第12話 毒の皿


 おいしいごはんを、お腹いっぱい食べてしまった。途中から、作法まで教えてもらってしまった。


 こんな大きなお屋敷に住む貴族様の元で、リラお嬢様の専属メイドとしてやっていけるのかとても心配だけど、今はお腹いっぱいで幸せで、何も考えられない。


「ふへ、リラお嬢様が、これだけ大事にされていてよかったです。それに、お肉も本当に食べられるようになられていてよかったです」


 男爵様のお屋敷での食事を思い出す。リラお嬢様は、お肉やお魚、お野菜もしっかりと食べていた。


「料理人の腕は悪くないわね」


 お食事終わりのお茶を用意してお出しする。あんなご馳走でもリラお嬢様には普通のことのようです。


「あの、あちらはどうして避けられたんですか?」


 三皿だけ避けられて、それ以外はリラお嬢様が選んだ残りを好きに食べていいと言われた。三皿は、とてもおいしそうなデザートと、おいしそうなお肉と、胃によさそうなスープだった。


「ああ、そうだった。さっき料理を持ってきたメイドたちと料理長に感謝したいからここへ来るように伝えてくれるかしら」


「はいっ、行ってきます」


「ああちょっとまって」


 お役に立とうとドアに向かうと呼び止められて手招きされた。


「口元が汚れていたら、一緒に食べたとばれてしまうでしょ」


 そっと口元を拭われて、自分の顔が汚れていたと気づいて、顔が熱くなる。


「背筋を伸ばしていってらっしゃい」


 背を押されて、向かいます。


 私はリラお嬢様の専属メイド。リラお嬢様の笑顔のために頑張ります!






 食事を終えたと聞いて、リラの部屋へ行くことにした。


 事情を説明しなければならないが、あれだけ魔力を使って目覚めてすぐでは話もまともにできないだろうと一度下がった。


 あまりに不遇だってリラの環境に、怒りを抱いてしまう。それを収めるためにも少し時間が欲しかったのもある。


「そんな! 毒を盛ったというのですか! どこにそんな証拠が!?」


 リラのために用意した部屋から叫ぶ声がしてぎょっとした。


「これでも子爵家の娘である私がなぜそのようなことをするというのですか」


「ええ、毒でないなら食べてみてください。他の方のように」


 中からはっきりとしたリラの声がして、ノックもせずに中へ入る。一同が驚いたようにこちらを見た。


「これはどういう状況だ?」


 料理長とメイドが三人、それに男爵家から連れてきたメイドも部屋にいた。リラは椅子に座ったまま腕を組んでいる。


「レオン様! こちらの方が、食事に毒を盛ったというのです! このような侮辱は初めてですわ」


「リラ殿、それはどういうことですか」


 酒場であった時のようなたくましさが見える気がした。そんなリラがにこりとほほ笑んだ。


「レオン様、百聞は一見に如かず、そちらの中の三品の中からお好きなものを食べてみてください。それで何もなければ、正式な謝罪をしますわ」


 食卓の端には、三品の料理が置かれている。一人のメイド以外は、壁際で不安そうな顔をしていた。


「料理長、これはどういうことだ」


「その……リラ準男爵様から料理の説明を聞きたいと呼ばれ、私たちにこちらの品の感想を聞きたいと言われたので味見をしました。その、ロクサーヌだけはアレルギーがあるからと口にしなかったのです」


 見たところ、口にした者たちは体調不良をきたしていない。


「何か気に入らなかったのかはわかりませんが、我が家のメイドが失礼をしたのであれば謝ります」


「そんな!」


 望まないと言っていた婚約を結局破棄せずに連れてきたのだ。気が立っていても不思議はない。


「まあ、公爵家の問題ではありますね。もちろん、毒など入っていないとレオン様は信じておられるでしょうから、一口食べてみてください」


 毒を仕込んだなどとは思えない。そのような者を雇っているはずがない。言うとおりにして、被害妄想だと信じてもらった方がよさそうだ。


 仕方なくフォークを取り、ケーキをすくった。机にはたくさんの料理が盛られているが、なぜか甘味が他になかった。リラが食べてしまったのなら、甘い菓子でも用意して、少し機嫌を取ってから話した方がいいかもしれない。


 そんなことを考えていたら、口に運ぶ前に、フォークを叩き落とされていた。


「そ、そんな。レオン様に、誰かが手を付けたものなど、食べさせられませんわっ」


 唯一口にしなかったというメイドが青い顔をしていた。


 まさか、俺が連れてきた令嬢の食事に、何か毒を盛るなど考えられないことだったというのに。


「あ、あのっ、私たち、食べてしまったんです」


 別のメイドが泣きそうな顔でこちらを見ている。


「解毒剤があるかは、毒を盛った方に聞いてください。遅延性のようだけど、致死性のものでないといいですね」


「そんなっ、何を入れたのよ! ロクサーヌ! なんで止めてくれなかったのっ」


 二人のメイドが詰問しだすのをリラはどこかつまらない劇でも見るように眺めていた。ひとりのメイドが嘔吐しだして、すえた臭いが広がる。


「知らないっ、知らないわよ! 私は命令されただけなんですっ。どんな毒かは知りませんっ」


 それを聞いた料理長が水場に逃げ込んで嘔吐しだした。



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