30_裏切り

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佑くん、今日でラストだね。今日のホテルでの行動を探偵に押さえて貰ったら、すぐに秀利に連絡するつもり。「男の子とホテル行ってたんだ」ってね。

多分、秀利はメッセージを消去するだろうから、今日のやりとりはそこまで深く考えなくていい。それと、佑くんは年齢の事もあるから、探偵に「これ以上は接触しなくていい」って言うつもり。そこは安心して。

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 水曜日。その日は、香奈からのメッセージで始まった。


 とうとう、この計画も今日で終わる。秀利と食事をしてホテルへ行き、証拠を押さえられれば僕は解放される。もう、響たちに嘘をつくことも無い。


 僕にとっては解放される日になるが、秀利にとっては地獄の始まりの日となるだろう。


 

 今日も、秀利と会う場所は大山田駅だった。

 

 場所は前回と同じ駅ビルの、高層階フロア。今回は串カツ屋らしい。


 秀利は、今日も『清水』という名前で予約を取っている。僕が到着すると、秀利はいつものようにビールを飲んで待っていた。


「こんにちは、秀利さん。……こんな串カツ屋さんに来るのは初めてです」


 カウンターの中では、白衣にネクタイを着けた職人が串カツを揚げていた。職人の前に座っていた、秀利の隣に腰を掛ける。


「こんにちは、佑くん。お腹減らして来た? コースだから、そこそこボリュームあるよ。とりあえずドリンクは、何にしようか。串カツと言えば、ビールが合うけどね」


 ビール……一度だけ口を付けたことがあるが、全く美味しいと思わなかった。メニューをみると、『ジンジャーチューハイ』というものがあった。僕はそれを秀利に伝えた。


「へえ……こんなのあるんだ。なんだか、下町感がいいね」


 そう言うと、秀利はカウンター内にいる職人に声を掛けた。



 串カツ屋では、いつもと同じような時間が流れた。


 秀利の話を聞き、僕が相づちを打つ。何度か聞いたような話も出たが、僕は初めて聞いたかのように合わせておいた。


 秀利は今までに比べ、なんだか余裕があるように見えた。ホテルへ行くのも決定事項のようになっているからだろうか。だが、そんな僕も同じように見えたらしい。


「佑くん。今日は雰囲気違うね。なんていうか、リラックスしてる感じ」


 秀利はそう言った。




 僕たちは串カツ屋を出て、ホテルへ向かう。


「今回も、同じホテルですか?」


「いや、今回は違うホテル。距離的には変わらないけどね」


 そして、15時になろうとする頃、秀利は前と同じように僕を待たせ、先にホテルに入っていった。


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305号室です。ここもエレベーターでそのまま上がってきてください。

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 秀利からメッセージが届いた。今日のホテルは、『ビジネスホテル・ネクスト』という名前だ。前回よりは新しいホテルに見えるが、エレベーターはかなり年季が入っていた。外見だけ改装したのかもしれない。


 305号室をノックすると、すぐに秀利がドアを開けた。今回の部屋は、大きなベッドが中央に一つ。部屋は、前回より少し広いだろうか。


「今回も、パッとしないホテルでごめんね……まあ、普通に使うには十分だから」


 秀利は僕を先に座らせると、前回と同じように僕の右側に座った。


 そして時間を掛け、僕の右手に指を絡めてくる。


 今日も秀利は、僕の裸を見たいと言った。今回は、服を脱いでというリクエストに素直に応えた。こんなことで罪滅ぼしになるとは思わない。だが、秀利が少しでも喜んでくれるならと、思ったのだ。そして、前と同じように秀利は僕の前で果てた。



「佑くん……今日はどうだった? 俺ばっかり、満足してるような気がして……大丈夫?」


 シャワーを浴び終わった秀利は、僕の隣に腰掛けてそう言った。


「大丈夫ですよ。美味しいものご馳走になったり、面白いお話し聞かせて貰ったりしてますし」


「そうか。それなら良かった……また、来週も会えるよね?」


「ええ、きっと……またメッセージ入れます」


 僕が言うと、秀利は笑顔で頷いた。


「じゃ、バタバタして悪いけど、今回も先にホテルを出て貰っていい?」


「分かりました。じゃ、秀利さん。また」


「あ、佑くん、最後に一つだけ。……今、佑くんが一番気に掛けてるのは、俺だと思ってていいよね?」


 そう言った秀利の顔は、不安げであり、寂しげであり、何かを期待しているような顔でもあった。


「はい。……そうですよ」


「ありがとう、安心した」


 僕は微笑む秀利に会釈をし、部屋を出た。



 3階から乗り込んだエレベーターが、1階に到着する。前回の雨模様とは違い、玄関からは明るい日差しが差し込んでいた。これでようやく、全てが終わる。


 目の前の日差しは、ゴールへと辿り着く僕を演出してくれているようだった。玄関の自動ドアをくぐった時、僕の顔には笑みが浮かんでいたかもしれない。


 だが、ホテルを出た僕は、その場で凍り付いた。


「ひ、響さん……!?」


 道路の向かい側に、響が立っていた。


 真っ直ぐに僕を見る目が、「信じられない」と訴えている。響の唇はワナワナと震え出し、大きな目にはみるみる涙があふれ出した。


 何故、ここに、響さんが……分からない……


 きっとこれは、偶然じゃ無い……だとしたら……


 ——香奈だ。



 僕が答えに辿り着いた瞬間、響は僕の前から走り去った。


 でも僕は、追いかけることが出来なかった。響を引き留めても、なんて言えばいいのか分からなかったからだ。


 地獄の始まりは、秀利だけでは無かったのかもしれない。

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