第13話 執事とメイド長の説明

 水魔法は家庭魔法だ。食べ物が悪くなっていないか、毒性がないか。調べることもできる。ただ水を作るよりも魔力がいるし、魔力操作も難しいのであまり一般的ではない。もちろん普段の食事でこんなことはわざわざしない。感覚的に言えば、食前に全力で運動をするようなものだ。おかげであまりたくさん食べられなかった。


「鑑定の結果、毒が検出されました」


 メイドと料理長が回収され、料理が下げられ部屋の掃除も済んだ。別室を用意すると言われたが、遠慮しておいた。しばらくして、メイド長と執事がやってきて報告があった。


「嘘つき呼ばわりされずによかったわ」


 あの場でただ糾弾したところで、私が頭のおかしい女に仕立てられる可能性がある。


 実際の被害者を出して見せればわかることだ。もし、全員が食べれば、その覚悟を表して追及するつもりはなかったが、人を害するというのに、自分はその危険を冒さないことに反吐が出る。


「メイドの管理ができていなかったのはわたくしの責任にございます」


 中年を過ぎた気難しそうな女性が頭を下げる。わずかにお腹の前で重ねた手が震えていた。どういう紹介がされているかはわからないが、公爵家の息子が婚約者だと連れてきた女が、最初の食事で毒を盛られていたのだ。不始末以外の何物でもない。


「私が、準男爵でしかないからこのようなことになったのかしら」


 公爵家のメイドともなれば、貴族の次女三女であること普通だ。名誉貴族でしかない準男爵よりも格上だと思っているのだろう。


「現在、調査段階ですので、理由をお答えすることはできませんが、メイドであるロクサーヌが毒を盛り、リラ様を害そうとした事は事実でございます。解毒剤は持っていないというため、三人は教会で治療を受けさせています」


 毒の種類は想像がつくが、そこまで答えては私が怪しくなる。


「今回のことで、あなたたちにまで責任を問わないようにお願いしましょう」


 本来であれば部下の責任は上の責任。メイドのクビを切る権利が与えられている彼らは、適切な間引きができなかった結果に責任を持たなければならない。だが、一度くらいは大目に見よう。


「代わりに、二つお願いがあるの」


 顔を上げたメイド長と執事に緊張が走る。


「一つは私が連れてきたメイドのクララに専属メイドの仕事を教えて欲しいの。すこし吃音の癖があるけれど、私がかわいがっている子だから、よろしくお願いするわ」


「かしこまりました」


 その程度のことならばとメイド長が頷いた。普通は婚約者がメイドを連れてくるものだから、そこまで困ったお願いではない。ただ、優秀な侍女を連れてくるものなので、訓練中というのがイレギュラーか。


「それと、週に一・二度、従業員用でも構わないから厨房を借りたいの。今日のこともあったし、何の心配もない食事がしたいのよ」


「厨房、ですか……。今後は、調理から運搬まで徹底させていただきますが……」


 執事が少し難色を示した。厨房は貴族令嬢が入るような場所ではないことは私も知っている。


「それほど難しいものを作るわけじゃないわ。レオン様にも私からお願いしておきますから」


 そして、宿の食事処のブルストを買ってきてもらって焼いて食べたいのだ。できればキンキンに冷やしたエールも飲みたい。


 公爵家で、庶民的な体に悪そうなメニューを頼むわけにはいかない。


 ああっっ、想像したら、酒が飲みたくなってしまった。


 ごくりと喉を鳴らした後咳払いをする。


「わかりました。レオン様がお許しになられましたら、そのように手配をいたします」


 執事の独断では許可できないなら仕方ない。今回の不始末を使って説き伏せよう。


「ところで、レオン様は私のことをどのように紹介されているのかしら」


 そもそも、婚約は親が決めることが多い。無論、自分で婚約者を見つけて認めてもらうこともある。まあ、次男や三男はいわば長男のスペアと考える貴族も多い。長男が結婚したらすぐに結婚させて、子供を産ませておくこともある。長男に子供ができなかったとしても、家同士の関係で嫁を追い出せないこともあるし、妾の子は女児ならともかく男児だと色々困る。いっそ次男の息子を養子にする方が家同士の問題にならないのだ。


 正式な婚約者ではなく、恋人や愛妾として紹介されている可能性もあるのではないかとどこかで考えていたが、執事が否定した。


「レオン様からは近く婚約者が公爵家に入るので、準備をするようにと命じられておりました。ただ、一時は予定が白紙になったと伺っておりました。今回、リラ様を正式な婚約者としてこちらで滞在いただくと伺っております」


「わたくしも、将来の公爵夫人になられるお方ですから、メイドたちにはくれぐれも丁重にお世話をするようにと言っておりました。言い訳のようで申し訳ありませんが、少なくとも、レオン様はリラ様のことをとても大切にしておられました。お目覚めになられるまで、何度も足を運んでおられました。本来であれば、先にご挨拶するべきでしたが、まさか、お目覚めになられてすぐにこのようなことになるとは……」


 起き抜けの食事の前に挨拶に来なかったからと叱れるようなことではない。むしろ、もうちょっと落ち着いてからでもいいのではというタイミングだ。


 最後の言葉で現実逃避をしてしまったが、微笑んだまま、もう一度聞いた言葉を反芻する。


「レオン様は……跡取り、なのですか?」


「もちろんです。現公爵様は、レオン様がご結婚され、夫人が慣れたころに爵位を譲るおつもりです」


 妾の子か、三男坊とかではなくて? そう言いかけて、流石に口を継ぐんだ。


 公爵の座を得るために、ハッピー・ライラックの噂に縋ってみたと言われれば納得する。だが、跡取りならば家格に見合った女性と婚約して、余程やばい相手でなければそのまま結婚すればいいだろう。


 それともソレイユ公爵家も実は借金まみれなのか。


「その……夫人候補が私だと?」


「もちろんでございます」


 胃がキリキリする。


「わかりました。明日からは少しずつですが、こちらになれるように努めさせていただきます」


 王太子の前はこことは別の公爵家だった。借金まみれの癖に気位ばかりが高くてぶん殴ってやりたくなったことが何回あったか。


 早く、早く公爵の跡継ぎが誰かと恋に落ちるのを祈った。




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