事件は生徒会で起きている

ぶらいあん

第1話 苦いマカロン①

「あ、ボンちゃん。お帰りなさいです」


 小柄な女の子が、生徒ホールに設置されたソファから立ち上がって手を振った。


「ごめんトリちゃん、水泳部のミーティングが長引いちゃって」


 わたしは両手を合わせて申し訳なさそうな笑みを作る。


「誰か来た? わたしがいない間」


流生るいくんと大二だいじくんが来ましたよ」


「そう。じゃあ、相談者は誰も来なかったんだね」


 話しながら、わたしは生徒ホールに隣接する生徒会室に向かう。


 すると、トリちゃんは後からトコトコとついてきた。


 彼女の本名は楠田くすたトリ。フィンランド出身の十六歳。高校進学と同時に日本に来たトリちゃんは、父親が日本人だからか日本語は達者だ。モフモフの金髪は母親譲りらしい。


 対して、ボンちゃんことわたしの名前は平乃凡ひらのなみ。その名の通り、平凡な女子高生である。ひとつでも非凡な点があるとすれば、生徒会の副会長を務めていることくらいだろうか。


 生徒会室のドアを開けて、わたしとトリちゃんは中に入った。


「お疲れ様でーす」


「おーう、お疲れさん」


 テーブルの前に座ったまま返事をしたのは、生徒会長の海原大二うみはらだいじ


 その隣に座っているのが、書記を務める御影流生みかげるい。こちらはイヤホンをして読書に没頭している様子で、挨拶どころか視線を向けることすらしない。まぁ、彼にとってはいつも通りのことだが。


 短髪で男らしい顔つきの大二と、片目が隠れそうなほど前髪が長く、中性的な流生くんの印象は相変わらず好対照だ。


 いま、副会長のわたしと、その後から会計を務めるトリちゃんが入室したことで、我らが陽徳ようとく高校の生徒会室に生徒会役員一同が揃ったことになる。


 わたしはカバンを床に置き、自分の席――テーブルをはさんで大二の向いに座った。


 すると、ある違和感に気がつき、胸のあたりがざわついた。


「あれ……、ない……?」


 目の前のテーブルを見回していると、大二が声をかけてきた。


「どうしたなみ、ブラジャーでも落としたか?」


「そんなもん落とすかっ」


 おまえ絶対ブラジャーの構造知らないだろ。


「ボンちゃん、どうしたですか?」


 心配そうなトリちゃんに、わたしは事情を説明した。


「テーブルに置いておいたはずのマカロンがなくなってるの」


「マカロン? なんだそりゃ、マグロの親戚か?」


 おまえは寿司屋の大将か。


「あのねえ、マカロンっていうのは――」


 世間知らずな大二にマカロンがいかなるものかを説明する。丸っこくて、ハンバーガーのような形をしていて、様々な色と味がある愛らしい洋菓子……。


「外側はサクッとしていて、中はフワッ、モチッ、としてるです」


 トリちゃんが補足してくれた。


「とにかく、わたしのマカロンがなくなったの。大二、見てない?」


「さあ、見てねえな」


「流生くんは?」


「……」


 無視された。まぁ、先ほどからずっとイヤホンをして本に目を落としたままなので、そもそも気づかれていない可能性が高い。


 仕方がないので、わたしは席を立って生徒会室の中を探すことにした。


 部屋の中央にあるテーブルの上――ないことを確認済み。


 隅にある棚――ない。


 ホワイトボードの裏――ない。


 パソコンの置いてある机の上――ない。


 ゴミ箱の中――ない。


 掃除ロッカーの中――ない。


「ない、ない、ない……」


 しまいにわたしは、四つん這いになってテーブルの下を探しはじめた。


「ボンちゃん、そんな恰好だとパンツ見えちゃうですよ?」


「スカートめくりながら言わないで」


 ちょっとお茶目なトリちゃんだが、男子もいる場なので一応たしなめる。


「おーい、なんか発見はあったか?」


 頭上から大二の声。


「はい、今日のボンちゃんは白です」


「教えなくていいからっ」


 そんなしょうもない会話ばかりで、捜査の状況は捗々はかばかしくなかった。


「あれじゃねえか、腹を空かせた野良猫が盗んでいったとか」


「だから、マグロじゃなくてマカロンだってば」


 マカロンを盗んでいく野良猫がいたら見てみたいものだ。


 わたしはテーブルの下から顔を出し、肩を落として自分の席に戻った。


「でも、たしかに盗まれたって可能性はあるかもしれない……」


 だとすれば、犯人はいったい誰なのか。


 そういえば、さっきトリちゃんは言っていなかっただろうか。わたしが生徒会室を離れていた間に入室した人物は二人だけだったと……。


「ボンちゃん、どうしたですか?」


 しばらく黙り込んでいたわたしを心配したように、トリちゃんが顔をのぞき込んできた。


「みんな、ちょっといい?」


 わたしは立ち上がり、テーブルに集う一同(流生くんを除く)の注目を集めた。


「大事な話があるの。だから、いまこの時から《緊急会議》を開催します」


 一瞬、緊張がみんなの間を走り抜けた。


「《緊急会議》か。いいぜ。で、なんについて話すんだ」


「決まってるでしょう」


 わたしは大二の問いに答えて言った。


「わたしのマカロンを盗んだ犯人が誰なのか、という問題についてよ」

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