第33話 さよならの家

 翌日、私は泣きはらした目で学校に行った。

 おばあちゃんは「今日は休めば?」と言ってくれたけど、めちゃくちゃになったミニチュアハウスを見るのがツラい。お母さんと一緒の空間にいるのも、ツラい。

 真っ赤な目の私を見て、優も明日花ちゃんたちも「どうしたの?」とすぐに気づいてくれた。 

「ミニチュアハウス、壊されちゃって」

 その一言を言っただけで涙がこみあげて来る。

「壊されたって、どういうこと?」

「お母さんが……」

 涙に詰まりながら昨日の出来事を話すと、みんなしばらく言葉を失っていた。

「……ひどいね、お母さん」

「ねえ。いくら酔っててもねえ」

「うん。でも、私もお母さんに『あんたなんか死んじゃえ』って、デザインカッターを投げた」

「えっ、そ、それは激しいね。葵ちゃんがそんなに怒るなんて珍しい」

「そりゃ怒るでしょ。そんなひどいことされたら」


「葵、作り直そう。私、手伝うから」と優はキッパリと言った。

「ううん、もう無理。間に合わないよ」

 私は力なく机に突っ伏す。

「でも、まだ5日あるんでしょ? 頑張ればなんとかなるかもよ? やれるだけやってみようよ」

「葵ちゃん、私も手伝えることがあるなら手伝うよ」

 明日花ちゃんたちも言ってくれるけれど、「ううん、いいよ、もう」と弱々しく否定するしかない。

 からっぽ。もう、私の体も心も空っぽだ。

「一から作り直すのは、さすがに間に合わないし。中途半端な作品を出すぐらいなら、出さないほうがいいから」

「そうなの?」

「優、せっかく手伝ってくれたのに、ごめんね」

「葵が謝ることじゃないでしょ。葵は何も悪くないんだから」

「全部めちゃくちゃになっちゃった……」

 涙が机を濡らす。

 優も明日花ちゃんも、それ以上何も言わず、黙って私を見下ろしていた。



 その日一日、どうやって過ごしたのか覚えてない。

 授業なんて全然頭に入らない。体育の授業もあったけど、見学した。

 お昼もお弁当は食べられなかった。

 魂が抜けたように机に突っ伏している私を、優や明日花ちゃんは何度も頭をなでてくれた。その優しさに、また涙が出る。

 いつか、立ち直れる時が来るのかな。

 そうだ。望月さんに連絡したほうがいいのかな。

 作ってたんですけど、出せませんでした、とか。

 事情を聴かれたらどうしよう。こんなこと、話せないよ。



「ただいま」

  家に帰っても、いつも通り、誰も何も答えない。

 おばあちゃんはまだお仕事だし、お母さんは部屋に籠ってるんだろう。

 リビングのテーブルには、まだ壊れたミニチュアハウスが置かれている。

 ずっとここに置いておくのも、目に入るたびにつらくなる。クローゼットにしまおう。

 そう思ってテーブルに近づいた私は、ふと、ミニチュアに何か変化が起きていることに気づいた。

 庭にベッドが置いてある。昨日、真っ二つに折れてしまったんだけど、つながっている。どういうこと?

 ひっくり返してみると、裏から割り箸で補強してある。

 えっ、これ、おばあちゃんがやってくれたの? ううん、おばあちゃんは私と一緒に家を出た。今朝は何もなかった。

 ってことは。もしかして。

 お母さんが直したってこと?


 私は椅子に座り込んだ。

 破れた豆本にはセロテープが貼ってある。こたつは折れた足を接着剤でつなぎあわせようとして、うまくいかなかったようだ。

 お母さんは一応悪いことしたなって思って、自分なりに直そうとしたのかもしれない。

「でも、割り箸って」

 思わず、「アハハ」と乾いた笑い声が漏れる。

「なんだかなあ……」

 しばらくぼんやりとミニチュアを見つめる。

 やっぱ、家を一から作り直してる時間はないよね……。階段とか屋根も作んなきゃいけないし。

 あ、階段は壊れてないから、このまま使えるかも。

 ふと、このまま使う方法はないかな、と思った。

 壊れてないものだけ使うとか。それとも、直さないで、このまま、壊れたまま出品しちゃうとか。

 ん? 壊れたまま……? 壊れた家。工事で解体した家、とか?

 私はハッとした。


「そっか」

 それなら、いけるかも。解体して、メチャクチャになった家。ううん、解体しかけている家。パワーショベルとかクレーン車とか作って、工事をしてる感じを出せば、壊れてるのをそのまま活かせるんじゃない? そうすれば、家も、家具も、全部、全部、壊れたままでよくなる。

 でも、そんなんでいいのかな? ふざけてるって思われるかも?

 でもでも、この一か月間、優とおばあちゃんに手伝ってもらった時間をムダにしたくない。

 鼓動が速くなる。

 家。今まで住んでいた家との別れ。

 そうだ、私は最近、体験したばっかだ。私はその痛みを知ってる。

 今まで住んでいた家を壊すことになった家族。壊れる家を見つめる家族。

 でも、望月さんは人形は入れないほうがいいって言ってた。人形を入れたら、説明的になっちゃうかな。それなら、どうやって悲しい感じを出す? 壊れた家を見つめて、寂しく思う家族をどうやって表す?

 そのとき、老人ホームでの古谷さん親子の光景を思い出した。

 窓から差し込む光で、ミニチュアに影ができていた。

 影。影。そうか、影で人がいる気配を表現すればいいんだ!

 私はカバンからスケッチブックを取り出し、スケッチを描きはじめた。

 イケる。イケる。

 これならきっと、このまま出品できる。作品を台無しにしないで済む!



「うわ、すごい派手に壊れてるねえ」

 優は驚きの声を上げる。

「でも、すごい。解体している途中の家って感じで、むしろリアルになってる」

 翌日、優に家に来てもらった。

 作品のコンセプトを変えて出品すると告げた時、優はビックリしたような顔をして、すぐに「いいじゃん! 最高のアイデア!」と絶賛してくれた。

 昨日は傾いている家がこれ以上倒れないように補強して、プラズマテレビやパソコンを置いたまま家を解体するのは不自然だから取り除いた。

 そして、無事だった和室のタンスを思いきって叩き壊した。

「はあ~、なるほど。解体してるって感じにするために、あえて壊したんだ。すごい思い切ったことするねえ」

「うん。後、これから食器棚を作って、それも壊すつもり。クレーン車とショベルカーも作ろうと思って」

「リアル解体現場って感じだね。私は何をすればいい?」

「優は、材木を作ってほしいの。庭に散乱させようと思って」

「OK!」

「おばあちゃんにはクマのぬいぐるみを作ってもらうんだ。それを汚して庭に転がそうと思って」

「いい、いい、そのアイデア! 聞いてるだけで切なくなるよ」

「よかった」


 ふと、視線を感じて振り向くと、ドアを薄く開けてお母さんがこっちを見ていた。右手の甲には大きなバンソウコウを貼ってる。私が思いっきりひっかいたところがミミズばれになったみたいだ。

 目が合うと、お母さんはすぐに目をそらして姿を消した。

 お母さんのことは、きっと当分許せない。ううん、きっと、一生許せない。

 それでも、お母さんが壊したから、この作品が生まれたことになる。いつか、それを感謝する日が来るのかな……。

 優に「ねえ、この作品、なんてタイトルをつけるの?」と聞かれた。

 タイトルはもう決まっている。

「さよならの家」



 3月上旬。

「さよならの家」が手作り作品コンテストで大賞を受賞したって事務局から連絡があった。

 おばあちゃんと優と、手を取り合って喜んだ。

 授賞式では望月さんと再会した。

 望月さんは「おめでとう。人形を使わずに影で表現したアイデア、すっごく素敵だよ」と甘い笑顔で褒めてくれた。

 最後の仕上げで、庭に4つの影をつくった。大人が二人、子供が一人、犬が一匹。影の部分だけ芝生を黒く塗ったんだ。

 そのアイデアがよかったみたいで、「解体する家を家族で見守るもの悲しさが伝わって来る」って審査員に評価された。

 コンテストの結果は「女子高生が作ったミニチュアハウスが大賞」って新聞でもネットでも取り上げられた。取材も受けて、私がミニチュアハウスと一緒に写っている写真も掲載された。

 私のまわりは、急にざわつきはじめた。

 

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