第12隻

「こちらは訓練場です。この城の大半は、この様に軍事施設を兼ねております」


 ユリウスはまずナタリーを外へと連れ出した。

 城の眼下には、綺麗に地面のならされた空地が広がっており、城を背にして右手には、3階建ての同じような建物が十数棟、軒を連ねている。

 これは騎士団の訓練場とその宿舎なのだとユリウスが説明する。

 帝国最強の騎士団の異名は伊達ではない。帝国中から誉高いスラスター騎士団に入りたいと志願者が集まるくらいなのだとか。

 だからだろうか。騎士の数がとても多い。今訓練場に出ているだけでざっと500は居るだろう。当然他にも任務に就いている部隊や休みの者も居るのだろうから、少なくともこの倍はいるはずだ。これが辺境伯家の私兵だというのだから、この地がいかに帝国の中で軍事的に重要なのか分かるというものだ。


 ユリウスに案内され、ナタリーは訓練場の端でその様子を眺めた。

 大勢の騎士たちが上半身裸で剣を振るっている。ケヴィンほどではないかもしれないが、流石に皆良い体付きだ。

 ナタリーは目のやり場に困り、思わず下を向いてしまった。


「皆さん寒い中あんなに薄着で大丈夫なのかしら」

「お見苦しくて申し訳ございません。ここで過ごす者たちにとっては、今日は暖かい方でして、暖かくなるといつもああなんです」


 その言葉の通り、騎士たちは寒さなど微塵も感じさせない様子だ。

 運動をしているからかむしろ暑そうにしている気配ですらある。

 ナタリーはいつか自分もこの気温に慣れるのかしら、と思った。


 徐にユリウスは訓練場の中に入り、近くの若い騎士に何某か声をかける。

 すると若い騎士は素早い動きで敬礼をすると、一人の騎士の元に走っていった。

 様子から見て、階級が上の騎士なのだろう。この場を仕切っている様子だ。

 若い騎士から何か耳打ちされると、彼はナタリーたちの元にゆったりとやってきた。

 ケヴィンよりも些か年上だろうか。明らかに帝国人ではなさそうな肌の浅黒さ。

 髪は赤褐色で、海を渡った西の国出身者の特徴を色濃く表している。


 男性の素肌に慣れずちらちらと覗き見るような形で騎士たちに視線を向けていたナタリーだったが、ユリウスの隣に男が並んだのに気付くと、ゆっくりと目線を上げた。


「ご紹介します。こちらはスラスター騎士団の副騎士団長です」

「初めましてお嬢様。ナミル・スターンだ。ナミルと呼んでくれ」


 スラスター騎士団の団長はケヴィンが担っている。歴代アンカー辺境伯家の者が担っているのは確かだが、実力も騎士団一であるのも確かだ。

 つまり、それはこの帝国最強であると同義である。『北の怪物』の異名は、ある意味その通りなのである。

 そのケヴィンに肉薄するのが、このナミル。

 元々孤児としてこの辺境伯領に流れ着いたナミルを街で拾い、共に鍛錬を積むよう仕向けたのはケヴィンである。

 その後、ケヴィンとナミル、ユリウスは兄弟のように育った。ケヴィンの信頼する男である。


 屈託なくにかっと笑ったナミルの唇から、八重歯が覗いている。

 ナミルの明るく気さくな雰囲気に、ナタリーは思わずほっとした。

 元々西の国の者は陽気で気さくな者が多いが、ナミルからはナタリーへの嫌な感情は一切見受けられない。


「ナタリー・ファンネルよ。お嬢様はやめて頂戴ね。これでも今は家長なのよ?」

「これは失礼いたしました。それでは未来の奥様とお呼びしましょう」


 ナミルはいたずらを仕掛けた子供のようにニッと笑ってウインクをする。

 どうやら随分と気安い人物のようだ。


「ナミル。ナタリー様に失礼ですよ。申し訳ございません。ずっとこの地で戦いに明け暮れておりますので、礼儀がなっておらず……」

「だけど腕は確かだぜ?」

「全くあなたという人は……。ナタリー様、ですがこの男の腕が確かなのは私も保証します。しばらくは、このナミルを護衛としてお連れください」

「え!? 副騎士団長なのに良いの!?」

「はい。ナタリー様には最大限の安全をとご主人様のお言い付けです」

「そうそう。坊ちゃんがわざわざ俺に頼んできたんだ。大切にされてるな、未来の奥様」


 本当にそれで良いのかとナタリーは困惑する。それに屋敷の中でそんな危険など……と思い、べティの態度を思い出して考えを改める。

 ナミルが側にいれば、べティもあのような態度を取らないかもしれない。


「じゃあ、よろしくね」

「こっちこそよろしく」


 ナタリーが微笑みかけると、ナミルはまた八重歯を覗かせてにかっと笑った。


「ナミル、言葉遣いに気をつけろ」

「良いじゃねえか。この方が仲良くなれんだろ」

「ナタリー様はケヴィン様の婚約者なんだぞ? 分かってるのか」

「へいへい分かってるよ」


 二人の掛け合いが面白く、ついナタリーは笑みをこぼした。

 ナミルとユリウスとは性格が正反対のように見えるのに、随分と親しいようだ。

 しかし、しっかり者の弟がやんちゃな兄を宥めているようで、とても微笑ましくもある。

 純粋に羨ましいと思えた。


「お前ら集合!!」


 ユリウスと気安い応酬をしていたかと思ったら、不意に真剣な顔でナミルが声を張り上げた。

 まさしく副騎士団長の顔だ。

 騎士たちが全員素早い動きで集まり始める。

 あまりに統制された動きに、ナタリーは思わず見惚れてしまった。

 大勢の騎士たちがあっという間に整列すると、ナミルはナタリーの隣に並び、騎士たちを見回した。


「この方はナタリー・ファンネル嬢、団長の婚約者になられる方だ! 未来の伯爵夫人として丁重に接するように!」


「は!!」と騎士たちがみな声を揃えて返事をする。

 彼らの瞳からは、ナタリーへの感情は見て取れない。

 だが少なくとも、ナミルがナタリーを未来の伯爵夫人として受け入れていることは自明だった。


「俺らの団長を頼むよ、未来の奥様!」


 副騎士団長の顔から、また人懐っこいナミルの顔に変わる。

 八重歯を覗かせて、またナミルはニカっと笑った。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る