第88話 王族たち 後
「叔父上、立ち話も失礼でしょう。どうぞお席に」
第一王子の息子が場を仕切りだす。
実質、あの老衰間近の国王の跡取りはこの二人のどちらかなのだろう。
妹から、第一王子は病弱だと話を聞いている。
晩餐が始まり、リラの給仕にはザクロがついている。毒の検知を済ました皿が俺たちの前に並ぶ。
王子たち二人の後ろにはそれぞれ若い女性がいて、共に胸が大きい。所作は貴族令嬢のようだが、まるで娼婦のようだと思ってしまった。
「そちらの国でも聖女様が発見されたとか」
食事が始まり、いくつかの社交辞令的な会話が続いた後、シーガザヌスが聖女様についての話題を振ってきた。
「浅学のため、こちらにも聖女様の文化がおありだとは存じ上げませんでした」
「優れた水魔法使いを、我が国では聖女として崇めているのです。長年、それに見合うものが現れませんでしたが、最近になってレレンが見つかりました。美貌だけでなく、まさしく女神と呼ぶにふさわしい魔法を扱えるのです」
「まあ、女神だなんて」
それに対して第二王子はわずかに馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「残念だったな、その力で海賊を成敗する予定だったというのに、先を越されてしまって」
「いいえ、市民への被害が少しでも早く収まるのならばそれに越したことはございませんわ」
帰りたいと考えているが、横のリラを見ていると、どこか嬉しそうな顔をしている。ふと、グラスには酒が入っているのが見えた。同じものを供されているが、俺はもしもを考えて酒にはほとんど手を付けていない。リラは出された海鮮と共に酒に舌鼓を打っている。会話はこちらに丸投げだが食事だけでも気に入ったなら何よりだ。
あとで、出された酒と料理について確認しておこう。妹に、こちらの酒をいくらか見繕ってもらってもいい。リラは値段ではなく味と香りで酒を判断する。高すぎる酒は、逆に美味しくない時があると言っていた。高い酒は古くて臭みが強くなってしまっているものがあるとか。
そんなことを思い出し、臭みのある会話から現実逃避をしてしまう。
「レオン様は妹君と同じくやはり炎魔法をお使いに?」
我が国の聖女様と違い、聖女とは呼びたくないような女性に問いかけられる。他国とはいえ、属性を問うのは不敬だ。
「妹とは交流がおありでしたか」
「ええ、ほんの少しですけれど、何せ、ミモザさんのお住まいは首都からは遠いので」
そこに飛ばしたのは王族だ。
「自然豊かな場所だと聞いています。明日にはそちらで妹と会えるのが楽しみです」
噛み合わない会話をしておく。
「何も、それほど急ぐ必要はないだろう。ルビアナ国のような無礼な国は、待たせればよい」
第二王子のオーシアスの言葉にそれまでと違いシーガザヌスも同意しだす。
「いわれのない事で非難をする若輩の国王は時期に崩御するでしょう。今交友を結んだとて、意味があるかどうか」
「新国王に変わってから、こちらから挨拶をしていませんでしたので。もちろん、マービュリアとの交友は変わりませんのでご安心ください」
白々しい会話にため息が出そうだ。
「そちらのご婚約者の方は、準男爵と伺いましたわ。身分を超えて出会われるなんて、運命のお導きが?」
ルビアナ国がいかに無礼で野蛮な国かを王位継承権を争う二人が意気投合している中、聖女を名乗るレレンがリラに微笑みながら問いかける。
「わたくしのようなものが、将来の公爵夫人でよいのか不安ですが、レオン様がわたくしはいるだけでいいと言ってくださるので。身分は、どうなのでしょう。わたくし詳しくなくて」
リラが困ったように曖昧に笑いこちらに視線を向けた。
「レオン様、海賊をやっつけた時のように、ずっと私を守ってくださるんですよね」
リラの演技は普段と違い過ぎるのでわかりやすいが、上目遣いに甘えられると、演技とわかっていてもきゅんとしてしまう。
「もちろん、ずっとそばでリラを守るよ」
身分違いの娘に誑かされている設定だが、見方を変えれば事実だ。こちらがする演技は、普段と違い名を呼び捨てにして言葉も下のものに対するそれに変えるだけだ。
「いやはや、ご令息が惚れ込んでいると噂は耳にしていましたが、事実でしたか」
シーガザヌスがじっとこちらを観察している。
「父たちも、私たちが愛し合っているのを知り、結婚を許可してくれました」
両親公認であると明言しておく。
「ほう、妹君とは違うようだな」
「その件では貴国にもご迷惑をおかけしました。その件を反省し、ブルームバレー国王陛下にも結婚の許しを既に得ております」
婚約の場には王族がいた。結婚式は王宮が主導だ。嘘はない。
こちらが下位貴族で、リラがただの準男爵であれば、このまま奪われる可能性もあったろう。手を出せば国同士の問題に発展すると言い含めておく。
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