第62話 何なの、この人💢

「葵、お待たせ」

 お父さんの声がして、振り向くと、お父さんは女性と一緒にいた。お父さんは男の子の手を引いている。

 何も聞かなくても、それがお父さんの再婚相手と、二人の間に生まれた子供だって分かった。


「こんにちはあ、葵さん。いつも哲太さんから話を聞いてますぅ。やっと会えたあ」

「あ、この人が千夏で、こっちが結弦。ホラ、結弦、お姉ちゃんだよ。こんにちはって」

「ゆずには、お姉ちゃんなんて、いないもん」

「そんなこと言わないの。ホラ、こんにちはーって」


 予想外の流れに戸惑いながらも、私は「結弦君、こんにちは」と、初対面の弟に挨拶した。ムリに笑顔をつくって。

 結弦君は私の顔を見ようともしないで、お父さんの陰に隠れる。そんなに怯えられても……。

 千夏と呼ばれた女性は、「この人」と言われたのにカチンと来てるみたい。顔が険しくなってる。お父さんは気づいてないけど。


「ごめんな、急に。こいつが、どうしても葵に会いたいって言うから、急に連れて来ちゃって」と、お父さんがすまなそうな顔で言う。

 千夏さんは、また「こいつ」っていうワードにピクリと反応した。お父さん、地雷を踏みまくってるよ。知らんけど。

「今日は二人が一緒でもいいか? ごめんな、急に」

「う、うん、いいけど」

「ごめんなさいね、突然会いに来て。でも、やっと会えて嬉しい」と千夏さんは不自然なぐらいにニコニコしている。


 この奥さん、ずっと私には会いたくなさそうだったよね? それどころか、お父さんが結弦君を私に会わそうとしたのも猛反対したんだよね? それに、私の生活費を削れって言ってきたのはこの人だよね? 何だろ、急に。怪しい。


 前、お父さんがブランドものばっか欲しがって困るって言ってたけど。千夏さんが今持ってるバッグはヴィトン、ネックレスはティファニーなのは、ブランドに疎い私でも分かる。

 お父さんはチェック柄のシャツにチノパンっていうラフな格好をしてるけど、千夏さんは高そうなピンクのワンピースを着てる。きっとブランドものなんだろうな。なんか、年齢と全然合ってない気がするけど。ってか、大宮のカフェに着て来る服じゃないんじゃないのって気がする。


 丸いテーブルに4人で座る。千夏さんが隣に座って、私との距離を詰めて来る。

「葵さんの作品、ほんっと素敵。あの小説の表紙に使われた作品、すごい丁寧に作ってるでしょ? ほんっと器用だなあって、見とれちゃった。あれ、作るのにどれぐらいかかったの?」

「え、えーと、3か月か4カ月ぐらいかな……」

「そうなんだあ。大学に通いながら作るの、大変でしょ?」

「はい、まあ」

 結弦君はミニカーをテーブルに走らせて、お父さんは「帰りにおもちゃ屋さんに寄って、ミニカー買ってくか?」とか、目尻を下げまくっている。


 えーと。何なんだろ、この構図。

 ホントは、お父さんとランチを食べようと思ってたんだけど、なんか、そんな気がなくなった。お父さんたちはランチセットを頼んだけど、私はタピオカティーだけ頼んだ。飲み終わったら、ここから出よう。


「えーと、結弦君、何歳だっけ?」

 一応、お決まりのことを聞いてみる。

 結弦君は変わらず、こちらを見ようともしない。私、空気な感じ?

「2歳になったんだよなあ。ホラ、2歳って、どうやるんだっけ?」

 お父さんがピースサインをつくってるけど、結弦君は無反応。よっぽど、私がいるのがイヤなんだな。。。

「すまん、結弦は人見知りが激しくて」

「ううん」


「それで、葵さんにお願いがあるんだけど」

 千夏さんの目がギラギラしている。あ、なんか、ヤな予感。こういう時って、イヤな頼みごとされることが多い気がする。

「私のママ友に葵さんのことを話したのね。ミニチュアを作って、小説の表紙にも使われてるって言ったら、その人、あの小説の大ファンだったの! 表紙が素敵だから買ったんだって。それで、ミニチュアの実物を見てみたいって言ってて」

「はあ」

 ハンドメイドショーは終わったばっかだし。うちに見に来てもらうわけにもいかないし。


「次の展示会は決まってないので……」

「そういうんじゃなくて。その人の誕生日プレゼントに、同じミニチュアハウスを作って欲しいの!」

「へ?」

「来月の誕生日までに、作ってもらえる?」

「は? え、それは、ちょっと」

「いくらなんでも、それは強引じゃないか? 葵だって、自分の仕事があるわけだし」

 お父さんが軽くたしなめても、千夏さんは全然気にしない。


「大丈夫よ、そんなに大きくなくていいから。図書館がムリなら、その人の家のミニチュアでもいいし」

 大丈夫って、何が? 

 家のミニチュア「でも」いいって……。どこからツッコんだらいいのか分からないぐらいに、ツッコミどころ満載の発言ばっかしてるけど。

「見て、これ、その人の家の写真なんだけど。素敵でしょ?」

 スマホの画像を強引に見せてくるけど、私は見る気になれない。手で遮った。

「ごめんなさい、来月までに仕上げなきゃいけない作品もあるし、ムリです」

「そこを何とか。家族のよしみで、ね?」


 はあ? 家族??? 今日初めて会ったのに家族? はああ??

「いえ、できません」

 純子さんから、困った相手には遠回しじゃなく、きっぱりと断ったほうがいいって言われたことがある。

 だけど、千夏さんは「えー、そんな難しく考えなくていいから。多少おおざっぱに作ってても、きっと分からないだろうし」と引かない。

 多少おおざっぱって。何それ。プロに対して失礼な頼み方だし、あげる人にも失礼じゃん。なんなの、この人。

 私はそれ以上話す気になれず、運ばれてきたタピオカティーを飲んだ。


「ホラ、葵はムリって言ってるんだから」

「そっちの仕事のほうを待ってもらえばいいんじゃない? こっちを優先してもらって」

「ムリですっ」

 強く突っぱねると、千夏さんはムッとした。

「だって、会社のミニチュアは作ったんでしょ?」

「あれは仕事として依頼されたし、時間のあった時だし」

「ねえ、お願い! ママ友には、作ってもらえるって、もう言っちゃったんだ」


 私とお父さんは固まる。

「え? 何? 葵に確認する前に、作れるって言っちゃったの?」

「んー、話の流れ的にそうなっちゃったって言うかあ」

「そ、そんなの困ります」

「今回だけでいいから。作ってくれたら、食事をおごるから。ね?」

 ん? 食事をおごるって、どういうこと?

「あの、予算はいくらぐらいで考えてるんですか?」

「は? 予算?」

 千夏さんはポカンとした顔をしている。


「ミニチュアハウスを作るなら、3万円からになります。あ、一部屋作る場合、3万円って意味です」

「は? 3万円って、そんなにかかるの?」

「はい、材料費もあるし、制作費もあるし。急ぎで仕上げる場合、3万円プラスになります」

「はあ? 全部で6万円!? あんな小さな家で?」

「家って言うか、一部屋だけの場合です。一軒家を作るなら、10万円からになります」

 千夏さんは絶句してる。


 ランチセットが運ばれてきて、お父さんは結弦君に「ホーラ、コンポタだよ」と飲ませてあげる。

「友達のプレゼントに6万円も払えるのかー? 高くないかあ? オレは出さないぞー」

 千夏さんじゃなく、結弦君に向かって話しかけてる。


「そんなに払えるわけないじゃない! じゃ、じゃあ、分かった。1万円でお願いできる?」

「いえ、ムリですよ」

「それじゃ困るの! だって、もう約束しちゃったんだから! その人、ボスママなの。その人に嫌われたら、児童館じゃやっていけないんだから!」

 そんなのあなたの事情でしょ? 知らんがな。


「ごちそうさまでした。私、用があるから、これで」

 立ち上がろうとした時、

「あなたには拒む権利なんかないでしょ?」

 と千夏さんは顔を真っ赤にして睨む。

「だって、あなたは毎月お金をもらってたじゃない。そのお金があれば、うちはもっと余裕を持って暮らせてたのに。あなたに毎月お金を払ってたせいで、うちの暮らしは厳しかったんだから。あなたには拒む権利なんかないでしょ」

 私とお父さんは、思わず顔を見合わせた。


「え、お前、それって養育費だろ? それはオレが払うのは当たり前で」

「だって、この人、自分で儲けてるんでしょ? ワークショップとか開いて、お金に困ってないんでしょ?」

「え、お金に困ってないわけでは」

「とにかく、うちを我慢させた分、償う必要があるでしょってこと」

「いや、だって、うちの暮らし、別にそれほど苦しくなかっただろ? お前、ブランド物ばっか買ってたし、ママ友とランチにも行ってたじゃないか」

「それは、たまにでしょ? ランチも月に1回ぐらいしか行ってないじゃない!」


 千夏さんの声がどんどん大きくなり、周りのお客さんが「なんだ、なんだ」って感じでこっちを見てる。結弦君も怯えた目で千夏さんを見ている感じ。

「お前な、葵だってプロなんだから。プロにはプロの頼み方が」

「じゃあ、今まで援助した分、お金を返してください。それなら許すから」

 いやいやいや、許すって、そもそもあなたのお金じゃ

「許すも何も、オレのお金じゃないか! どうしちゃったの? なんか、お前、最近おかしいよ?」

「お前お前って言わないでよっ。人を上から目線で見ないでっ」

「いや、そんなつもりは」


「あの、お客様、もう少し声を落としていただけますか?」

 困り果てた様子の店員さんにたしなめられて、やっと千夏さんは我に返ったみたい。

「私、帰っていい?」

「あ、ああ」

「ちょっと、話はまだ」

「ムリです。引き受けられません」

 タピオカティーのお金をテーブルに置く。


「そんなこと言うなら、二度と結弦に会わせないからっ」

 千夏さんは血走った目で私を睨む。

「いいですよ。だって、今までだって会ったことないし。急に弟って言われても、ピンとこないし」

 千夏さんはグッと詰まる。

「遺産もあなたには渡さないからっ」

「遺産って、お前、何言ってるんだよ」

「だあかあらあ、お前って言わないでってば!」

 私は付き合いきれなくなって、店を出た。


 なんなの? なんでお父さん、あんな人と結婚したの? そりゃ、お母さんだって、結構ひどかったけど。周りを振り回す系だったけど。そういうのに凝りて、今の奥さんを選んだんじゃないの? 

 なんか、お互いに全然、愛情を持ってない感じ。もしかして、家でもしょっちゅうケンカしてるとか? 

 結局、今度も家庭はうまくいってないってことかな。まあ、お父さんの選んだ人生だから、いいけど。

 はあ。うちに帰って、心に話そう。そうすれば、イヤ~な気分も薄まるはず。

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