第94話 マービュリア国とルビアナ国
もちもちとした白パンのような子供を抱いたミモザの夫アクアリオスが、細い目をいっそう細めている。
荷物の移動と馬車の準備で、二日ほどこちらで世話になる。その間に話しておくべきことも色々とあるが、ひとまずは妹家族の子供自慢が始まった。
初めての甥っ子なので可愛い。赤子とはいえもう一歳を過ぎているので首も座っている。抱きかかえると、子供特有の匂いがした。いずれ、リラとの間にも子が出来たら、そう思うと泣きたいような気持になってしまった。
ビオラ母上の苦労を知っているので、絶対にリラの子をと固執するつもりはないが、やはり、愛する人との子を望んでしまう。その点、父は悩んだだろう。それでも、俺も妹も大事に育ててもらった。それはビオラ母上が俺たちを本当の子のように愛情をもって接してくれていたからだ。
「リラ殿」
一歩引いていた立っていたリラを呼ぶ。
「あの、落としてしまいそうなので」
「あら、小さな子供はあまり近くにいませんでしたの?」
ミモザが俺から子供を取り上げると、そのままリラに押し付けた。反射的に抱き上げたリラが、困り切った顔をしている。
「子供の扱いは、知識としてしかありませんので」
「うちの子はお利口ですから、問題ありませんわ。若い女性であれば大抵機嫌がよくなりますから」
それは大丈夫かと思うが、困り顔ながらも、大事そうに赤子を抱く姿を見られて満足だ。
リラが子育てを苦手でも、ある程度は乳母に任せればいい。もちろん、自分で育てたいと言うならば、可能な限り手伝う。
そんな誓をしていると、アクアリオスに席を勧められた。
「それで、王城に呼ばれたと聞きました。何か問題が?」
アクアリオスが、普段ののんびりした口調と違いはっきりした声で問う。基本はのんびりとした人だが、産まれた時から命を狙われる立場だったのだ。
「いくつか確認をしたいことができました。他国の貴族である我々には言えないこともあるでしょうから、可能な範囲で構いません」
席に着くと、この屋敷のメイドが茶を準備する。それが終わってから、アクアリオスが人払いをした。
「海を渡る際に、海賊から攻撃を受けました。それを撃退した褒章として王から言葉をと王城へ」
「……海賊ですか」
アクアリオスがわずかに苦い表情を見せた。
「問題が?」
「最近出没する海賊は、どうも他国の……ルビアナ国の援助が入っているようなのです。表立っての支援ではないので、文句を言われることはないでしょうがいい顔もされないでしょう」
「……そもそも、何故海賊に支援を?」
「公爵家に問題が出て一番困るのは我々です。これから話すことは、口外はしないでいただきたいが、よろしいですか」
「わかりました。リラ殿、こちらに」
妹の輿入れに際して、かなりの持参金だけでなく色々と手を貸している。
「順番に話しましょう」
リラが子供をミモザに返して、席に着いた。赤子から解放されて少しほっとしている。
「我が国には伝承があり、水の神によってつくられたと言われています。ですから、国王は代々水魔法を使うもの、無論その子供も水魔法であるようにと妻も水魔法の家系から娶ることがしきたりになっていました。数代の戦争で、より大きな力を持つものが王になるべきだという風潮ができ、結果的に王族がハーレムを作り、多くの水魔法を使える女性を抱え込むようなりました」
海を挟むため、ブルームバレーからはハーレムに入るものは多くなかったが、他国からも受け入れていたと聞く。
「そして、七年ほど前に、ハーレム内で病が流行り、閉ざされた場で多くのものが亡くなりました」
「七年前?」
眉を顰める。
流行病が世界的に広がったのは四年前だ。王族がリラと王太子との婚約と言う賭けに出たのも、それが要因の一つだった。だが、七年前では計算が合わない。
「……おそらく、最初の流行は我が国のハーレム内だったのです。他国の風土病が持ち込まれたのかはわかりませんが、その後、世界的に流行、特に隣国のルビアナでは多数の死者が出ました。その要因として、我が国が送った薬がまったく効かなかったせいだと。そして、どこで知ったのか流行元がハーレムではないかと言い出し、ルビアナの新国王が賠償請求をしてきたのです。国王陛下たちは一笑しました」
「それで、海賊に妨害の依頼を?」
「内海にあるここは、交易の中継地として成り立っています。海路の妨害は、かなりの痛手となっています。何せ、他の海路では海賊が出る確率が低いのですから」
これからルビアナ国に向かう予定の我々を攻撃し、撃退したことでとやかく言われる筋合いはないが、別の形で賠償請求をされかねない。
「それで王妃様はカクテル伯爵から書状を手配されたのですね」
リラが納得したように口を挟んだ。
「あの、特効薬を発明された家門をご存じで?」
アクアリオスが驚いた顔をしている。
俺も王太子からリラを共に向かわせたい理由の一つとしてそれを聞き驚いた。
「たまたま、少し知り合いで」
五人目の婚約者で、リラと婚約して命が助かり、その後たまたま見つけた古書に薬の調合法が載っていて、流行病に効いた。
そのおかげで聖女様が不在の中、致死率は他国とけた違いに下がったという。
そして、王からの要請もあり他国へもそれらの薬を支援した。その一つがルビアナ国だ。
リラが直接薬を開発したわけではない。だが、聖女様が王太子と婚約していたタイミングで発見されたことを思えば、リラがいた事でカクテル伯爵の病が治り、薬が当たり財を築いたともとれる。
そしてそれがなければ、今頃ブルームバレー国も最悪の状況になっていたかもしれない。
無論、それを馬鹿正直にこの場で教える必要はない。
「それならば、少なくとも新王との目通りはできるでしょう。我が国と違い……ちゃんと効く薬をかなり安く卸していたことで感謝をされているようですから」
「マービュリアが支援したお薬はなんでしたか?」
リラの問いにアクアリオスが説明をするそれに対して珍しくリラの表情が引き攣った。
「それは、恨まれますね。こちらでもそれを薬として使っていたのですか」
「庶民に対してはそうです。実際ハーレムではこの薬で助かったものがいたと聞いています」
「解熱作用がかなりきつい薬です。病期によっては効きますが、タイミングを見誤ると、死亡率が跳ねあがります」
「はい……公表はされていませんが、後の調査でその可能性は示唆されています」
「ですが、こちらで一般的に使い、当時は効果が期待できると思っての支援であれば恨まれるのもお辛いですね。時期さえ正しければそのお薬でも効果は出ていたはずですし」
「結果を見れば、カクテル伯爵が支援した薬とこちらが送った薬で効果に歴然な差が出ました。国民感情としても、それを受け入れ多くの民を死なせた新王としても、簡単に許せるものではないでしょう」
聖女様がいれば、流行病が起きてもブルームバレーは大きな被害が出ない。それを妬む各国に対して、支援をすることになる。今回は他と比べればマシとはいえ聖女様が不在で被害は出た。結果として国としての支援ではなくカクテル卿個人の功績が目立っている。たしか、ルビアナ国は被害が大きかったため国としての支援も声をかけたが、拒否をされた。
「そういえば……こちらの聖女様について伺っても」
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