14_フレンチ

 響にはシャンパン、僕にはノンアルコールカクテルが運ばれてきた。軽くグラスをぶつけ、『チン』という音を鳴らす。絵面だけ見ると、2人ともお酒を飲んでいるように見えるだろう。


「んー! シャンパン久しぶり! やっぱり美味しい! 佑のはどう?」


「ええ、スッキリしていて美味しいです。なんか、大人の気分になりますね、アルコール入ってないのに」


 そう言うと、響はハハハと笑った。


 

 一品目は、カニの身を生地に練り込んだという、小さなパイのようなものが運ばれてきた。中にはアボカドが入っているという。それはレンゲのようなものに乗せられており、そのまま口に運んでくださいと説明された。


「もう、アミューズからして気分上がるでしょ! 見た目も可愛い!!」


 そう言って響は、アミューズとやらをスマホで撮影した。僕も真似をして撮影をする。


「一応、キチンとしたお店の場合は、撮影していいか聞いた方がいいかもしれないよ。ここの久田さんはSNS投稿、大歓迎な人だけど」


「は、はい、分かりました。昨日ネットで、フォークとかナイフを使う順番とか調べてきたんですけど……変わった食べ方する料理もあるんですね」


「そうそう。変わった見た目のやつは、食べ方説明してくれたりするから。分からない事があったら、気兼ねなく聞けばいいのよ。佑は、まだまだ若いんだし」


 まだまだ若いか。今日だけで2度も言われた。


 響は口を大きく開け、アミューズを口に放り込む。そして、「んー!」と言うと、とても幸せそうな笑顔を浮かべた。



 アミューズから始まった初めてのフレンチに、最初から最後まで僕は感動しっぱなしだった。見た目はもちろん、食感、味覚と、驚きの連続だった。


「響さん、フレンチって凄いですね……正直、良いお肉をフォークとナイフで食べるだけのものと思ってました。正直、今かなり感動してます……」


「帰る時に久田さんに伝えてあげたら? きっと喜ぶと思うよ。にしても、この店本当に凄いでしょ。もう、ホント最高」

 

 響は食後のコーヒーに口を付けた。シャンパンの後、白ワイン、赤ワインと続けて飲んだ響の頬は、少々赤くなっている。


「佑、まだ時間あるでしょ? フレンチに続いて、バーもデビューしちゃおうか? バーなんて行ったこと無いでしょ?」


「え、ええ。無いです」


 香奈との計画のせいで、どうしても嘘をつかなくてはならない時がある。やはり、この計画から早く解放されたい。そのバーは馴染みの店らしく、空席があるかどうか、響はスマホでメッセージを送っていた。



「久田さん、今日も本当に美味しかったです! ご馳走様でした! ……ほら、佑もあるでしょ、言うこと」


「は、はい。今日は最初から最後まで、ずっと感動してました。めちゃくちゃ美味しかったです!」


「ハハハ、それはありがとうございます。また響ちゃんとこのお店にも行きますからね。その時は佑さんには、お酒でも作って貰おうかな。それじゃ、今日はありがとうございました。お父さんお母さんに、宜しく」


 僕たちは久田さんに改めて「ご馳走様でした」と会釈し、店を出た。



「あー、カウンター空いてないみたい。まあ、今日は佑もいるしテーブルでいいか」

 

 バーから響のスマホに返信が来ていたようだ。響はすぐに返信をしていた。「テーブル席で大丈夫です」きっと、そんな感じだろう。


「響さんは、こっちで結構飲んでるんですね」


「専門学校が新都駅にあったからね。そこで知り合った子達と、今も定期的に飲んでるの」


「響さん、専門学校行ってたんですか?」


「調理師専門学校ね。お父さんには『俺のとこで教えてやるのに、行く必要なんて無い』なんて言われてたんだけど。今思うと、そうかもなーって。結構お金掛かったし」


「そんなものですか」


「もちろん、人にもよると思うよ。半分くらいかな、飲み会のメンバーで今も飲食業に就いてるのは。……そういや佑も、ウチの店で2年も働けば調理師試験を受けられるよ」


「そ、そうなんですか! うわー、なんだか少しずつ大人になってる感じがしてきたなー」


「ハハハ、何言ってんのよ。試験を受ける資格を与えられるってだけだから。あ、あの角ね! あの角を曲がったところにバーはあるの。『レスト』ってお店」


 方向的にまさかと思っていたが、嫌な予感が的中してしまった。『レスト』は秀利と訪れた、2階にあるバーの事だった。



 響が先に階段を上がり、僕が後ろに続く。出来る事なら、急な用事が出来たとでも言って、この場を離れたかった。


「こんばんはー、ご無沙汰してますー」


「はーい、いらっしゃい。——おっと、彼氏?」


 メガネをかけた痩身の男性はそう言った。秀利と訪れたあの日も、カウンターに入っていた男性だ。


「ち、違いますよ! 今、ウチで働いてくれている子。佑って呼んであげてください」


「初めまし……あれ? 一度お店来てくれた事ありませんか?」


「……い、いえ、初めてです。こ、こんばんは」


「この子、最近こっちに引っ越してきたんですよ。人違いです、マスター」


 何も知らない響は、そう言って笑った。

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