第4話 苦いマカロン④

 しばしの間、室内から全ての物音が消えたようにしんとした。


「でも、そうなると……」トリちゃんが不安そうに口を開く。「容疑者は校内にいた生徒全員ってことになっちゃうですよ?」


 トリちゃんの言うとおりだ。生徒会室のドアには鍵が掛かっていなかったのだから、入室すること自体は誰にでも可能だっただろう。


 しかし、学校中の生徒全員を疑っていたららちがあかない。せめてもう少しでも、容疑者の範囲をせばめることはできないだろうか。


「いや、全員を疑う必要はないんじゃねえか?」


「どういうこと?」


 わたしが尋ねると、大二は自説を続けた。


「流生の話が正しければ、たしかにマカロンを盗むのは誰にでも可能だったはずだ。だが、仮にそうだとしても、誰のものかわからないものを盗んでいくヤツがいると思うか?」


 なるほど。たしかに一理ある。


「つまり、犯人はそのマカロンが誰のものか知ってたヤツ――」


 大二は目の前のテーブルをコツコツと叩いて、


「ってことは、このテーブルのどこが凡の席か知ってたヤツってことにならねえか?」


「じゃあ、犯人はボンちゃんと親しい人物ってことですか?」


「あるいは、生徒会室によく来る人物で、平乃さんに恨みを持つ人物か」


 トリちゃんと流生くんも大二の推理に興味を示したようだった。


「うーん……」


 わたしはうなった。


 誰かの恨みを買った覚えは……ない。


 だとすれば、犯人はわたしと親しい人物……?


 一応、可能性を検討してみよう。


 まず思いつくのはトリちゃんだ。生徒会役員である彼女は、当然ながら生徒会室でのわたしの席を知っている。トイレに行ったという発言が嘘だったとすれば、トリちゃんには犯行が可能となる。


 次に考えられるのが、友達の杏那あんなちゃん。わたしと同じ水泳部に所属し、わたしに部の緊急ミーティングがあると連絡をしてきた人物だ。彼女も、わたしの生徒会室での席の位置を知っている。


 クラスメイトでもある杏那ちゃんは、わたしがマカロンを持っていたことも事前に知っていた。どうしても甘いものが欲しくなった杏那ちゃんが、わたしを生徒会室からおびき出すためにスマホで連絡をして……。


 いや、それはあり得ない。わたしがマカロンを生徒会室に置いていくことを杏那ちゃんが事前に知り得たはずがないのだ。


それに、わたしがミーティングに駆けつけたとき、杏那ちゃんはすでにその場にいたし、そのあとミーティングが終わるまでその場を離れることもなかった。つまり彼女にはアリバイがあるわけだ。


 そうなると残る可能性は、流生くんが嘘をついているというものになるが……。


 しかし、その可能性には先ほどわたし自身が疑問を抱いたのではなかったか。流生くんの証言は、彼が犯人だった場合にあまりにも彼に不利すぎるのだ。


 わたしの思考は袋小路ふくろこうじにつきあたってしまった。

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