第52話  本当の姿

「うっわ~、これはすごいな」

 私は目の前に広がる光景に、ただただ圧倒されていた。

 私の前には、ゴミに飲み込まれるように建っている家がある。門の表札には「海老原」って書いてある。

「これって、ゴミ屋敷だよね」

「そうだね」

 一緒に来てくれた心と共に、しばらく無言で見つめていた。

 今までテレビで見たことはあるけど、本物の迫力と言ったら。。。


 その家は、外壁が黒ずんでいて、見るからに手入れしてない家という感じだ。屋根には青いビニールがかけてある。屋根瓦が落ちているのかも?

 柵越しに見える庭には錆びついた三輪車や子供用の自転車、ベビーベッド、ベビーバスとか、タンスや古くなった家電が散乱してる。門から玄関までには、段ボールが山積みになっていて、その上にゴミ袋が積まれている。ゴミ袋からゴミがはみ出して、変な液体が出てる……。

 匂いもひどくて、思わずミニタオルで鼻を覆った。心もマスクを取り出してつけている。

 あのおじいさんは、こんなところに一人で住んでたの?


「ここに何の用?」

 ふいに背後から話しかけられて、振り向くとおじさんが腕組みをして私たちを睨んでる。

「あなたたち、この家のお孫さんか何か?」

「いいいえ、たまたま通りかかって、すごい家だなって」

「この家、動画でも公開されてるから、それ見て来たんじゃないの?」

「いえ、そういうわけじゃ」

 おじさんは大げさにため息をつく。


「すごいでしょ、この家。ここに住んでたおじいさんは老人ホームに入っちゃったみたいだけどさ。家族に連絡を取って、ゴミを片付けてくれって言っても、ずっとほったらかしなんだよ。元々はここまでひどくなかったんだけど、おじいさんがいなくなってから、ここにゴミを持って来て捨てていく人が後を絶たなくてね。粗大ごみとか、生ゴミまで捨ててく人がいるから、ホント、ヤになるよ。門の前に捨ててあるゴミは、うちらで捨ててるんだけど、おじいさんの持ち物には手を出せないし。行政にも何とかしてくれって言ってるんだけどさ」


「そ、そそそうなんですか。い、いつから」

「まあ、5年ぐらいでこうなったかな。奥さんが亡くなってからだよ。息子さんたちも全然帰ってこないみたいだしさ。早く何とかしてくれないと、うちの資産価値まで下がるから、ホント、いい迷惑なんだよ」

「た、大変ですね」

「ホント、大変なんだよ! あなたたちはゴミを捨てに来たわけじゃみたいだから、ここまで話すけどさ」

 ああ、それでうちらは警戒されてたのか……。


「ま、あんま近づかないほうがいいよ。何が捨てられてるのか、分からないし」

 おじさんは最後に警告してから去っていった。3軒先の家に住んでる人だった。

 心はおじさんが家に入ったのを見計らって、門を開けて中に入る。

「中に入って大丈夫? かな?」

「でも、どうなってるのか知りたいんでしょ?」

「そうだけど、危なくない?」

「大丈夫。軍手とゴーグル持って来たから」

「すごい。用意周到」

「葵はそこにいて、見張ってて。僕が中の様子も写真に撮って来るから。何かあったらスマホで知らせて」

 心は転ばないように慎重にゴミをかきわけながら、玄関に向かっていった。


 私はこういう時、心に頼りっぱなしだ。今日も一人で行こうとしたら、わざわざバイトを休んでついてきてくれた。

「何が起きるか分からないから、一人じゃ危ないよ」って言ってくれて。

 心を待っている間、庭や玄関をあらゆるアングルから写真を撮る。

 どうして、こんなにゴミを溜めこんじゃうのかな。ってか、本人にとってはゴミじゃないんだろうな。

 そうだよね。きっと、この一つ一つに意味があって、想いがあって。

 私は、それを表現しきれてなかったんだ。

 そりゃあ、おじいさんは「これはオレの家じゃない」って怒るよね。

 


 その日は施設のスタッフさんにお願いして、美由紀さんに相談したいことがあると伝えてもらっていた。

 海老原さんの部屋に案内してもらうと、美由紀さんがベッドの横に硬い表情で座っていた。おじいさんは目を開けてベッドに横たわっている。

「こんにちは」

 挨拶すると、美由紀さんは立って頭を下げた。

「あの、6万円はもう少し待っていただきたいんですけど……」

「あ、その話は置いといて。まず、お借りしていた写真をお返しします」

「ああ、なんだ、それぐらいスタッフさんに預けてくれたらよかったのに」

「それだけじゃなくて。見ていただきたいものがあるんです」

 私は紙袋から箱を取り出した。箱から、ミニチュアハウスを慎重に取り出す。

「これ、作り直してみたんです」

「えっ、これ」


 おじいさんは最初、面倒そうに見ていたけど、すぐに顔色が変わった。ミニチュアから目を離さないまま、身体を起こす。

 屋根には青いビニールがかけられていて、庭や玄関には家に入れないほどゴミが散乱している。家の中も束ねた本があちこちに積み重ねてあって、ゴミ袋がそこかしこに置いてあって。洋服ダンスからは服がはみ出していて、押し入れやクローゼットからもモノがあふれていた。

 そう、私はゴミ屋敷を再現したんだ。


「これはオレの家じゃないって言葉が気になって、実際に現地に行ってみたんです」

「え、住所はどうやって」

「あ、あの、大体の地域は伺ってたし、写真に写ってた電柱に住所が表示してあって。それで、現地に行って写真の家を探して」

「ああ~、なるほど……」

「すみません、勝手に探してしまって」

 美由紀さんはあきらかに不満そうだ。確かに、あんな家を見られたくないだろうな。


「これ、お前が子供のころに乗ってた自転車だ」

 おじいさんは庭にある自転車を指した。

「えっ?」

「この三輪車は、お前と勝志が乗ってたやつだ。このタンスは、お前が小学校の時に使ってたタンス」

「えっ、えっ、どういうこと?」

「あいつが、捨てられない性格だったんだ。だから、物置に詰め込んでて」

「あいつって、お母さんのこと? 確かに、うちの物置はいっぱい詰まってたけど。こんなのもあったっけ?」


「いや、うちに置ききれないのは実家に置いてもらってたんだ。昔は貸倉庫なんてなかったから。オレが、こんなに家に置いとけない、捨てなさいって怒ったら、あいつの実家は田舎にあって土地が広かったから、そっちに送ることになって」

 あ、もしかして、写真ではモノが少なくてスッキリした家だったのは、実家に送ってたからだったのかな?

「おばあちゃん家は何回か行ったことがあるけど。全然記憶ない」

「遠いから、お前たちが小さいころしか行かなかったからな。それで、あいつが亡くなってしばらくして、向こうもおばあちゃんが亡くなったんだ。それで、あいつの兄弟から連絡があって、荷物を処分してほしいって言われて。5、6年ぐらい前かな、行ってきたんだよ。全部捨てようかと思ったんだけど、あいつが大切に取っといたものだって思うと、捨てられなくて……。全部引き取ることにしたんだ」


「そんなの初耳。なんで相談してくれなかったの?」

「何言ってんだ。オレが電話しても、迷惑そうに出て、すぐ切るくせに」

「それは……まあ、そうだったかもしれないけど。待って。じゃあ、家の中にあるゴミも、もしかして」

「そう。お前らの子供のころのものばっかだよ。さすがに下着は捨ててたけど、七五三の着物とか、ピアノの発表会の時のドレスとか靴とか。普段着も取ってあったよ。ランドセルとか中学の時の学生カバンとか制服とか。後、教科書も小学校一年から全部取ってあった。ドリルとか自由帳とかも。野球のバットとかグローブとか」

「ホントに!? それを全部引き取ったの?」

 父親はうなずく。


「どっかから持って来たゴミかと思った。それじゃ、荷物でいっぱいになるのは当たり前じゃない」

「ホントは、ゆっくりと選別して、捨てられるものは捨てようとしたんだ。でも、ぎっくり腰をやっちまって、あんまり歩けなくなっちまって。段々ゴミ出しができなくなって」

「言ってくれればよかったのに」

「だから、手伝いに来て欲しいって言ったじゃないか。でも、お前は萌の受験でそれどころじゃないって」

「それは、まあ……でも、お兄ちゃんもいるわけだし」

「あいつにそんなことを頼んでも、やってくれるわけないだろ?」

「まあ、確かに」

「ま、そんな薄情な子供に育てちまったのは、オレなんだけどな」

 

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