22_落ちる彩度

 バーを出て、僕たちは最寄りの駅へと向かった。響は足取りが少し怪しい。


「響さん、大丈夫ですか? タクシー乗ります?」


「いいよ、勿体ない。平気、平気!」


 響は多少フラフラしながらも、僕たちは無事に駅へと辿り着いた。


 鈍行は出たばかりのようで、暗いホームにいるのは、僕たちだけだ。二人並んで、ベンチに腰を掛ける。


「ふう……もう、空腹で飲むのはやめよ。久しぶりだよ、こんなに酒が回ったのは」


「もしかして、体調悪いんじゃないですか? 大丈夫ですか……?」


「……案外ね、体調悪い時ってお酒すすまないのよ。体って、ほんと正直。体調良くて、楽しかったりした時の方が酔ったりするの。もしかしたら、私だけかもしれないけど」


「じゃ、今日は楽しかったんですね。僕もです。美味しい料理食べて、知らないバーにも連れて行ってもらえて」


「フフ、可愛いこと言うじゃん。楽しかったって言うか、嬉しかったのかな。佑も一緒に、こだまで頑張ってくれるって聞いて。……お父さんさ、佑の事かなり気に入ってるよ」


 僕は響に顔を向けた。


 響は「何?」と、首をかしげて言った。その目はまだ潤んでいる。


「い、いえ、何も」


「嘘。何か言おうとした」


「響さんは……響さんはどうなのかなって」


「佑の事、気に入ってるか、どうかって事?」


「……え、ええ」


「じゃあ、聞くけどさ……佑は気に入らない人と、2人でバーに行ったりする?」


 ……よりによって、頭に浮かんだのは秀利だった。


 響との楽しかった時間が、彩度を落としていく。


「分かった? それが答え」


 動揺する僕に気付くことなく、響は笑顔で言った。



***



 5月に入って、2度目の土曜日。本日の開店時間は14時だ。


 先日から僕も、仕込みを手伝うようになった。包丁の使い方を動画で収める僕に、大将は「これが今時なんだな」と笑った。隣にいる響も、大将の手元をじっと見ている。


 しばらくして、ガラガラと玄関の引き戸が開いた。


「開店前に申し訳ございません。大島と申しますが、少しお時間宜しいでしょうか」


「あ、こんにちは。大島さん。……どうされました?」


 大将はそう言うと、手を洗ってカウンターを出ていった。


 彼女は、いつも「佑くん、佑くん」と声を掛けてくれていた大島さんの娘さんだ。大島さんは、ここ数日顔を見せていない。皆が心配していた所だった。


「先日、親身になって相談に乗って頂いたので、お電話では申し訳ないかと思い、お伺いさせて頂きました。お手を止めてしまってすみません」


 そう言って、彼女は頭を下げた。


「いえいえ、とんでもない。……そう言えば、大島さん一昨日から見えてませんが」


 大将は不安げに訊いた。


「ええ……実は一昨日のお昼に母が倒れまして……母がお店に顔を出さないと心配されるかもしれないと思い、お邪魔させて頂きました。命に別状は無いのですが、もうお酒を飲むことは出来ないかもしれません。こだまさんでは、一日一杯を守っていたようなのですが、家でもこっそり飲んでいたみたいで。せっかく、ご対応頂いていたのに、本当に申し訳なくて……」


 大島さんが倒れた……僕同様、隣にいた響もショックを受けているようだ。


 大将と大島さんは奥の席に腰を掛け、話し始めた。2人とも表情は暗い。病状は良くないのだろう。そして5分ほど話し込んだ後、大島さんは帰っていった。


 

「大島さん、そこまで悪かったとはな……」


「もう、お酒飲めないかもって言ってたね。かなり悪いの?」


「腎臓移植とか、そんな話も出てるらしい。人工透析になるんじゃないかな」


 今日の居酒屋こだまは、少し沈んだ状態からのスタートとなった。そう言えば、今晩は雨の予報となっている。

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