第11話 専属メイド


 クララに確認して、事情は理解できた。


 ちょうど婚約書を確認し変更するために男爵領に来ていたらしい。


 連れ返された間も正直念頭になかった。私にとって、本当に実行するかいつ行くかもわからない要素だったのだ。


「とっても、とってもかっこよかったです。リラお嬢様が倒れる前に抱き上げて、王子様とお姫様みたいでした」


 興奮気味にクララが言う。


 倒れた後、そのまま実家に運ばれたが、クララが屋根裏が私の部屋だと案内してしまったらしい。クララが一先ず看病をしてくれていたそうだが、死んだように眠っていて怖かったそうだ。


 しばらくして戻ってきたレオン・ソレイユが公爵家に連れていくと言って私を抱えていったそうだ。その時に、クララにもどうするか聞いてくれたという。


「あの、婚約者がおられるとは伺っていましたが……まだ未婚の女性が男性と二人きりはよくないと、思って、ついて来てしまいました。あの、お恥ずかしい話ですが……男爵家まで帰る馬車のお金を……貸していただけないでしょうか」


 困ったように、クララが問う。言ってることが私と大して変わらない。


「クララ、あなた、男爵家が好きなの?」


「あ……そんなこ……いえ、大好きです」


 そんなことはないですと言いかけて明らかに言い換える。


 正直、機密をどこまで守れるかとか、仕事ができるのか、不安は過分にあるが、放っておくこともできない。


「あなたが嫌でなければ、しばらく私の専属メイドとして働きなさい。給料は……あまり期待しないで欲しいけれど、ご飯はたくさん食べられるようにするから」


「え、帰らなくていいんですか」


 そういえば、クビになったと言っていなかったろうか。そんな中帰るつもりだったのか。


「帰りたいなら止めないけれど」


「いえ、リラお嬢様のメイドとして働きます」


 ふんふんと意気込んでいる。


「とりあえず、朝食を頼んできてくれるかしら。それと、もう一つ大事なことをおねがいするわ」


「は、はいっ」


「この家の人を見て、仕事ぶりを見て、噂話を聞いて、あなた自身への態度を見て感じて、それを報告してちょうだい。そして、誰から私のことを聞かれても、答えないように」


 使用人の質で家のレベルがわかる。


「わかりました」


 やる気満々で、クララが出て行った。


 とりあえず、室内の確認をする。トイレと浴室があったので、身支度を簡単に整える。


 何日くらい寝ていたのか。


 魔力が不足して気を失っても、大抵は翌日に起こされていた。ものすごく体がだるいものだが、今日はそうではない。


 普段は流石にあそこまで大規模に魔力消費する魔法をつかわないので、違いがわからない。


 窓際に椅子を置いて、窓を開けてぼーっとしていると、クララが戻ってきた。後ろにはメイドが三人、カートを押して入ってくる。


「お食事をお持ちしました。食べられないものなどはございませんか?」


 四人掛けの机があったが、そこに料理が並べられていく。


「他の方もこちらで食事をするのかしら? 随分と量が多いけれど」


「……いいえ、全てリラ準男爵のお食事になります」


 ほんの一瞬だけ、嘲る雰囲気が見て取れた。


「そう」


 所作は悪くない。仕事はできるが性格が悪いのだろう。


 普通は一品ずつ給仕されるが、ずらりと並んだ食事は好きなものを知るためか。以前の婚約者の家で似たようなことがあった。


「あとはクララに任せるから、他は下がっていいわ」


「いえ、おもてなしをするように申し使っております」


「もう一度だけ言うわね。下がりなさい」


「……かしこまりました」


 ぴくりと眉が動いた後、メイドたちが下がった。


 退席したのを確認してから、料理皿の上に手をかざす。魔力はかなり回復している。


 食べ物には基本水が含まれている。それに少し揺さぶりをかけて、振動の違いを確認する。


 二十皿ほどある中から、三品。取り上げて机の端に避けた。そのあと、自分の皿にいくつかの料理を盛った。


「クララ、お腹が空いているならその皿以外のものは食べていいわ」


「え、でも、主と食事をとるなど」


「今日は特別よ」


 端でおどおどしていたが、笑いかけるとぱあっと表情を綻ばせた。


 食事をしながら、話を聞く。


 厨房はとても大きかったそうで、私の好きなものや食べられないものがないか聞かれたそうだ。


「リラお嬢様、私、わからないと言ってしまって、だからたくさん食べられないとお教えすることができなくて」


 言いつけ通り、個人情報は教えていないとのことだ。正直に野菜スープだけだと言われたら色々と誤解が生じていただろう。


「それでいいわ。後で料理長に来てもらって、直接説明するわ」


 好きなものよりも嫌いなものを知らせるのは危険だ。


「あの……普段リラお嬢様がお過ごしだった場所とは違うのですか?」


「どうして?」


「えっと、普段は婚約者様の邸宅で過ごされていると聞いていたので、それなのに好き嫌いを聞かれたので驚いてしまって」


「………」


 まさか、何度となく婚約と破棄を切り替えしてきたことを知らないのか。


「ここは、初めての場所で、情報を何も知らないからあなたに情報収集を頼んだのよ」


「あ、お休みできる一番近い場所だったのですね」


「それは知らないけれど、以前の婚約は破棄になったから」


「あ、ではレオン様が新しい婚約者様なのですか」


「………多分?」


 正直寝ぼけと混乱があったが、正式な婚約者としてと言っていた気がする。


 婚約破棄の時の条件がどう変更になったのかは確認が必要だが、どこかで一旦婚約となるかもしれないとあきらめていた。


 こうなってしまったら、とっとと運命の相手と出会うなりして婚約破棄してもらうほうがいい。それまでの間にできることは、二度と実家が私の婚約やらに干渉できなくさせること。それと領地の水問題もだ。年に何回も誘拐されて帰る方法を心配するのは馬鹿らしい。今は家門を分けた身だ。今までは仮にも男爵家のものの務めとして引き受けていたがその義務はなくなった。魔法士が捕まらないならば、仕事としてならば引き受けてもいい。もちろん、シーモア卿立ち合いの元で契約を交わすのならばだ。


「おいしい?」


 もきゅもきゅと頬張るのを見ながら問いかける。


「……っ、おい、おいしいです」


 慌てて口の中のものを飲み込んで、恥ずかしそうに返された。


 専属メイドにするならば、少しずつ教育していく必要がある。


 性格はいいが仕事ができないメイドと。性格が悪いが仕事ができるメイドならば前者を選ぶが、本当に仕事ができないならばどちらも選ばない方がいい。


「ナイフの持ち方から練習しましょうか。私の真似をして、できるだけきれいに食べるように」


「は、はい」


「あなた自身が誰かに披露することがなくても、貴族が何に気を付けて食事をするか知っていれば、給仕をする時の心配りもやり易くなるわ」


 平民出身のメイドでも、教養があれば貴族の家で働ける。その経歴があれば、準男爵が営む商店で働くことも可能だ。


 まだ安定した収入がないのであまり給料が払えないから、安定した生活ができる技術くらいは教えておこう。


 私の場合は、最初の婚約者の家で厳しく貴族の嫁としての教育を受けた。あそこまでのスパルタはもう遠慮したいが、感謝はしている。あの厳しさは本当にどこに出しても恥ずかしくない嫁に仕立てようとしていた結果だ。



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