ」


「左様ですね。リラ殿は、自分の利益のために無理に結婚を強いるような方に嫁ぎたいとは思わないでしょう」


 同意しながらも、お前の方が余程だろうと言っておく。


「そもそもなんだ、殿などと、婚約者に付ける敬称か?」


 言いがかりにため息が出そうだ。


「一人の自立した方として尊重した結果です」


 貴族令嬢に対しては嬢をつけることが一般的で、結婚すれば夫人となる。階級が上や同等の者や尊敬する相手には様を付けておくことが無難だ。卿は当主や目上の権威あるものに付けることが多いが、この敬称で呼ばれるのは珍しい。殿は、格下だが呼び捨てにはできない相手に使う。


 リラ嬢と呼んで怒られたことを思い出す。準男爵を得たリラは、貴族の令嬢として扱うのではなく、独立したものとして殿を付けろと要求した。リラにとって、家から逃れ、自立して生きていくことへのプライドだったのだろう。


 だから、今でもそう呼んでいる。


「……この辺りは、炭鉱が混在しているので?」


 くだらない話を切り上げ、案内に問いかける。


「いいえ、ただの砂利でしょう」


 そう言うと、先へ進んでいく。


 証明に照らされて何かが黒く光ったが、明かりが乏しいので見間違えたのかもしれない。


 その後安全管理や採掘方法を質問する。


 今回の目的は視察だ。婚約者を寄こせという交渉を受けることではない。


「まだ質問があるのか?」


 飽きてきたらしいジェイド王がため息をついた。


「坑道での採掘の現状には興味がありますので」


「はあ、こんなところにはいられん。俺は先に帰る」


 言いながら、ジェイド王は無責任にも道を引き返した。


「……申し訳ありません。ジェイド様は、悪い方ではないのです。王につかれて最初に鉱山の環境改善に尽力してくださいました」


 案内係が、ジェイド王が見えなくなってから言う。


「国の収入源の一つですから、賢明な判断かと」


「……ジェイド様は、王妃の命で何年も鉱山で働かされていました。嫌な仕事も任され……昔から、少しやんちゃではありましたが、道理のわからない方ではございません」


 下々に嫌われているかと思っていたが、思いの方慕われていることに驚いた。


「貴族を廃した政治など……本来求めていたものではないのでしょう。ですが、あの呪われた石が貴族を王城に寄せなくなった結果、平民を頼った市勢を行うことに」


 進みながら、少し広い空間に出た。なぜか輪のような形に坑道が掘られている。そこから道が分かれているようだが、真ん中に残したのは支柱の役割だろうか。


「呪われた石……ですか?」


「ええ、この中心に特に大きなものがあると聞いています」


 そう言うと、木の柱の間の土を軽く掘った。中には、黒く光るものが見えた。それと同時に、吐き気がした。


 ザクロが話した症状とよく似たものだ。それと同時に、地鳴りのような音がした。




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