07_初バイト

「響ちゃん! 生おかわり!」


「こっちはハイボールね!」


 あちらこちらのテーブルから注文が飛んだ。僕は注文した人の顔を必死で覚え、響が作ってくれた酒をテーブルまで運んだ。


「伊藤くん、このハイボールは私が運ぶから奥のテーブル片付けて。それが済んだら、外で待ってるお客さん入れてあげて」


「分かりました!」


 僕が入ったその日は金曜日だった。昨日、店を覗いた時もほぼ満席だったが、今日は店の外にも待っている客がいた。


「響さん、外でお待ちのお客さん、お一人さんが先で、次にお二人さんなんです。お一人さんがテーブル使っちゃっても、いいんでしょうか?」


「んー……一度、相席お願い出来るか聞いてみて。出来そう?」


「分かりました、聞いてみます!」


 外で待っていた客は顔見知りでは無かったが、どちらも気持ちよく受け入れてくれた。客を店内に迎え入れる僕を見て、響は笑顔で親指を立ててくれた。



「大将、ガラ入れのお皿はこれでいいんでしょうか?」


 アサリの酒蒸しを運ぶ際、僕は大将に質問をした。


「えーと、ガラ入れはこっちの皿使ってくれる? ……ってか、ガラ入れが必要って、ちゃんと分かったんだな。大したもんだ」 


 僕は上機嫌で料理を運んだ。高校生の頃、父が持ち帰るおかずは居酒屋で用意して貰ったものばかりだった。知らず知らずの内に、居酒屋料理に精通していたのかもしれない。



 23時30分のラストオーダーを終え、24時になる頃、最後の客が店を出た。


「いやー、お疲れさん、お疲れさん。伊藤くん、よく動いてくれたなー。ビックリしたよ。な? 響」


「ホントホント。めちゃくちゃ助かりました」


 大将と響は手放しで褒めてくれた。少なくとも、お世辞で言っているような感じは受けない。


「いえいえ、そんな……ちゃんと指示を頂けたからです」


「そんなこと無い無い。自発的に色々と動いてくれてたよね、お父さん」


「うんうん。伊藤くん、居酒屋は家族とよく行ってたりしてたの? 料理にも詳しい感じしたけど」


「居酒屋に行ったのは数えるくらいしか無いです。でも、父が飲んだ帰りに、居酒屋の料理を持ち帰ってくれてたんです。多分、それのせいかと。あ、母は僕が小学生の頃、家を出てしまったので、夕食はいつもそんな感じでした」


「ああ、そうなのか……そんなこともあって詳しいんだな。まかないどうする? 上に住んでるなら、持って帰って食べた方がゆっくり出来るだろ? 適当に何か詰めようか?」


「あ、ありがとうございます! お店の片付けはどうすればいいですか?」


「片付けの事なら気にしないで。私とお父さんでやるから。慣れてきたら、伊藤くんにもお願いするから」


 僕は響の言葉に甘えて、今日は帰宅する事にした。


 大将が詰めてくれていたのは、鯛のあら炊きに、豚バラと大根の煮物、そしてポテトサラダだった。


 どの料理も飛び切り美味しかった。大げさではなく、僕が今まで食べてきたもののなかで、一番美味しかったかもしれない。

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