第60話  大切な秘密

 大学4年になったけど、ありがたいことに、就活をする必要もないぐらいに、ミニチュアの仕事で忙しい。何とか卒業だけはしようと、講義には出てるけど。

 心は、卒業したら料理人の道に進むって言ってる。調理師学校に通うつもりだけど、奨学金で通えるところがないか、今探しているところ。

「もし、将来自分のお店を持てたら、葵のミニチュアを飾りたいな」

 そんな嬉しいことを言ってくれる。

「もちろん! 心のお店だったら、どんなに忙しくても最優先でミニチュアを作るよ」


 最近、二人とも休みの日は、心のミニチュアを一緒に作っている。

 キッチンとリビングに分かれているアパートの一室。リビングから完成させようということになって、畳を貼って、押し入れのふすまを作り、コタツやテレビ、タンスとカラーボックスを作るところまで行った。窓の外には物干しざおもつけて、洗濯物を作って干す予定。


「今日はおもちゃ作りでいいかな?」

「うん。にしても、あの時代の魔法のコンパクトの画像なんて、よく見つけられたね」

「まあね。今はネットで検索すれば何でも出て来るから」

「たまごっちとか、懐かし~。うちは貧乏だからスーファミとかは買えなかったんだけど、唯一これは買ってもらえて。一生懸命育てたなあ」

「私はシルバニアファミリーを買ってもらったよ」

「うちはどんなに頼んでもダメだった。うちは狭くて、場所を取るからダメだって」

「おもちゃは樹脂粘土で作ろうと思う。たまごっちはたまご型にして、プラ板を小さく切って貼ればいいから、簡単かも。小さくて作りづらいけど」

「ほ~い」


 心は慣れた手つきで樹脂粘土を丸めて、「もっと小さいほうがいいかな~」と言いながら形をつくっている。

「にしても、こんな狭い部屋で、二人でよく暮らせてたなあって思うよ。子供だったから気にならなかったのかもしれないけど」

「寝る時はどうしてたの?」

「コタツを隅によけて布団を敷いてた。学校の宿題はキッチンのテーブルでしてた気がする」

「そうなんだ」

「コタツって、よけてもしばらくは畳が温かいんだよね。お母さん、いつも僕を温かいところに寝かせてくれた」

「そうなんだ。心のお母さんって、ホント、優しいよね。いつも話聞いててそう思う」

「うん。優しかった」

 心は誇らしげな顔になる。


 今まで、心の生い立ちはそんなに聞いてこなかった。なんか、どれぐらい踏み込んでいいのか分からなかったし。

 ミニチュアを作りながら、心はいろんなことを話してくれる。赤ちゃんの時からここに住んでたとか、隣に親切なおじさんが住んでたとか。学校ではいじめられてたってことも。

「学校の帰りにお母さんが働いてるスーパーによく行ってたんだ。帰りは手を繋いで帰るのが嬉しくて」なんて、うっすらと涙を浮かべながら語ってくれたこともあった。

 箱庭と同じで、ミニチュアを作っていると、心に浮かんだことを話したくなるみたい。


「あのさ、葵はさ」

「うん」

「何で僕が僕って言うのか、聞いたことないよね」

「えっ。うん、それは、聞いていいのかどうか分からなくて」

「純子さんと信彦さんからも聞かれたことないけど。普通に受け止めてくれて、嬉しかった。いつも、真っ先に聞かれるのがそこだから」

「そうなんだ」


「あのさ、僕」

 心は一瞬、言おうかどうか迷ったみたい。けど。

「女の子が好きなんだ」

「私も好き~。アイドルの茉莉ちゃんとか、かわいいよね。同性でも可愛いって思う子いるよね」

「そういうんじゃなくて、ガチで好きなんだ」

「うん」

「恋愛対象として」


 私は一瞬、どうやって動揺を悟られないようにしようかと思った。

 えっ。女の子が好きって、それって、それって。

 心は瞬時に悟ったみたい。

「あ、大丈夫。僕が好きなのはスタイルがボンキュッボーンな子だから。グラビアアイドルになりそうな子っていうか」

「そそそうなんだ」

 そりゃ、私は内容が乏しいけれど。それはそれで、女の子としてもの足りないよって言われてるようで、複雑な気分。。。


「それを知っている人って」

「施設にいた時に、好きになった先輩に告って拒否られてから、誰にも言ってないな。お母さんがいた時は、まだ分からなかったんだよね。アニメで男の子っぽいキャラの女の子に憧れてて、『僕』って使うようになったんだけど。それがハマってるって友達に言われて、それでずっと僕って言ってるんだ」

「そうなんだ」


 心は今、大事なことを打ち明けてくれている。

 私は手を止めて心を見た。心は魔法のコンパクトを真剣に作っている。

 私は何げない感じを装って聞いてみた。


「今は、好きな人は?」

「いるよ」

「そうなんだ」

「でも、片思い。その子はノーマルだから、僕を振り向いてくれることはないだろうし」

「そうなんだ……切ないね」

「まあね。でも、そんなのしょっちゅう。僕みたいに女子が好きな女子には、まだ出会ってないんだ。ネットでそういうコミュニティもあるけど、参加したいとまでは思えないし」

「そっかあ。いつか出会えるといいね。心のことを好きな女の人に」

「うん。社会に出たら、出会うチャンスがあるかもって思ってる」

「そうかあ」


 それ以上、どう話を広げたらいいか分からなくて、私は樹脂粘土でレゴブロックを作った。

「葵は、今まで付き合った人、いるの?」

「いないいないいない、いないいないよお」

「そんなに激しく否定しなくても」

「高校からずっと女子高だし、中学は全然、男子とは話さなかったし……ってか、女子の友達も、あんまいなかったっていうか。一人でいることが多くて……」

「うん、なんか、ごめん。でも、ミニチュアの男の人のこと、よく話してるよね。ワークショップの助手やってたって」


「ああ、圭さんね。圭さんはテレビにも出てたぐらいで、イケメンだったから、すんごいモテたんだよ。ミニチュアの展示会では、いっつも女の子のファンが大勢押しかけて。ワークショップも争奪戦だったんだから」

「ふうん。なんで、葵は助手やることになったの?」

「展示会で圭さんのショップでミニチュア見てたら、学生向けのコンテストを教えてくれて。それで、圭さんのワークショップにも参加したら、なんか、同じテーブルの人への教え方が上手だからって、助手をやってみないかって誘われて。なんで、私なんかを誘ってくれたのかは謎なんだけどね」

「へえ、そうなんだ」


「圭さん、もう全然会ってない。今頃、どうしてるんだろ」

「葵は、その人のこと、好きだったの?」

「うーん、好きって言うか、憧れかな? 私から見ると雲の上の存在の人で、振り向いてもらえないって分かってたし。そうそう、グラビアアイドルとつきあってたしね」

「ふうん。じゃあ、うちら、二人とも恋愛経験ゼロなんだ」

「そうだね……ミニチュアの世界って、男の作家さんはたいていおじさんだし。出会いはないからなあ」

 心と恋バナをするなんて、初めてだ。なんか、修学旅行の夜みたいで、楽しい。こういう時間っていいな♪

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