17_ファミレス
秀利と会う水曜日、約束の5分前に大山田駅に着いた。今回の待ち合わせ場所は、駅ビルの地下にあるファミレスだ。
先日のカジュアルなイタリアンといい、今日のファミレスといい、比較的安価な店を秀利は選んだ。社長という事を悟られないよう、あえてそんな選択しているのかもしれない。ファミレスへ続く階段を下りている途中で、秀利からメッセージが入る。店に入って右側、一番奥の席にいるという内容だった。
「こんにちは。お待たせしました、秀利さん」
「いやいや、全然待ってないよ! 掛けて掛けて」
秀利は既に生ビールを飲んでいた。その方が、僕と話しやすいのかもしれない。
「ご飯食べてないよね? 何がいい? はい、メニュー」
僕は礼を言って、メニューを開く。秀利の強い視線を感じ、ふと顔を上げた。
「あ、ごめん……ジロジロ見ちゃって。髪切ったんだね、前髪短くなったんだ」
秀利は前の髪型の方が好きだったのかもしれない。今の髪型は、全然女性っぽく見えないはずだ。
「ど、どうですか……短いのは? 前髪は長い方が良かったですか?」
「いや、今のも全然良いよ! うん、似合ってる。でも、前の髪型も好きだったなあ」
「そうですか。……じゃ、また前髪伸ばします」
僕は笑みを湛えて、そう答えた。秀利は「どっちも良いんだよ!」と言いつつ嬉しそうな顔をした。
だが、前髪が伸びる頃には、僕と秀利が会うことは無いだろう。
「よく、大山田駅ではお食事とかされるんですか?」
「い、いや、普段はあまり来ないけどね。メッセージでも書いたけど、新都駅周辺は知り合いが多いから。……話変わるけど、ちょっと踏み込んだ質問してもいい? 佑くん」
そう言うと、秀利は少し周りを気にした。人目を憚るような仕草だ。
「も、もちろんです。何ですか?」
「佑くんが好きなのって、同性? 異性? それとも両方? 男性同士とかでお付き合いって言うか……今までどうだったのかなって」
秀利は、僕にも聞き取りにくいほどの小声で聞いてきた。一応、この辺りの質問は香奈とシミュレーションしてきた。僕は、男性の方が好きだという設定になっている。
「どちらかと言えば、男性かもしれません。女性とも付き合ったことはありますが」
「そ、そうなんだね! 俺は正直……ホント生まれて初めて人に話すんだけど、佑くんみたいな、男の子に興味っていうか……もう気付いてたよね……?」
僕は無言で頷いてみせた。
「でも、もちろん、誰でもって訳でもないし、男性に声を掛けたのは、佑くんが初めてなんだ。本当の本当に。……実際、めちゃくちゃ奥手なんだ。女性にだって、声を掛けた事無かったし」
「奥さんの時はどうだったんですか?」
「ああ……彼女がドンドン引っ張ってくれた感じかな。ちょっとした飲み会で、隣に座ってて。綺麗な人だなって思ってたら、向こうから声を掛けてくれて。あ、ここまで話す事無いか、ハハハ」
香奈の事だ。秀利が金持ちと知っていて、アプローチしたのだろう。隣に座っていたのも、偶然では無いはずだ。
「でも、大丈夫ですか? 僕との事、浮気になりませんか?」
これは香奈と打ち合わせした事では無かった。言わない方がよかっただろうか。
秀利から笑顔が消え、しばし無言になった。
「それは、今は……ちょっと忘れたい。……何かあっても、佑くんに迷惑を掛けることはしないから」
そんなタイミングで、僕が注文したハンバーグステーキのセットが運ばれてきた。秀利は残っていたビールを飲み干すと、「ビールお代わり」と店員に告げた。
「そうですか。秀利さんが大丈夫なら、それでいいです。……それより、お昼からそんなに飲んで大丈夫ですか?」
「……ああ、今日は打ち合わせ後、直帰っていう事にしたんだ。家には遅くとも7時までに帰れば大丈夫」
今はまだ1時20分だ。時間はまだまだある。秀利は続けた。
「だからさ、2人でゆっくり話せるとことか行かない? 別に変な事を考えてるんじゃなくて……人目を気にすることなく、佑くんと話がしたいだけなんだ」
秀利は、僕と目を合わさずそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます