悪魔と妹

古木しき

妹の部屋

 はい、そうです。私の妹は少し、といいますか、たいへん変わっていまして……。陰謀論にハマり込んだり、魔術師になると言い出して、黒魔術に関する本を大量に集めだしたりと不思議な子なんですね。

 妹はどうも動画配信サイトの生配信で毎回降霊術や様々な都市伝説について語ったり、フリーメイソンがどうの、私は何者かから監視されているなどと言っていたようです。マァ、生配信しているんですから監視されているのは当然でしょう。

 そんなこんなで二階の一番奥の部屋に引き籠もっている妹を私達家族は気味悪がって、滅多に近付こうとはしませんでした。

 学校へも行かずで、はい、高校2年生の頃から不登校なんです。もう出席日数的には留年が確定しているほどでした。高校の教諭は虐待を受けているのではないかなどと訝しんで、何度も自宅へ訪問に来たり、時には児童相談所の方も来ました。しかし、私達家族もどう対応していいかわからず、鍵のかかった妹の部屋へ先生や児童相談所の職員さんたちが何度もノックをしても「今は具合が悪いんです。また今度……いやもう来ないでください」と素っ気ない態度をとっていました。それが何度も続いたため、もう学校や児童相談所からは誰も来ることもなく、電話で「その後いかがですか」と訊かれるくらいでしたが、私達もそんなことはわかりません。一応、部屋の前に食事を置いてやっていますが、2,3日に一度ほどしか食べることがありません。トイレやお風呂などはどうしているかというと、私達家族が居ないときや、寝静まっている頃にこっそりと行っているようです。洗濯物もたまに出ているので、それを洗濯して干していると気づけばなくなっているんです。どうやら私達家族を避けているような感じもしました。

 ある日、私は妹の配信を見つけることができ、何をしているのかと時々観察することにしました。するとどうでしょう。妹の部屋は真っ暗なのですが、明かりが灯っている箇所を見るとアルミホイルのようなものが壁一面に貼られており、微かに見える床には魔法陣というものなのでしょうか、不思議な紋章が赤い塗料か何かで描かれており、あちこちに蝋燭の火が揺らめいているのです。こちらとしてはこれが倒れて火事にでもなったら大事だと冷や冷やしましたが、それよりも妹の痩せ細った姿に驚いてしまいました。しばらく姿を見せないうちにあんなにも痩せこけてしまい、化粧をしているようですが、顔は蒼白く、眼の下には明らかに黒いくまができているのです。声もか細くなっていましたが、喋る内容は常によくわからない黒魔術がどうの19世紀末がどうのとか錬金術師パラケルススがどうのとか言っている意味がサッパリ分かりませんでした。

 またある日の事です。自宅に大量の段ボールが届きました。中を見てみると大きいトマトがびっしり詰め込まれていました。なんだこれは、と困惑していると妹が部屋から珍しく出てきて大量のトマトが入った段ボールを自分の部屋へと運んでいきました。

 私は妹に「いったいこんな量のトマトをどうするんだ?」と訊いてみましたが、妹は、

「材料に使うだけ。」

 と、一言言うだけでさっさと部屋へ行ってしまいました。

 私は何か嫌な予感がしてすぐに妹の配信チャンネルを見に行きました。すると、

「今回は黒魔術を使って降霊をします。トマトは悪魔の実として恐れられてきたものです」

 そう言うと驚いたことにそのトマトを部屋のあちこちに叩きつけるではありませんか。これは一階に住む私の部屋にまでべちゃ、べちゃ、とトマトが叩き潰される音が聞こえました。私は気味が悪くなりましたが、このあといったい何をしでかすのかと生配信を固唾をのんで見守っていました。

 妹は蝋燭に火を灯し、一面真っ赤に染まった部屋の真ん中にある魔法陣の中に座り込み、両手を祈るように組み、何やらブツブツとなにかを詠唱するような事を始めました。

 それからしばらく経つと急に妹が放心状態になり、そして肩を震わせて笑い出しました。それは階下にいる私のところにも聞こえてきてそれはもう恐ろしいどころではありません。妹は身体をぐわんぐわんと捻りだし、笑い声も一層激しくなってきました。この不気味な光景を生配信で見ている視聴者達のコメント欄も恐怖で「あああああああ」と書き込む人や「誰か助けてやれ」とか「ついに狂ったか……」などと混乱状態に陥っていました。

 その笑い声がおさまると、トマトに齧りつき、

「やっとできた……! 悪魔を召喚できた……!」

 と、嬉しそうに話し始めました。しかし、悪魔など見えるはずもなく、妹だけその見えない悪魔と何やら話していました。コメント欄では「どうせ演技だろ」「あーあ狂っちゃったか」「こわいこわいこわい」などと無責任なコメントで溢れていました。

 また、トマトに齧り付き、突然蝋燭の火が全て消え、部屋が真っ暗になってしまいました。かろうじてパソコンの光から見える範囲でも妹は映っておりません。

 そして急に、

「ああああああああああああああああああああ!」

 と叫びだしドタン、倒れる音がしました。これは大変な事が起きたと、私は父と母を無理矢理連れて、妹の部屋へ行きましたが、鍵かかっていて開きません。とにかく、一大事が起きたと思ったのでドアをなんとか壊して中に入ると部屋中に漂うお香とトマトの酸っぱい匂いがツンと鼻を突きました。妹は暗くなった部屋の真ん中でなにかから逃れようとするような形で倒れていました。私は慌ててパソコンを強制終了させ、父と母は妹に抱き、必死に声をかけていましたが、反応はありません。すぐに救急車を呼んで妹は病院へ運ばれていきましたが、既に絶命していたようで、死因は中毒死でした。

 何か事件性があるのではと警察も介入し、妹の部屋を捜査し始めました。警察には妹の今までの奇行について全てを話しました。妹のパソコンが押収され、妹の配信チャンネルなども徹底的に調べ上げられました。

 その結果、妹の配信チャンネルのコメント欄では降霊術や黒魔術に関する事へのアドバイスやどんどん過激になっていく書き込みがあったと分かりました。どうやら妹は視聴者に応える形で、だんだんと言動がおかしくなっていき、ついには命を絶ってしまうほどだったようです。

 最後に齧りついたトマトからは青酸カリウムが検出されたそうです。どこでそんな物を入手したのか、また、あの大量のトマトの送り主は誰なのか警察が捜査しましたが、一切不明で警察も手詰まりの様相でした。

 妹は自ら死を選んだのか、騙されたのか、または何か得体の知れぬものに取り憑かれたのか……。これについてもわかりませんでした。

 その後、パソコンの中から遺書のようなテキストファイルが発見されました。


『私はこの世が憎い。私はあいつらを苦しめたい。その為にも計画は順調に進んでいる。私は悪魔と契約をしてあいつらを苦しめたい。協力者には感謝しきれない。そして悪魔にも。』


 と、何かわかりそうでわからない文章でした。

 結局、文章に書いてあった協力者とは誰なのか、警察はメールや電話などの連絡手段を調べ尽くしましたが、これまた一切不明でした。

 そして妹は自殺と判断され、真実を知るのは死んだ妹とその悪魔とやら、そしてその謎の協力者しかわからないという事だけです。

 妹をここまで追い込み、悪魔に魂をとられてまで、苦しめたかったあいつらとはネットの無責任なコメント達なのかもしれません。しかし、妹は望んでやり遂げた事に満足しているでしょう。

 この事件は瞬く間にネット中を騒がせ、悪魔の降霊術をしている最期の様子があちこちに転載されて考察が始まったそうですが、私はもうウンザリしきって、そのような類いを断ち切りました。

 そして、その後ネットからは忘れ去られ、悪魔に取り憑かれた妹の話はもう見かける事はなくなりました。

 悪魔に魂まで売った不幸な妹の復讐は成功したのかどうかはわかりませんが、ここに至るまで放置をしていた私達家族が呪われたのだと思うことが頭から離れられなくなりました。

 きっと、不器用な妹は家族に助けを求めていたのかもしれません。それに気付けず、ただ傍観していた私の罪悪感は一生消えることがないでしょう。

 どうか、悪魔の降霊を失敗していてほしいと願っています。

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悪魔と妹 古木しき @furukishiki

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