15_バー レスト

 僕たちは道に面したテーブル席に着いた。ガラス越しに、下の通りを眺める事が出来る。


「このお店ね、私が初めて来たバーなの。専門学校に通ってる時にね。他のバーも色々と行ってみたけど、やっぱりここが一番好きだなあ」


 奇しくも僕と響は、初めてのバーがレストって事になる。


「……やっぱり雰囲気とかですか? バーの良し悪しって」


「まあ、雰囲気も大事だけどね。それよりも、同じカクテルでも作ってくれる人によって、味が全然変わっちゃうんだよ。例えばジントニックとか。私はここのジントニックが一番好き」


 響はそのジントニックを注文した。僕はジンジャエールだ。


「佑は彼女とかいないの?」


「な、なんですか、急に」


「いや、マスターが佑を彼氏? なんて聞くから、そういやどうなのかなって。……見た目可愛いから、案外彼氏がいたりしてね?」


 フフフと笑う響の前で、僕は顔を引きつらせてしまった。


「い、いや、冗談だよ、佑。ま、まあ、冗談って言うか、今時は男同士、女性同士でもよくある事じゃん」


「いや、高校生の頃、よくそんな冗談を言われたので、ふと思い出しちゃって。すみません……」


「いやいや、こっちこそごめん。私、デリカシー無いとこあるから、ハハ……」


 響は無理して笑顔を作った。


「響さんはどうなんですか? 彼氏とか?」


「今いないのは知ってるでしょ? 店でも彼氏いないのネタにされてるから。前の彼氏は、別れてちょうど1年くらいかな。『日曜日くらいしか会えないよ』って最初から言ってるのに、会えなくて寂しいとか言い出すんだから。で、少しずつ会わなくなって、サヨナラって感じだったな」


 響に彼氏がいたなんて想定内だ。逆に、いなかったと聞いた方が驚いただろう。


 なのに、何故か僕は嫉妬していた。


「佑は? どうなの?」


「……僕は高校2年の時に、付き合ってって言われて、少し続いたくらいですかね。何度か一緒に出かけたけど、気付いたら自然消滅してた感じです」


「ああ……高校生の頃ってそんな感じ多いかもね。二人ともフリーかー……店にパートナー募集中とでも貼り紙しておこうか、ハハハ」


 響は笑ったが、僕には面白い冗談とは思えなかった。



 レストでは2杯ずつ飲んで店を出た。後は電車に乗って帰宅するだけだ。


「ご馳走様でした、響さん。ありがとうございました」


「いえいえ。フレンチに関しては、また大将に言ってあげて。……それにしても、久田さんとこのフレンチは最高だったなあ! 佑もまた行きたいでしょ?」


「そうですね、フレンチ最高でした。そのせいだと思うんですけど、僕が知らない料理にも、興味が出てきました。食事なんてお腹が膨れたらいいと思ってたけど、ちょっと考え変わりそうです。……で、でも、この街に来て最初に感動したのは、こだまの料理ですよ」


「フフフ、そんな無理矢理褒めなくても。まあ、お父さんの料理は美味しいけどね。……そうだ、佑ってタイ料理食べたことある?」


「うーん、無いようなあるような……少なくとも、ちゃんとしたお店は行ったことないです。美味しいんですか?」


「タイ料理も最高だよ〜。知らないなんて勿体ない。……じゃ、今度一緒に行こうか? 美味しいとこ知ってるんだ」


「行きます行きます! 楽しみにしてます!」


 今日一日だけで、響との距離がとても縮まったように感じた。僕は響を女性として、意識しだしている。


 そんな僕は、響から見るとまだまだ子供なんだろうか。

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