第40隻

 ナタリーとケヴィンは、険しい顔で黙り込む。

 空気が鉛のように重い。

 その様子を見て、サラはおろおろと二人の顔を見比べた。


「あの……、でも協力者は被害の少ない場所と時間を私に教えたのですよ? それはつまり、住民たちを危険に晒したくなかったからですよね? 彼女も何か、義父に弱みを握られて仕方なく協力していたのでは……」


 心なしか自信なさげにそう告げる。

 きっと事実そう思っており、ケヴィンとナタリーの反応が意外だったのだろう。


「どうかしら……。そうだったなら、いいけれど」


 ナタリーは思う。

 何故わざわざシャンクの街に、騎士団の巡回とかち合うように魔獣を放ったのか。

 普通に考えればサラの言うような筋書きを考えるだろう。

 けれどベティは、住民ではなく、ケヴィンを傷付けたくなかったのだ。

 ケヴィンはこの一年、最北の要塞に詰めていることが多く、ナタリーは屋敷に居ることが多かった。

 もしシャンクの街に魔獣が出れば、責任者としてナタリーが現場に赴く可能性が高い。

 仮にケヴィンが屋敷に居たとしても、巡回中の騎士が先に魔獣を足止めしていれば、ケヴィンならきっとすぐに魔獣を討伐出来るだろう。

 被害が少なかったとしても、魔獣が街に出たとなれば、ナタリーの運河建設事業に大きなダメージを与えることが出来る。

 あわよくば、ナタリーも亡き者に出来る。

 そう考えたのではないだろうか。

 ケヴィンの様子を見るに、彼もナタリーと同じように考えているのだろう。

 サラの言葉に同意する様子はない。


 短い間、そして良い関係ではなかったとはいえ、共に過ごした人物が恐ろしい事件を引き起こしたという事実に、何とも言い難い苦々しさを感じる。

 彼女の動機は、ケヴィンへの歪んだ想いなのだろう。

 けれど、こうして事件を引き起こしたのには、少なからずナタリー自身も関係していることだ。

 ナタリーに責任があるか否かは置いておいても、実に気持ちが悪い。


「……それで、彼女は今どこに」


 しばしの沈黙を破り、ケヴィンの低い声が響く。


「詳しいことは私も……。ですが、義父がボラード伯爵領で匿っているようです」


 ベティにはまだ利用価値があると思ったのか、それともベティから情報が漏れるのを恐れてか。

 ともかく、ベティがボラード伯爵の手の内に居るのはまずい。

 ベティがどこまでアンカー辺境伯家の情報を握っているのか、ボラード伯爵に渡すつもりがあるのか、正直読めない。

 それに彼女自身、ボラード伯爵に使い捨てられる可能性もある。


「今すぐ、ベティを確保する必要があるな」


 そう小さく呟いて、ケヴィンはドアの外に声をかけた。

 ノックの音と共に、ナミルとユージーンが入ってくる。

 そして何事かナミルに囁くと、すぐに二人は部屋を後にした。


「ナミルとユージーンをボラード伯爵領に向かわせた。ベティの行方を探らせる」

「なら、キールにも協力させましょう」


 魔獣騒動があってすぐ、キールはボラード伯爵領に向かっている。

 現在既に伯爵の周辺を調査中だ。

 もしかすると、すぐにでもベティの居場所を見つけられるかもしれない。

 サラとミゲルの事は一旦ケヴィンに預け、急ぎ自室に戻ってキールへの依頼を認めた。

 アンカー辺境伯家に来てからというもの、キールは大忙しだなとナタリーは思う。

 移送魔道具に手紙が吸い込まれるのを眺めながら、今回もよろしく、とひっそり手を合わせた。


 手紙を送ってすぐ、また客間へと急ぐ。

 はしたなくならないようにとは思いつつ、気持ち焦って扉を開けると、ちょうど話が終わる所だったようだ。


「協力に感謝する。かなり有益な情報が得られた。その証言を、皇帝陛下の前でもしてほしい」

「はい。わかりました」


 はっきりとした声色。

 サラはもう、涙を流していなかった。


「私も出来ることはなんでもするつもりです。どうか便利に使ってください」

「そうだな……。君には、ボラード小伯爵のことを頼みたい」


 ミゲルも、唇を引き結んで肯首する。

 フィリップが何も知らないのだとすれば、全てを伝えるのはミゲルが適任だ。


 サラとミゲルの様子を眺めた後、ケヴィンはナタリーを見つめて頷いた。

 ナタリーも頷き返す。


「では、行こう」


 そのケヴィンの声は、まるで始まりの合図のようだった。



 4人で屋敷を出発し、ゲートを使って皇都まで移動すると、サラを皇宮騎士団へと預けた。

 これから彼女は裁判にかけられることになる。

 無罪という訳には、いかないだろう。

 サラの背中を見送ったミゲルは、フィリップに状況を伝えるべく、彼の職場である外務局へと向かっていった。

 ミゲルもサラも、これから果たすべき自身の役割を、重々承知しているといった迷いのない足取りだった。


 ナタリーとケヴィンは、その足で法務大臣の元を訪れた。

 サラから預かった証拠を渡し、事の顛末を報告するためだ。

 平民の犯罪であれば、その罪の裁量は基本的に領主の管轄となるが、貴族の犯罪の場合は法務局が管轄である。

 改めて、法務局は事務の管轄が広いなとナタリーは思った。


 事の重大さを考えれば、正規の手続きを踏んでいる時間がない。

 一刻も早くボラード伯爵を捕まえるべきだ。

 アンカー辺境伯の権限を大いに利用し、手続きを一足飛びに進めて法務大臣であるドルフィン侯爵との対面を叶えた。

 他の業務を抜け慌てて駆けつけたドルフィン侯爵と補佐であるロレインは、話を聞き、同時に深い溜め息をついた。


「全くあいつは……。そこまで落ちぶれたというのか」


 きっちり髪を後ろに撫でつけた額に手を置いて、ドルフィン侯爵は誰に聞かせるでもなく呟いた。

 その言葉には、ただ同じ大臣の職に就いていたという以上の何かを感じる。

 そういえばドルフィン侯爵とボラード伯爵は、アカデミーの同窓生だったとナタリーは思い出した。


「昔から野心家でプライドが高かったが、志は高く、熱い情熱のある男だったんだがな……」


 どこか昔を懐かしむように、ドルフィン侯爵は苦笑を漏らす。

 その表情には、寂寞としたものが浮かんでいるように見えた。

 もしやこの二人は、若かりし頃、互いに国の未来を議論した仲なのではないか。

 そんなことをナタリーは想像した。


「話は分かった。すぐにボラード伯爵の勾留と家宅捜索を命じよう」

「よろしくお願いします」


 本当なら、今すぐにでも自分たちでボラード伯爵を捕まえに行きたい。

 しかし、相手が貴族となるとそうもいかない。

 正当に相手を裁くためにも、国の力を借りるのがいい。


「怪我がなくて本当に良かったわ」


 ロレインがナタリーの手を握り、眉間に皺を寄せて微笑む。

 ナタリーが無事だったことに、心からホッとしている様子だ。


「ありがとう。ロレイン」

「これ以上、何か起きては絶対にいけないわ。何もできないように早急に対応しましょう」


 ロレインは真剣な声でそう言うと、大臣の執務室を足早に去っていった。


「優秀な補佐官が居て助かるよ」


 ドルフィン侯爵は、どこか自慢げに頬をかいたのだった。


 法務省はその日のうちに証拠の見分を行い、すぐにボラード伯爵の捕獲を命令した。

 あとは、ベティの所在だ。


 しかし、それから待つことわずか1日。

 ユージーンから、ベティを見つけたと連絡が入った。

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