第6話 実家への誘拐


 十二度の婚約破棄を経て、私も成長したのだと実感した。


 冷静になれない状況から一度離れたあと、第三者としてシーモア卿立ち合いの元話し合いをした結果、自分一人ではたどり着けなかった結論に至った。


 シーモア卿からは、わざわざ相手に泡を食わせる必要はないと言われてる。男爵家が違約金を払うようにできたとしても、理由によっては男爵家からこちらに請求をできるかもしれないと。


 次に婚約をする場合は準男爵の地位があるため、二度はこの手が使えないだろうからそこは安心していいとのことだった。


 だが、私も、そしてシーモア卿も兄を侮っていた。


「それにしても、牢馬車なんて流石に初めて見たわよ。糞がこんなところで奮発して」


 遡ること五日前。


 おいしくエールをかっ込んで、気持ちよく寝ていたはずだ。目が覚めたらここにいた。


 牢馬車というのは鉄と板でできた箱型の馬車である。一か所だけ通風孔と、トイレ用の穴。出入口はもちろん鍵付きで、食事は人が出入りできない大きさの小さな窓からやり取りされる。その窓も普段は閉じているので通風孔からの光しか照らすものもない。


 箱の四隅には魔法封じが施されているらしく、魔法で壊すこともできない。


 暇だったので、部屋のどの位置が最も魔法に抵抗があるのかと調べた結果、中央部ではわずかに魔法が使えた。魔法封じを中心に円状に効力があるらしい。なので四隅から離れた中心の効果が薄いのだ。


「いうて、ただ水出すだけの能力だけど」


 魔力にもいろいろある。ファンタジー小説では全属性なども見たことがあるが、人間にそんなことはできない。しょせんはファンタジー。


 魔力は基本誰にでもある生命エネルギーのようなもので。それを物質に影響を与えることができるかできないかに分けられる。


 影響の種類は一人一つしかない。


 私は水魔法という特に珍しくもない魔法が使えるだけだ。幼少期にちゃんとした制御を覚えなかったせいで、感情が大きく揺れると周辺に事象を起こしてしまう。


 基本は空気中の水分を集めて水にするくらいだ。それでもこの牢馬車を壊すくらいは私程度でもできるため、わざわざ魔法封じを施したものを使ったのだろう。


 魔法封じの強い場所に近づくと鳥肌が立つような感じがするので基本真ん中にしかいられない。




 次の日の朝、目が覚めると実家の自室だった。


 寝ている間に着いたのだろう。


「これは、まごうことなき誘拐」


 準男爵位を持たないただの貴族の未婚の娘だったら、家に連れ戻しただけだと言い訳がつくが、女であっても爵位持ちだ。それをこんな方法で連れてきたのだ。完全に犯罪だ。


 ただ、誘拐だと言葉以外で証明する必要がある。


「……くさい」


 解決策の前に、掃除されていない埃っぽい部屋と、数日間風呂に入れていなかった自分の体が臭う。


 まず、水中の水を集めて、服ごと体を水洗いする。髪や服に付いた水分は取り払えば乾燥できる。もう一度水を集めて、部屋に薄く広げて、埃と一緒に集める。集めた水球は窓の隙間から外へ蒸発させる。


 水魔法は家庭魔法。炊事洗濯に大変便利。そして証拠が残らない。


 最低限の尊厳を保つと、浅く息をついた。


 屋根裏部屋の小さな部屋。十五になるまで、私の全てだった場所。



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