第四十一話 助祭、アドリチェニ・アン・サルナーニス

沙也佳さやか・ガブリエラ・葉狩はかり副分隊長オフィサー。今すぐそこで止まれ。それ以上、動けば撃つ――!!」


 一分いちぶすきもない冷酷さでこう命じる。

 そこにいたのは――タキ・入瀬いるせ指揮官コマンダー


 タキの構えるタイプ1は、まっすぐガビへと向けられていた。


「おい……嘘だろ、タキ……!」

「タキ指揮官、だ。これでもお前の上官だぞ?」

「まさか……あんた……あたしたちを……!!」



 ――ちゃきり。



 ぎり、と歯噛みして、睨みつけるガビにタキは、もう一度、明確に照準を合わせる。


「……、と命じたはずだ、ガブリエラ」

「畜生! その名で呼ぶんじゃねえ! そいつが嫌いなことくらい、あんた知ってるだろ!?」

「……だからだよ」


 それから、タキは、




 もうひとりの自分と良く似た容姿をした女に照準を移すと、こう尋ねた。


「さて………………お前は一体何者だ?」

「……っ!?」

「お前が、さっきガブリエラが聞いたとおりの個人指導教官チューターズなのであれば、自分の個体識別番号シリアルナンバーをこたえられるはずだ。さあ、聞いてやろうじゃないか。遠慮なく言ってみたまえよ」

「そ、それは……」

「ふむ――それとも、自分の運に賭けてみるかね? ちなみに、ある」

「………………無理よ」

「お、おい! タキ! こいつは一体――!?」


 そこで自分の思い違いに気づいたガビは、思わずタキの方へ歩み寄ろうとして、再びタイプ1の銃口を向けられてしまい、うっ、と動きを止めた。タキは顔をしかめる。


「さっきから言っているだろうが。動・く・な。お前の足元には、こいつが仕掛けた術式が転がっている。一歩でも動いてそれを踏んでしまえば、なにが起こるか想像したくもなくなるぞ」

「――っ!?!?」


 ガビは息を呑み、あらためて自分の足元を注意深く見回した。だが、目視では、タキの言うトラップらしきもののははっきりと分からない。まるで地雷原に踏み込んだように鳥肌が立つ。


 やっと言うことを聞く気になってくれたガビに、タキは溜息をつき、こう語った。


「まったく……お前はまだまだ危なっかしいな、ガビ。こいつは、お前が推測で尋ねた質問に、そうだ、と頷き、肯定しただけだ。自分から個人指導教官チューターズだとは、

「それじゃあ……」

「それは自分の口から語ってもらおう。貴様、名前と所属を言え。ちなみに拒否権はない」


 憎々しげにタキを睨みつける女はしばらく黙っていたが、




 やがて、あきらめたようにこう告げる。


「……アドリチェニ・アン・サルナーニス。聖職位階は助祭。東のイシュマルグ大司教が娘」

「はン! なにが娘だ、ぬけぬけと――!」


 しかし、タキはそれを嘲笑あざわらった。


「貴様たちサルーアン共の語る息子・娘など、所詮、部下・手下が良いところだろうに。笑わせるな! ……それで? 貴様の他に、タネガシマに乗り込んで来たサルーアンはいるのか?」

「いたとして……異教の徒である貴女に、素直にお教えするとでも?」

「思っちゃいないさ」


 タキはあっさり首を振る。

 そして、タイプ1の銃口を、アドリチェニと名乗った女の眉間に向けた。


「……だが、言いたくなるようにはしてやれる」

「やってみせるがいいわ、信仰を知らぬ蛮族! あたしには、教皇様のご加護があるのです! なにも恐れるものなぞあるワケが――!!」


 次の瞬間、



 ――ぱんっ!!



「ぐっ!?!? うがぁあああああ……っ!!」


 タキは即座に狙いをズラし、自分の制服に似たデザインをした、モノトーンの儀礼服を身にまとったアドリチェニの左太ももを撃った。銃弾はやすやすと貫通し、じくじくと血がにじむ。


「ふむ――その教皇様のおありがたい『なんとやら』は、痛みを消してはくれないのかね?」

「ぐぅうううっ! お、お前には……必ずや神罰が下ることでしょう……!」

生憎あいにくだが、私は無神論者でね――」


 もはや立っていることもままならないアドリチェニは、恥辱の情もあらわに、いまだ狙いをつけているタキの前で仕方なく片膝をつき、跪礼きれいの姿勢をとらざるを得なくなった。あからさまに向けられる激しい憎悪をものともせず、タキはタイプ1を揺らし、こう命じる。


「つまらんご託はもういい。まずは、こいつ――ガブリエラの周りに仕掛けられた術式を解除して、すべて無効化してくれないかね? ああ、一応言っておくが……これはお願いじゃない」

「……っ」


 タキ相手に、うわべだけの言い逃れや時間稼ぎは無駄だと悟ったのだろう。アドリチェニは苦痛に歯を喰いしばりながら儀礼服のふところに血濡れた手を差し入れ、奇妙なシンボルが描かれた丸い護符アミュレットを取り出す。


 タキはそれがなにか知っているようだったが、ガビははじめて目にした。手のひらほどの大きさの鈍く輝く金属製の円盤の表面には八つの気味の悪い生き物の顔があり、それが取り囲む中心には後光を放つ年老いたひとりの男の姿があった。それが例の教皇様とやらなのだろう。


災いをラクェ・招くイミ・罠をカラ・解き放てディミティス――』


 アドリチェニが護符になにやら理解不明な言語で囁きかけると、ガビの周囲でいくつもの青黒い光が立ち昇り、煙のように、すう、と消えていった。それで終わり? という呆気あっけなさだ。


「……やりましたわ」

「よし。もう動いていいそうだぞ、ガビ」

「だ――大丈夫なのかよ?」

「ダメなら――」タキは肩をそびやかす。「――こいつの右足も同じように撃つだけの話だ。そして、そうなるだろうことはこいつも充分理解している。……だろ?」

「信用……されておりませんのね……」

「するワケがなかろうが。……ガビ、ハナの状況を確認しろ。どうだ?」

「ダメだ! 揺すっても、呼びかけても、ちっとも反応がねえ!」


 ハナの頭部を優しく抱きかかえ、何度もガビはその名を呼ぶが、ハナの瞳からは光が消えている。くらうろのような目で天井を見つめ、声にならない囁きをぶつぶつと繰り返していた。


「おい、貴様……私の部下になにをした?」

「『永劫回帰エタルナ』の術式を仕掛けておきましたわ」


 アドリチェニは微笑むように口元を引き上げて続ける。


「その者が、もっとも忘れがたい苦しみと哀しみに向き合うことで、悔悛かいしゅんの情を取り戻すために」

「なにが悔悛だ! 記憶の封印を強引に解いて、精神的外傷トラウマを掘り起こしただけだろうが!!」


 タキはアドリチェニにタイプ1の銃口を向けて、強い口調で再び命じる。


「術式を解け――今すぐ!!」

「………………無理ですわ」

「ふむ――ならば、もう一方の足でも手でも好きなところを選べ。そことは別の場所を撃つ!」

、と申し上げているでしょう!?」


 アドリチェニは、おやりなさい、と言わんばかりに両手を広げ、タキを睨みつけ冷笑した。


「その『永劫回帰』の術式は、無理矢理けば、その者の心を壊してしまうかもしれないのですよ? そうなれば、お前は私を撃つのでしょう? ならば、今撃たれようと同じことです!」

「貴様――!!!!」



 その時だ。



「あ、あのう、お取込み中悪いんだけどさ、指揮官殿ママ?」


 とんでもなく深刻な状況に入るタイミングを見失っていたらしいエドが、ロビーへと繋がるゲートから、ひょこり、と顔を出して愛想笑いを浮かべながら告げる。


 タキとガビは驚いた。


「「エド!?」」


「あ、あははは……。なーんか、お邪魔しちゃった感じかな? あー、いいよいいよー。そっちはそのまま続けてもらってて――」

「お、おい、エド!? ドラゴンは……ハ――ハルトはどうなった!?」


 狼狽うろたえた様子のタキが尋ねたが、エドはすぐこたえようとしない。



 ただ、にやり、と笑って、右手を突き出し。

 親指を、ぐっ! と立ててみせた。



「やった……のか? 本当にハルトがドラゴンをたおしたって言うのか!? 信じられん……!」

「まー、楽勝でしたわー」

「やっ――。……ヘイ! エド!」本当は一番に喜び、はしゃぎたいところを堪え、ガビは釘を刺す。「てめえの手柄じゃねえだろ!? 命懸けでやり切ったのは、だ!!」

「い、いやいやいや、ガビ! 僕だって、結構頑張った方だと思うよ? あれやこれやと――」

「な……なんてこと……!? そんな……あり得ませんわ……!?」


 ひとり驚愕するアドリチェニは、そうつぶやいたきりうつむいて肩を震わせている。そのあまりの狼狽っぷりにたちまち落ち着きをなくしたエドは、そっとガビに耳打ちして尋ねた。


「え、ええと………………その子、?」

「サルーアンの助祭だかなんだかだって女だ。ようするに、そいつがここの部隊の指揮官様さ」

「………………へえ」


 エドは意味ありげな笑みを口元に浮かべた。

 だが、それ以上、なにも聞くことせずに話題をすり替えてしまう。


「――で、ハナちゃんは一体どうしちゃったのさ?」

「そ、そうだった!」ガビは思い出し、慌てて説明した。「この野郎の仕掛けた『なんとか』っていう術式を喰らったっきり、ダウンしちまったんだ! なんでも、精神的外傷を呼び起こすってクソみたいな魔導術式で、仕掛けたこいつ自身も解除できねえっていいやがるんだよ!」

「ふうん――」


 すると、それを聞くや否やエドはすたすたと歩き出す。どこになにか別の術式が仕掛けられているのかも分からないというのにだ。ついでに、警戒心き出しのタキの構えるタイプ1もものともせず、俯いたままのアドリチェニの下まで近寄ってしまうと、その耳元に囁きかけた。


「………………え!? 貴方、一体――!?!?」


 途端、アドリチェニは化物を見たような顔つきになり蒼白になったが、


 エドはそれを軽薄な態度で笑い飛ばした。


「いやいやいや。驚きすぎじゃない? 僕ぁただの一般兵だって。それより?」

「え、ええ……仰るとおり……ですわ」

「じゃー、この『パパ・エド』がなんとかするしかないねえ」


 そうとぼけた口調で言い、やおら腕まくりをすると、ハナを抱きかかえるガビのところまで引き返した。そして、その隣に座り込むと、代わりに小さなハナの身体を受け取り、右手で胸元に触れてから、大道芸人じみた芝居がかった仕草でごにょごにょと一心不乱に呟きはじめる。


「えー……貴方の平和の使いっ走りである、このチンケなエドめにチカラをお貸し下さいますよう。憎しみあるところにゃ愛を。屈辱のあるところにゃ許しを。いさかいのあるところにゃ和合を。誤りあるところにゃ真実を。疑わしきところにゃ真実を。絶望あるところにゃ希望を。闇あるところにゃ光を。哀しみあるところにゃ喜びを。……慰めと理解と愛を与えたまえ。貴方の御国が再び訪れたその時は、愚かな私たちをゆるし、悪しき者からお救い下さいませ――っと」


 なんとも胡散うさん臭い。

 まるで噺家はなしかのそれのように、コミカルな口調に節までつけられていた。


 祈るような形で両手を合わせているものの、むしろそれは寺社仏閣で行うジャパニーズINORIスタイルだと思われても不思議ではないほど場違いだ。しまいには最後の締めくくりにと、ぱん! ぱん! と二拍して深々と一礼しはじめる始末。こりゃダメだ……とガビは呆れたが、


「………………う、ううう……?」

「来ました来ましたよ! ……ハナちゃん? 大丈夫かい?」

「ハナ!?!?」ガビはすっかり混乱しながらも、ようやく目を覚ました仲間の様子に涙が出そうだった。「ヘイ! 大丈夫か? どこか痛くねえか? 変なところがあれば言ってくれ!」

「だ……だ、大丈夫、み、みたいなんだよ……? あ、あれ……? エド? ガビ――?」

「今、な?」


 ハナにしてみれば、時間はだいぶ前に止まったままなのだろう。エドはいるし、タキもいて、おまけに初顔合わせの女――罠の仕掛け主までいるのだ。ワケが分からないのも無理はない。


 ガビはそのまま伝えて良いのものか少し悩んだものの、結局正直に話してやることにした。


「敵の仕掛けた罠にかかっちまったお前を、エドがで治してくれたんだぜ!?」

「はははっ! たぶんね? 僕のおかげじゃないよ。ハナちゃんは、自力で戻ってきたのさ!」


 そう嘯きながらもこう続け、ついでに訂正もしておく。


「ちょうど魔導術式の効果が切れたタイミングだったんじゃないかな? まったくの偶然だって。あとねえ……一応言っておくんだけど、さっき僕が唱えたのはお経じゃないぜ、ガビ?」

「ンなモンどっちだっていいさ! ハナ! ああ、ハナ!!」


 ちっとも良くないっつーの……と呟くエドを尻目に、ガビはハナの小さな身体を抱え上げると、全身で味わうように、ぎゅっ、と抱きしめる。けほ、とハナが思わず咳込むほどだったが、それでも嬉しそうな顔つきをしていた。


 ただひとり――。

 アドリチェニは違った。


「そんな……あり得ませんわ……! あの『永劫回帰』の術式が勝手に解けるなど……!!」

「………………どっちだっていいんじゃないかな? 余計なことだよ。だろ?」


 エドのセリフの奥に隠れたなにかを見て、アドリチェニは慌てて口をつぐむ。


(この女……なぜエドを恐れる?)


 そのやりとりを盗み見て、ひとり違和感を覚えるタキだった。


(エドにはなにか、私も知らない秘密があると言うのか――?)



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