04_本名

 涼香は信頼しあえるよう、個人情報を見せ合おうと提案した。


 涼香は運転免許証を出し、僕はマイナンバーカードを取り出した。僕のマイナンバーカードをスマホで撮影する涼香にならい、僕もWI-FIしか繋がらないスマホで彼女の免許証を撮影した。


 免許証を見た僕は驚いた。


 涼香という名前は本名では無かったからだ。本名は松本香奈かな。勝手に20代半ばと思っていたが、実際は32歳だった。


「ごめんね、偽名使ってて。答えがノーなら、この話し流れてたから。でも、これで私も嘘をつけない。これからは一心同体だからね」


 彼女は今までと変わらない表情でそう言った。


 そして旦那の情報も聞いた。名は松本秀利ひでとし、年齢は37歳。


「松本ホールディングスって知ってるよね? 彼の実家は、創業者一族なのよ。彼も一応、社長なんてやらせて貰ってるけど、小さな子会社でね。そんな小さな会社にも関わらず、彼はお飾り社長でしかないの」


 松本ホールディングスの名前は、高校を卒業したばかりの僕でも知っていた。地元が生んだ、数少ない大企業の一つだ。


 秀利は松本4兄弟の末っ子らしい。長男が父のポジションを引き継ぎ、次男は新たな事業を展開していく中、秀利のみは凡庸で見込みも無いという。また、事業には関わっていないが、2歳上の長女もいるそうだ。


「そうか……子会社とは言え、社長だから慰謝料が跳ね上がるんですね……」


「違うよ、佑くん。まず、佑くんとの浮気現場を押さえた私は、長男の秀正ひでまささんに相談するの。秀利さんが男の子と、しかも10代の子と浮気してるってね。私は別れますって言うの。でも、黙って別れはしないって。この怒りを静めるには、週刊誌にこの情報を売るかもしれないとか、そんな脅しも交えつつね。こんな事が明るみに出たら、松本ホールディングスに大きな傷が付くのは確実。結果、私を黙らせるために大きな額を用意すると睨んでる」


 涼香……いや、香奈は恐ろしい人だ。確かに、莫大な慰謝料を手に入れる事が出来そうな気がする。だが、これは立派な犯罪だろう。捕まってしまう可能性だって、十分にある。


「その……失敗しちゃうと捕まりますよね? これって」


「失敗? バレたらヤバいって事と言えば、こうやって佑くんと会ってる事くらいじゃない? 計画が始まったら、佑くんは佑くんで秀利に接近する。私は私で、探偵なんかに秀利と佑くんの事を調べさせる。だから、佑くんと会うのは今日が最後。次に連絡する時は、スマホでのやりとりになるかな」


「ぼ、僕はまだスマホの契約が済んでないです」


 僕がそう言うと、香奈はバッグから封筒を取り出した。


「ここに50万円入ってる。これでスマホを契約して。もちろん、月々の支払いもね。台数は二台、佑くんと私の」


「ご、50万円ですか……」


「実は佑くんに会った携帯ショップで、新たな回線を申し込もうか迷ってたの。こういったやりとりをするためのね。でも、私名義の契約は極力無い方がいい。だからちょうど良かったの。スマホが手に入ったら、免許証の住所に送って。送付人の箇所は、もちろん佑くんの名前を書いちゃダメよ」


 どうやって秀利に接近するのか、何かトラブルが起きたときはどうするのか、お金のやり取りはどうするのか、それは全てスマホが届いてからの連絡になると、香奈は言った。


「じゃ、今日はこのくらいで。って言うか、もう会うことは無いか。でも安心して、お金は必ず渡すから。……じゃ、佑くん。健闘を祈ってる」


 そう言うと、香奈は昨日のように伝票を取り上げ、先に店を出て行った。

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