第2話 苦いマカロン②

 放課後の生徒会室。四人の生徒会役員がテーブルを囲んでいた。


 上座に座っているのが大二。その隣は流生くん。この二人は男子生徒だ。


 そして大二の対面に座るのがわたし。その隣で流生くんと向かい合うのがトリちゃん。こちらの二人が女子勢だ。


 全員、我らが陽徳高校の二年生である。


「で、犯人の目星はついてんのか」


 組んだ両手をテーブルに置いて大二がいた。


「当然」


 わたしはなるべく平静を装いつつ言った。


「じゃ、拝聴はいちょうしようじゃねえか」


 大二はひとまず傾聴けいちょうの構えだ。


 その隣の流生くんは、早く終わってくれとでも言いたげに眼鏡の奥の眉をひそめている。


 わたしは隣のトリちゃんに軽く目配せをしてから言った。


「わたしがこのテーブルにマカロンを置いて一旦部屋を出たあとに、この生徒会室に入ったのは二人だけ」


 男子二人が互いの顔を見合わせた。


「そう。大二と流生くん、あんたたちよ。そのことは生徒ホールにいたトリちゃんが目撃してた」


「はい、トリちゃんが目撃していたであります」


 トリちゃんは軍隊式の敬礼をしながら復唱した。


「つまり、あんたたち二人のどっちか、あるいは両方が犯人なのは明白なのよ」


 わたしがそう告発すると、大二は「なにぃ!?」と大仰に仰け反った。


「ちょっと待て、おれは犯人じゃねえぞ」


「ぼくもだ。大体、平乃さんと楠田さんの言うことが正しいと証明できるのか?」


 流生くんは「馬鹿馬鹿しい」とでも言いたげだ。


「じゃあ、もっと詳しく状況を説明してあげる」


 わたしは溜息ためいきをついて続ける。


「わたしが職員室に行って愛ちゃん先生から生徒会室の鍵を預かったのが、だいたい午後の三時半ごろ。そのあと鍵を開けて生徒会室に入ったのが五分後、つまり午後三時三十五分頃ね」


 愛ちゃん先生とは、生徒会顧問の皆川愛子みながわあいこ先生のことだ。美人で優しいため、男女を問わず生徒からの人気が高い。


「それからすぐにわたしはマカロンをカバンから出して食べようとしたんだけど、そのときスマホが鳴って、水泳部の友達から急ぎのミーティングがあるって連絡を受けたの。だからひとまずマカロンをこのテーブルに置いて、この部屋を出た」


 見回すと、流生くんを除く二人は真剣に聞き入っている。


「で、生徒会室に来たときに生徒ホールでトリちゃんが友達と喋ってたのを見てたから、通り掛けに誰かが来たら応対してって頼んだの。ね、トリちゃん?」


「はい、たしかに頼まれたです」


 生徒ホールとは生徒会室を出たところにあるスペースで、四人くらいが座れる背もたれのないソファが置かれている。


 わたしがマカロンをテーブルに置いて生徒会室を出たとき、トリちゃんとその友達二人はそのソファに座って談笑していた。その位置から生徒会室のドアは丸見えだ。


 ちなみに、放課後は生徒会役員のうち最低一人は生徒会室に駐留し、相談に来た生徒に応対する窓口としての責務を果たすというルールがある。今日はわたしがその当番だったが、同じ生徒会役員の一人であるトリちゃんが近くにいたため、一時的にその役割を代行してもらったわけだ。


「それから三十分後、つまり四時五分頃にわたしが生徒会室に戻ったら、テーブルの上に置いてあったはずのマカロンがなくなってた。その三十分の間に生徒会室に入ったのは二人だけだったって、トリちゃんが証言してる」


 わたしは目の前の男子二人を見て言った。「あんたたち二人のことよ。そうなればどっちかが犯人なのは確実でしょ」


「ちょっと待てよ」大二が心外そうに口をはさんだ。「そもそもおれはマカロンなんて見てすらいねえぞ」


「本当に?」


「ああ、ちかって嘘じゃねえ。おれが生徒会室に入った時には、ここには何もなかった」


 大二はクイとあごを上げ、目の前のテーブルに視線を投げた。


「それは何時何分くらいのこと?」


「おまえがここに来て騒ぎ出した十分くらい前だから、三時五十五分ってとこだな」


 わたしはトリちゃんの顔を見る。


 トリちゃんはうなずいて、


「はい、それくらいの時間でした」


 と断言した。


「ふうん、時間については間違いないみたいね。じゃあ、見てないっていう証拠はあるの?」


 わたしが尋ねると、大二は少し考えてから言った。


「証拠っつーか、証言ならあるぜ。なぁ、流生?」


「証言?」


 流生くんは怪訝けげんそうに大二を見返す。


「忘れたのか? おれが生徒会室に入ったとき、おまえは自分の席で本を読んでたじゃねえか。イヤホン付けて音楽聞きながら」


「そうだったっけな」


「で、おれが声かけてもおまえは無視するもんだから、いつも通り本とイヤホンを取り上げて、挨拶くらいちゃんとしろって言ったんじゃねえか」


「ああ、あれは迷惑だった」


 そう返す流生くんに、呆れたように大二は言った。


「そんときにおまえも見ただろ、テーブルの上を」


「見たかもしれない」


「マカロンなんかあったか?」


「そういえば、なくなってたな」


 大二はわたしの方に振り返った。


「これでわかったろ? おれはマカロンなんか一度も見ちゃいねえんだよ」


「ちょっと待って」わたしは言った。


「流生くん、いま『なくなってた』って言ったわよね」


「ああ、言ったけど」


「ってことは、流生くんは少なくとも一度はマカロンがあるのを見たってことよね」


 流生くんは少し考えてから、


「そういえば、見た気がするな」


「それはいつ?」


 わたしが尋ねると、流生くんは面倒くさそうに嘆息した。


「この部屋に――生徒会室に入ったときだよ。時間は忘れた」


「三時四十五分ごろだと思います。トリちゃん、ちゃんと時計を見てたです」


 トリちゃんが補足をする。生徒ホールには時計があるのだ。


「それじゃあ、わたしが生徒会室を出てから十分後にはまだマカロンはあったのね」


 流生くんの発言が正しければの話だが。


 もっとも、彼がここで噓をつく理由もないだろう。


「でも、流生くんはさっき『なくなってた』って言ったわよね」


 流生くんは無言でうなずく。


「ということは、マカロンが『なくなった』ことに気づいたのは、大二が生徒会室に来た三時五十五分の時点ってこと?」


「ああ」


 三時四十五分の時点ではまだ『あった』マカロンが、五十五分の時点では『なくなって』いた――


 ということは、その間の十分のうちに『なくなった』ことになる。


「流生くんは、三時四十五分に来たときからずっと生徒会室にいたのよね」


「そうだけど」


「それから大二が来るまでの十分間に、生徒会室に入ってきた人はいた?」


 もしいなければ、犯人は流生くん以外には考えられない。


「見なかった。けど、ぼくは犯人じゃない」


「はあ?」


 わたしは呆れた声を漏らした。


 問題の時間に生徒会室にいながら、他に入ってきた人物がいないというのなら、流生くん以外に犯行が可能な人物はいないことになる。それくらいは彼もわかっているはずだが、それでもなお犯行を否定するとは何事か。


「さっき海原が言ってたように」


 流生くんはちらと大二に視線を投げる。


「ぼくは生徒会室に入ってすぐ、自分の席でイヤホンをして読書を始めた。そして、海原が来た時も気づかないくらい読書に没頭してた。本で視界はさえぎられてたし、イヤホンにはノイズキャンセリング機能がついてるから、音もほとんど聞こえない」


「たしかに、おれが来た時もおまえは気づかない様子だったな」


 まあいつものことだが、と大二が付け加える。


 たしかに、流生くんにはそういうところがある。生徒会役員という他者との密なコミュニケーションが求められる立場にありながら、読書をするときなどは自分ひとりの世界にこもってしまうのだ。それほど読書好きなわけではないと以前本人は言っていたが。


「つまりはこういうことだ。ぼくはたしかに海原が来るまでの十分間は生徒会室にいた。けど、その間に誰かが生徒会室に入ってきたとしても気づかない状態にあった」


「じゃあ、その十分の間に誰かが生徒会室に入ってマカロンを盗んだってのか」


「その可能性はある」


 流生くんは大二の問いに返して言った。

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