20_将来
一品目の『空心菜炒め』がテーブルに置かれたのをきっかけに、怒濤のごとく料理が運ばれてきた。こだまも料理を出すのは早い方だが、この店はそれ以上だった。
「私、空心菜大好き〜。佑も食べてみな。見た目は地味だけど、美味しいから」
「はい、頂きます。うん……美味しいです! 世の中、まだまだ知らない料理あるんですね……うん、めちゃくちゃ美味しい!」
「そりゃそうさ。俺だって知らない料理なんて、山ほどあるし。ほら、他も美味いぞ、どんどん食え」
大将と響は早いペースでグイグイとビールを飲み、テーブルを埋めていた多くの皿が空になっていった。
「ところで、佑。気になる事があるんだけどな」
急に真顔になった大将が僕を見て言った。一体、何のことだろうか。あらぬ想像が頭を過る……
「給料の振り込み口座、お父さんの口座か? 伊藤
「あ、ああ、そうなんです。今住んでる家の家賃と、電気とガス代がそこから引き落とされるので。契約自体、父親がしてくれたので、引き落とし口座もそのままなんです。通帳とキャッシュカードも僕が持ってるので、名義以外は僕の口座みたいなものですけど」
携帯の契約用に銀行口座を作りはしたが、その他の引き落としなどは、父親名義の通帳をそのまま使っていた。
「ああ、そういうことか……まあ、仕事が落ち着いたら、少しずつ佑の名義に変えていった方がいい。……ところで、どうだ? 今後、どんな仕事をしたいとか、やりたい事とかあるのか?」
大将がそう言うと、響も僕の方に体を向けた。
「えっと……将来の夢とか、そんな感じの事でしょうか?」
「そうそう。仕事でもいいし、海外で住んでみたいとか、何でもいい。何かあるか?」
「……いえ、これと言った夢は無いです。そりゃ、子供の頃には漫画の主人公になりたい、とかはありましたけど。——酔っ払った父親には、『つまらない奴だな』って言われましたっけ」
僕は自嘲気味にそう言った。
「そうか。それなら本気で料理をやってみるか? 接客は今でもそこそこ出来ているし、働いてるうちにもっと出来るようになる。料理に関しては、仕入れから仕込みまで俺が教えてやる。もちろん、興味が無いなら今のままで全然大丈夫だ。どうだ?」
「ほ、本当ですか……? こだまで働き出してから、こういう仕事っていいなって思ってました……こだまの料理を初めて食べたときは感動したし、先日のフレンチレストランでは料理の奥深さを知りました。もちろん、今日のタイ料理だって。……実を言うと、響さんが大将から仕込みを教えて貰えるって聞いて、羨ましいなって思ってたんです」
そう言い終えると、大将は大きな音を立てて拍手をした。
「いいじゃないか、佑! 調理師免許に興味がありそうだっての響から聞いてな。よし、じゃ本気でやってみるか?」
「は、はい、やってみたい……いや、やってみます! これからも、宜しくお願いします!」
僕は、大将に深く頭を下げた。
大将は、僕がイチ料理人になるだけでなく、将来は自分の店を持てと言った。このご時世、サラリーマンになるより、よっぽど安泰だとも言った。もちろんそれは、やるべき事をやった上での事だ、というセリフも付いてきたが。
大将は店員を呼んで、お会計を始めた。
「ふうー、美味しかったあ。今日はご馳走様。私、今からバーでもいこっかな」
「俺はもう帰るぞ。行くなら佑も連れていけ。まだそんな遅い時間じゃないけど、一応お前も女なんだから」
「一応って何よ。立派な女子ですけど!? どうする? 佑も行くよね?」
「は、はい、行きます! あ、大将ご馳走様でした! 凄く美味しかったです!」
大将は「おう」と右手を上げ、店を出る準備を始めた。
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