32_帰る場所

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佑のところに何か連絡行ってないか? 響と連絡が取れないんだよ。

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 大将からメッセージが届いた。もう仕込みに入る時間は過ぎている。響は店に顔を出していないのだろう。


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はい、ないです。お店は大丈夫ですか?

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千絵が出るって言ってるから、店の方は気にしなくても大丈夫だ。すまんな、休みの日だってのに。

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 響から連絡が来ていないというのは嘘じゃ無い。だが、響が店に顔を出さない理由は知っている。


 僕のせいだ。


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人手が必要だったら、また連絡ください。

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 僕はそう返信すると、仕事帰りのサラリーマンでごった返す満員電車に乗りこんだ。


 僕の帰る場所は、今住んでいるマンションしかない。



 こだまの前は通らず、裏手からマンションに入った。鍵を開け、無音の自宅に入る。2Kという間取りながら、冷蔵庫と電子レンジくらいしかない殺風景な部屋だ。


 僕は寝袋の上で横になった。


 マンションの前を通る、車の音だけが聞こえる。


 あの日、香奈に声を掛けられなければ、今日の僕は何をしていただろうか。香奈に会っていなくても、僕はこだまで働いていたのだろうか。ふと、そんな思いが頭をよぎる。


 僕はきっと、こだまで働いていたと思う。


 そして今と同じように、料理に興味を持ち始めたはずだ。楽しいお客さんに囲まれ、接客は楽しいと感じただろう。そして、料理が上手な大将の事を尊敬し、今と同じように、響の事を大好きになっていたはずだ。


 涙が頬を伝っていた。


 明日、大将に店を辞める事を話そうと思う。


 響が店に出られないなら、僕が出てはいけない。あの店は、あくまでも大将たちの店だ。この街に来て、一番好きになったものを僕は手放さなくてはならない。


 仕方が無い、僕はそれだけの事をしてしまったのだから。



***



 ドンドン。ドンドン。


 少し乱暴に叩くドアの音で目が覚めた。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。時間は23時。あと1時間も経てば、日付が変わる。


「佑……いないの……?」


 響の声だった。


 僕は鍵を開け、静かに扉を開いた。そこには目を腫らした響が立っていた。響から酒の匂いがする。どこかで飲んでいたのだろう。


 僕たちは黙って見つめ合った。言いたいこと、聞いて欲しい事は山ほどある。だけど、何から話し始めていいのか分からない。


「……どうして欲しい? 黙って帰って欲しい? 家に入って欲しい?」


 響は震える声でそう言うと、大きな目がみるみると潤みはじめた。

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