第95話 マービュリア国の聖女
「レレン様ですか」
ミモザが嫌悪で表情を歪めた。
「ハーレムの理由でお話したように、水の神の建国神話があり、レレン様は強大な水魔法を使用したとしてシーガザヌスが保護を始めました。ハーレムで若い女性も多く亡くなったため、我が国の水魔法を使えるものの率は著しく低下しています。特に魔力量の多い貴族の娘で、水魔法を使えるものでありながらどの王族のハーレムにも属していないものは、魔法属性を偽っている者がほとんどです。無論、一部の特権階級……正妃につく可能性があるものは、教育のためと家に残ることが許されていることもありますが、結局は王族に嫁ぐことに……。ですから、レレン様は貴族の隠し子か、外国から流れてきた可能性が高く、得体が知れません」
思ったよりも悪い情報だ。
「ハーレムを持つことが許されているのは王位継承権を正式に持つ者だけです。シーガザヌスは父親の代行と言う形で第一王子派の実権を握っていますが、ハーレムを持つことができないため、より強力な水魔法を使えるものを娶ることで権力を誇示したいのです」
「元々、ご婚約されていたご令嬢がとても可哀そうで見ていられませんでしたわ」
ミモザがとても不服そうに言う。子供を産んでも、子供っぽいところは変わっていない。
「その婚約者は、王家に次ぐ名家……ウォータリス家はレオン殿もご存じでしょう。第一王子の命で娘を嫁がせることを了承したというのに、レレン様が現れたことで蔑ろにされており、かなり国政が荒れています」
リラの方を見るがミモザが抱えている子供がリラの方にちょっかいをかけようとしてそれに対してどうすればいいか困っていた。
普通、婚約破棄となれば相応に問題が生じるが、リラはあっさりと受け入れてしまい未練も持っていない。普通の令嬢はそうはできないだろう。
俺との婚約も、あっさりと破棄したのを思い出す。この任務を終えたら、婚姻届けだけでも先に出せるようにシーモア卿と交渉しよう。
「我が国には、貴国のような聖女様はいませんが、水魔法を使えるものの中から祝福を持つ者が産まれることは確かにあったようです。代々神事などを執り行うものがいたとされています」
「それがレレン様では?」
「残念ながら、その血筋は途絶えたと言われています。一族が乗った船が沖で沈没をしたと……。シーガザヌスはレレン様はその生き残りだと言っていますが、にわかに信じられません」
「何か、証明の方法もないので?」
リリアン様の魔法については、聖女であるということ以外は秘匿されている。王族は聖女が本物かを知る術があるらしいが、無論機密で俺でも知らない。だが、何らかの方法があることだけは知られている。
「残念ながら、私が産まれた時には母が出家していたので、王族としての情報を多くは持っていないのですよ」
妹の夫であるアクアリオスの母親は第一王女だった人だ。尼になると出家し、そこでアクアリオスが産まれた。父親は不明とされている。出奔したため王位継承権は放棄したものとみなされ、その子であるアクアリオスも王位継承権がないものとされているが、法的な解釈によっては王位を持つことになってしまうらしい。
妹と結婚したことで、王位簒奪の意志はないと示している。普通王になるものは水魔法を使うものを娶るので炎魔法のミモザを受け入れた時点で王位獲得はないものとされている。だが、ソレイユ家の権力は他国にも影響がある。何よりも他の候補の程度にもよるだろう。
「リラさんは……水魔法が使えると耳にしました」
赤子に指を握られ、それが食べられてしまっているリラが慌ててこちらを見た。
「どちらでそれを?」
警戒して問いかけるとミモザが呆れたように声を上げる。
「お兄様の熱烈な恋のお話はこちらにまで届いていますわ」
「……」
やはり、審問会の一件は隠しようがないか。
「それですが……王城の滞在をしたリラの寝台に魔法陣……おそらく何か検査をするためのものが仕掛けられていました。どのようなものかご存じですか」
ぴくりとアクアリオスが眉を顰めた。
「失礼ですが、リラさんの出自は男爵家だと伺いました。母君はどちらの方ですか?」
「母……ですか」
リラが言い淀む。深刻な面持ちを見て、ミモザがリラの手を咥えるのを引き離してハンカチを渡した。
「………」
涎に塗れた指を拭くために一度視線を落とした後、リラが困ったようにこちらを見る。
「無理に答える必要はありません」
リラの母親は平民だったと調査がされている。父方の男爵家がとり潰される可能性が高い今、母親が平民だという事実を妹の家族であっても他国のものに明かす必要はない。
「ああ、申し訳ない。あり得ないことを考えてしまっただけです。リラさんが水魔法を使え、魔力量も多いならば、どちらの陣営も欲しがる可能性があります。無論、ソレイユ家を敵に回すほどに価値があるのかを含めて調査したかったのだと思います。第一王子派閥には聖女がいると言う以上、第二王子はそれと同等の伴侶を手にしたいところでしょうから。何せ、おじい様はもう九十近く、叔父上も六十近い歳、より若い従兄を推したい貴族も多いですから」
アクアリオスが不躾な質問だったと言い訳をする。
「それに、ルビアナ国から国に戻る際、王城がお二人を招待する動きがあります」
「ここまで、マービュリア国の情勢が悪いとは思っていませんでした」
妹からは、支援を求むという依頼は来ても泣きごとはなかった。好きな相手との苦労を楽しんでいる節すらあった。
「……父から、必要であればミモザの家族を連れて帰れと命じられています」
ミモザとアクアリオス、そしてミモザの子供だけを連れていくことは簡単だ。だが、貴族として領地を持つ身として、領主が夜逃げをする意味を理解はしている。
「リラ殿は我が国の聖女様、そして王妃様の庇護下にあります。そのリラに何か危害を加えた場合、最悪、戦争に発展する可能性もある。もし、そうなった場合、ミモザと子供は誘拐と言われる形を取ってでも連れ帰ります」
「お兄様っ」
ミモザが非難の声を上げる中、アクアリオスが軽く手を挙げてそれを制した。
「自分の無力さは理解しています。最悪の事態に、二人を守っていただけるならば心強い。ソレイユ家からは支援ばかりを頂き心苦しいが、この国の先行きは、到底明るいものとは言えませんから」
領地を与えられた以上。屋敷の使用人はもちろん、領民に対する責任もある。
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