24_ジンジャーカクテル

 父が訪れた土曜日の夜、閉店後のこだまには僕と響だけがいた。


「お父さん、今日も負けるだろなー。賭け事はてんでダメなのよ」


「そうなんですか? 大将、勝負事強そうに見えるのに」


「お父さんが言うには、相手がプロ級なんだって。私は信用してないけど。ハハハ」


 テーブルを拭きながら、響は言った。



 大将は店の片付けの途中で、雀荘へ行ってしまった。電話で「早く来てくれ」と催促される大将を見て、響が行っておいでと促したのだ。「申し訳ない!」を連呼しながら出て行く大将は、見ていて微笑ましかった。


「ふう……片付けは、これくらいにしとこうか。……佑、賄いどうする? 今日は、ここで一緒に食べる?」


「……ええ! いいですね!」


「じゃ、私は飲み物用意するから、佑は適当に料理並べて。……お茶と、ジュース、どっちがいい?」


 厨房に行きかけた響が、振り返り聞いた。


「ぼ、僕はまだダメですよね、お酒とか飲んじゃ……」


「うーん……まあ、いいんじゃない? 少しくらい、飲んだ事あるよね?」


「はい、きっと大丈夫です!」


「フッ、きっと大丈夫、って何よ……じゃ、薄めにしておくから。適当に作ってあげる」


 僕は大皿にいくつかの料理をよそい、取り皿を用意した。響はグラスをかぶせた瓶ビールと、酎ハイのようなものをテーブルに置いた。



「じゃ、食べようか。いただきます!」


「いただきます! 響さん、これなんですか……?」


 響が作ってくれた酎ハイのようなものの底には、何かが沈んでいた。


「飲んでみて。すぐ分かると思う」


 僕はまず、一口含み味わった。そして、二口目をググッと流し込んだ。


「分かりました、生姜ですね! うん、美味しい!」


「正解。佑、ジンジャエール好きだもんね。……今日は特別だよ、外では飲ませないからね」


 響は、僕がジンジャエールを好きだったことを覚えてくれていた。



「やっぱりさあ、佑のお父さん良い人だったじゃん。きっと、一人暮らしさせたのだって、佑の為を思ってなんだよ」


「そうだったのかもしれませんね……あと、父とあんなに沢山会話したの、初めてだと思います」


「そ、そうなの? 普段、全然会話無かったんだ?」


「……ええ。朝は早くから仕事出てるし、夜は遅かったり、帰ってこない日もあったりで。今住んでる家も、父が勝手に決めた感じでしたし」


「そうなんだ……男同士の親子は会話が少ない、なんて聞いた事あるけど、なかなかのものだね。ウチは見ての通り、ずーっと一緒だからなあ。それはそれで、面倒な事もあるけど」


「ハハハ、僕から見ると羨ましいですよ、響さんの家族。皆さん、仲よさそうで」


「うん、まあそうかもね。……同じの作ろうか?」


 響は空になった僕のグラスを取り上げ、そう聞いてくれた。



 外は、どんどんと雨脚が強くなっている。店内が無音な事もあり、会話が止むと雨音だけが響いた。


「土砂降りですね……ちょっと落ち着くまで帰れませんね、響さん」


「帰るの面倒だし、佑ん家にでも泊まるか」


 まどろんだ瞳で、響が言った。


「ほ、本気ですか……?」


「帰るのが面倒なのは、本当。佑ん家泊まるってのは、冗談。ここに来た頃の佑だったら、手を繋いで寝ても大丈夫そうだったけど、最近は男っぽくなったもんね」


「ああ……髪切ったせいですかね」


「いや、顔つきも変わったよ。以前より、キリッとしてる。うん、美少女から、美男子になったって感じかな。ハハハ」


 僕がこだまに来て1ヶ月。そんな短期間で、簡単に変わるはずが無い。


 ただ、たった1ヶ月の間に、僕は色んな経験をした。

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