第61話 思わぬ再会

 南沢さんの次の作品について、担当の編集者さんから連絡が来た。

 前回の本は図書館を舞台にした作品で、私のミニチュアと小説の世界観がうまくマッチしたことは、私でも分かる。

 今回の作品は、高校のブラスバンド部を舞台にした作品なんだって。

 うーん。そうかあ。ブラスバンド部。楽器をミニチュアで作るだけだと、ありきたりすぎる。どうしようかな。

 今、小説を書き上げたところで、3か月後に出版する予定になっているみたい。大きな作品にする必要はないけど、あんまり時間がないな……。

 前回はすでに出来上がっている作品を使ってもらったから、何もプレッシャーはかからなかったけど、今回は締め切りがある。それも、たぶん、遅れたら許されない締め切り。あー、なんか緊張してきたあ。アイデア思いつくかな。



 7月の初め、横浜で開かれるハンドメイドショーに出展することになった。

 主催している団体に、「今、話題になってる『夕暮れの図書室』を展示させてほしい」って頼まれたんだ。しかも、お金ももらえる。なんか、ホントにプロになったみたい。

 ショーのチラシに、私の「夕暮れの図書室」の写真が大きく使われることになって、なんか、すごいことになったなあ。純子さんと信彦さんも大喜びで、「協会のSNSでも宣伝しなきゃ」と盛り上がってくれている。


 ショーの当日、私は会場になってる百貨店に足を運んだ。

 会場のセンターに、他のミニチュア作家さんの作品と一緒に私の作品が飾られていて、結構な人だかりができている。ガラスケースの中に飾られている自分の作品を見ていると、なんだかすごい作家さんの作品っぽく見える。不思議。

 スマホで何枚も撮影している人も多くて。そんなに気に入ってもらえたなんて、嬉しい、嬉しい。

 感激で震えていた時。


「葵ちゃん、すごいね」

 ふいに、隣に立った男性に声をかけられた。

 この声、聞き覚えがある。

 顔を上げると、そこに立っていたのは――圭さんだった。

「えっ、けけ圭さん!?」

「久しぶりぃ。元気そうだね」

 眼鏡をかけてるから、一瞬分からなかった。

 相変わらず甘い声で話しかけてくれるけど……なんか、髪は白髪が目立つし、なんか、なんか、老けた気がする。目元に皺ができてるし。

 それに、なんか、お酒臭い?


「今日は葵ちゃんの作品が展示されるって聞いて、来てみたんだ。会えてよかった~」

「そ、そうですね、わた、私も」

「僕、こういうイベントに来るのって久しぶりだな」

「あ、他の作家さんに挨拶しましたか? いつものメンバーが出店してて」

「あー、他の人はいいや。元々、そんなに仲良くなかったし」

「あ、そうなんですね」

「葵ちゃん、時間あるなら、ちょっとお茶しない? 久しぶりだから、いっぱい話したいことがあるんだ」

「あ、えーと、ハイ」

 圭さんは人込みに背を向けて歩き出す。私は慌てて後を追った。


「葵ちゃん、大活躍だね。南沢愛の本の表紙に使われるなんて、すごくない?」

「あ、ハイ、ありがとうございます」

「夕暮れの図書室、いい作品だよね。見てるだけでジーンと来るって言うか。さすが、葵ちゃんはああいう切ない情景を描くのがうまいから」

「そそそんな、そんな」

 圭さんにいっぱい話したいことがあった気がするけど、いきなりの展開で、全部ふっとんじゃった。


 フロアの隅にある喫茶店に入り、圭さんはアイスコーヒーを、私はアイスティーを頼んだ。

 向かい合って座るなんて、緊張する……と思ったけど。なんか、圭さんの着てるサマーセーター、襟まわりが伸びて、袖口がすりきれてるみたいだけど、あんなにオシャレだった圭さんが、そんなに古い服を着るはずないよね。まさかね。って、変なところばかりに目が行く。


「ごめんね。あの時は連絡もらっても、何も返事しないで。もうあちこちから非難が殺到してさ、心が折れちゃったんだよね。何か月も家から出られなかったし。もうさ、怖くて怖くて。マスコミも怖いし、ネットで自宅が特定されちゃって、変な人たちがいっぱい来て。結局、引っ越すしかなくて」

「そ、そうだったんですね」

「仕事はぜーんぶなくなっちゃった。ワークショップも全部キャンセルになったし。ま、自業自得なんだけど」

「そんな、そんなこと」

「葵ちゃんにちゃんと謝らなきゃって思いながら、ずっとできてなくて。ホントにごめんね」

「そんな、私に謝ることなんて」


「だって、僕の代理で講師をやってもらったし、ワークショップの助手の仕事もなくなっちゃったし。巻き込んじゃって、ホントに申し訳ない」

 テーブルに頭が付きそうなぐらいに、深々と頭を下げる。

「いえ、そんな、ホントに、そんな」

 アイスコーヒーとアイスティーが運ばれてきた。

「葵ちゃん、今、大学生だっけ?」

「ハイ、4年生です」

「そっか、もう4年生かあ。最後に会ったのは、大学に入ったばかりのころだったよね。もう3年ぐらい過ぎたんだ。あっという間だね」


 それから、大学生活はどうか、就活はどうするのかとか、色々聞かれた。

 私もいろんなことを聞きたいけど。今までどうしてたのか、聞いていいのか分からない。

「そういえば、佐倉さんはどうしてるんですか?」

「佐倉さん? ああ、最近全然連絡取ってないから、どうしてるのか分からないな」

「じゃあ、事務的なことは圭さんが?」

「うん。だって、今は人に事務を任せるほど、仕事がないからね」

 しまった。地雷踏んじゃった……。


「そ、そういえば、私、写真集を出すことになったんです」

 一瞬。圭さんの表情が強張った気がした。でも、すぐに笑顔になって。

「そうなんだ。よかったね、おめでとう! もう立派なミニチュア作家だね。どんな写真集なの?」

「あ、光と影をテーマにしようってことは決まってて。これから1年か2年ぐらいかけて写真集に載せる作品を作っていこうってことになって」

「そうなんだあ。葵ちゃんにピッタリなテーマだね。じゃ、これから大忙しだね」

 圭さんはアイスコーヒーの氷をストローでつついてる。


「じゃあ、こんなこと、葵ちゃんには頼めないかな」

「え?」

「僕、またミニチュアを作りはじめたんだ」

「あ、そういえば、去年のミニチュアショーで出品してましたよね」

「ああ、あれね。全然売れなかったけど」

 圭さんらしくないミニチュアハウス。あれだと売れないだろうな……。

「あれは久しぶりに、試しに出してみただけなんだけど。めげずに、今年からいろんな展示会に出すつもりなんだ」

「そうなんですね、よかった~。また圭さんのミニチュアを見られるなんて、嬉しいです!」


「それで、葵ちゃんに色々助けて欲しいんだ」

「えっ、助けるって?」

「しばらく作ってなかったから、どうも腕が鈍っちゃって。まだ前の僕には戻ってないんだよね。だから、作るのを手伝ってほしいんだ」


 私はすぐには「いいですよ」とも「できません」とも言えなかった。

 南沢さんの本の作品を作らなきゃいけないし、写真集の作品のアイデアも考えないといけない。圭さんのお手伝いをしている場合じゃない気がする。どうしよう。

 私が躊躇っていることに、圭さんはすぐに気づいた。


「あ、ごめん。やっぱ無理かな。葵ちゃんはもう売れっ子みたいだし」

「そそそんなこと」

「今の話は忘れて」

 そう言った圭さんの表情が、やけに寂しそうで。私は思わず、「二週間に一度ぐらいでいいなら……」と言ってしまった。

「ホントに? ありがとう」

 圭さんはパアッと顔を輝かせる。


「もちろん、バイト代は払うからね」

「そんな、そんな、お金は、いいですよ。圭さんにはたくさんお世話になったし」

「そういうわけにはいかないよ。葵ちゃんはもう、れっきとしたプロのミニチュア作家なんだから。これはプロの葵ちゃんへのお願いでもあるし」

「えーと……」

「じゃ、さっそくなんだけど、来週、時間ある? 僕の制作部屋に来てもらってもいいかな?」


 圭さんの仕事部屋の住所を聞いて、その日は別れた。

 この間、心と圭さんの話をしたばっかなのに。噂をすればなんとやらってやつ?

 去っていく圭さんは、以前のようなオーラはなかった。背中を丸めて、ジーパンのポケットに手を入れて、とぼとぼ歩いている感じ。

 いくらメガネをかけてるからと言って、誰も圭さんに気づかないなんて……。前は、会場の近くを歩いてるだけで、ファンの人が気づいてたのに。すれ違っても、誰も振り向こうとしない。

 なんか、圭さんの時代が終わったみたいで、切ない。。。

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