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カズタカも疎まれていた。母親がPTA役員でもなく、ぼくの母のように担任に食ってかかるでもないが、彼の愚鈍で気の利かない性格をもどかしく感じて苛立ちを募らせていたのか、合わせて勉学への興味が乏しく、授業中指されても、「分かりません……ごめんなさい」と恥ずかしそうに頭を掻きながらボソッと小声で素直に詫びを入れるなどという行為が理想的子供像の範疇を逸脱していて、彼女の考える常識とは遥かにかけ離れているのが神経を逆撫でしてしまったのか、常にぼく同様に矛先を向けられていた。
国語の時間、朗読の順番が回ってきたカズタカはスラスラ読めない。つっかえては止まり、いっとき無言になり、読み方を担任に教えられ、また続きを読み、またつっかえて止まる。それを何度か繰り返した挙句、担任は突如激昂して「ヤメッ!」の金切り声ひとつでカズタカの息の根を止めた。
二学期の席替え以来カズタカの前の席で、授業中は常に身を縮こまらせているぼくに、頬をヒクヒク引きつらせたまま担任は無言できつい視線だけを浴びせかけた。ぼくの順番なのは端から分かり切ったことなので、言葉を節約してこの先の体力を温存したものとぼくは解した。ぼくは渋々立ち上がり、カズタカと同じように読む。と、つっかえた途端に秒殺された。案の定、鼻に皺を寄せて汚物でも見るような目つきを一瞬だけ向け、現在では不適切な言葉でぼくを気が済むまで罵倒し尽くし、腹の虫を治めてから、プイッとようやく冷徹かつ冷酷な横顔を見せつけた。全身で怒りの表現を演出するのに体力を温存して正解だったろう、とぼくは内心理解を示す。
「本当は、スラスラ読めるとよ」
彼は授業のあとで淀みなく読んで見せると、ぼくも彼に倣って一節を読み終え、お互い大笑いする。ぼくらは申し合わせてたどたどしい朗読に及んだ訳ではなく、それが劣等生のわきまえなのだ。
授業参観日、お互いの母親同士が言葉を交わすうち、同郷だと判明する。翌日、母親からそのことを聞かされていた二人は、どちらからともなく話しかけ、互いに照れくさげに笑みを交換しながら郷里の方言について話題が及んだ。自宅では方言が飛び交うのだが、一歩外へ出ると、悟られて恥をかくまい、と細心の注意で言葉を選びつつぼくは喋っていた。カズタカの口からもお国言葉など一言たりとも零れ出た
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