05_香奈の計画

 自宅に戻り、寝袋を枕にして天井を眺めていた。


 僕は犯罪に手を染めることを約束してしまった。もし、考える猶予を与えられていたら、断っていた可能性もあるのだろうか。今思えば、返事を急かされたのも作戦だったのかもしれない。だが、香奈の計画を聞いてしまった今、後戻りは出来ない。


 50万円が入った封筒には、香奈からのメッセージも入っていた。今一度、読み返してみる。


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・メッセージのやりとりは、マイナーなアプリを使う。(後で指示します)

・メッセージのやりとりは、平日の午前9時から午後5時まで。

・基本、私からメッセージを送る。

・私からの返事が途絶えた時はkanakana0202@goggle.mail.jpからのメールを待って。

・佑くんもフリーメールアドレスを作ること。それを上記のアドレスに送っておくこと。

・スマホを送付する際は、12時から14時指定で送ること。到着日は予めメールすること。

・普段はバイトするなりして、極力普通の生活を送ること。


 今の所、以上。

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 一見、問題無さそうな計画のように見える。本当に大丈夫だろうか。


 時計の針は14時を指そうとしていた。そろそろ色々と準備をしなければいけない。まずは、リサイクルショップで香奈のスマホを買い、昨日の携帯ショップに行く。早ければ今日にでも送付できるかもしれない。僕も要領が良いんだ、ってところを香奈にも見せておかなければ。


 高校生の頃から愛用しているスニーカーを履き、玄関を出た。日差しが眩しい。日に日に暖かくなってきているのが分かる。実家にある川沿いの桜は、そろそろ散り始める頃だろうか。


 マンション1階にある居酒屋の前を通ると、昨日までは無かった貼り紙に気がついた。


『アルバイト急募! 賄いあり! 居酒屋こだま』


 僕には魅力的な内容だった。時給が書かれていないのが気になるが、自宅近く、賄いありと、条件は最高だ。ただ、バイト未経験の僕を雇ってくれるかどうかは分からない。

 

 居酒屋は開店前だったので、とりあえずリサイクルショップへと向かった。そしてその足で、昨日の携帯ショップへと向かう。今回はスマホで予め必要なものを調べていたため、どの申し込みもスムーズに済んだ。

 早速、SIMカードを入れたスマホをコンビニから送る。送り主の箇所は、適当に埋めておいた。そうそう、香奈のフリーメールアドレスにもこの旨を伝えておかなければ。



 新居に必要な物を買い足し、マンションに戻った頃には19時を過ぎていた。居酒屋こだまの前を通ると、店内からガヤガヤと楽しそうな声が漏れている。


『アルバイト急募! 賄いあり! 居酒屋こだま』


 今一度、貼り紙を見た。どうしよう、今日声を掛けるべきだろうか。明日には、この貼り紙は無くなっているかもしれない。そうなった時の後悔は計り知れないだろう。何分か店の前で悩んだ後、意を決して店の引き戸を開けた。


「す、すみません……」


「いらっしゃい! お一人様ですか?」


 声を掛けてきたのは、僕と同じくらい……いや、少し年上だろうか。目の大きなショートカットの女性だった。


「い、いえ、玄関に貼ってあった貼り紙を見て、その……アルバイト募集の……」


「あー! ちょっと待ってくださいね。大将! アルバイト募集の方が来てくれてるけど!」


 店内に向かって大声で言う彼女のせいで、多くの客が僕の方を見た。


「おー! 可愛い子じゃん! 採用採用! 入って入って!」


 入り口近くにいた男性客が言うと、他の客から一斉に笑いが起こった。


としさん、勝手に決めるな! お姉ちゃんごめんね、今手一杯なんだよ! 夕方の……4時とか5時くらいにまた来て貰ったり出来るかな?」


 カウンターに入っていた恰幅の良い男性が言った。この人が、ここの代表者なんだろう。


「だ、大丈夫です! また、来ます!」


 そう言って頭を下げると、引き戸を閉めつつショートカットの女性が店外へ促してくれた。


「なんだかすみません、男性の方……ですよね? 多分、大将勘違いしちゃってるみたいで……」


「いえいえ全然平気です、よく間違われるので……アルバイトは女性の方が良かったんでしょうか?」


「そんな事ないですよ。大将は男女とか全く気にしてないと思います。正直、夜は忙しいけど、常連さんも良い人ばかりだし、楽しいお店だと思いますよ。じゃ、また後日来ていただく感じで大丈夫ですか? ……例えば、明日とか?」


「で、では、明日の4時にお伺いします。……と、お伝えください」


 彼女は「はい、お待ちしています」と笑顔で返してくれた。

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