第三十九話 鋼鉄の処女と騎兵隊

(なにか……なにか、もう一手あれば……!!!!)


 その時。



 ――ドン、ドン、ドン、ドンドン!!



 標準式進入灯PALSのある森の彼方かなたから、原始的なリズムの太鼓の響きが聴こえてきた。



 ――ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンドンッ!!!!


 ――ギャッギャッギュイーン!

 ――ギャッギャッギュイーン!!



 そして、重低音の響きにかぶせるように、耳を覆いたくなるような金属を引っくような騒音がうなりを上げる。その音の奔流にまぎれるように、怒れる蜂の集団の羽音に似た低い唸りが轟く。


(な――なにが起こった!? なにが起きている!? やつらにまだ奥の手が――!?!?)


 予期しない出来事に、思わず狼狽うろたえかけたタキだったが、目の前の『幻想世界の住人』たちのおびえようの方がそれに輪をかけていた。矢を射かける手を止め、不安そうに森を見ている。



 やつらじゃない!!

 ということは――!!



 次の瞬間、



 ――ざっっっ!!



 森を飛び出し、斜面を下り――。


(まさか――! あれは――っ!!)


 トンネルの出口付近に残っていたコボルトやゴブリンを跳ね上げ、最後の斜面をジャンプ台にして、飛び上がったその姿は。



 ――ばうんっっっ!!



 一台の高機動多用途装輪車両HMMWVだ。



白き者ホワイトマンが海の向こうからやって来た。

 我らに苦悩と不幸を与え、

 仲間たちを殺し、誇りを踏みにじった。

 我らの獲物も、欲望のままに横取りした。


 我らは激しく抵抗し、善戦を繰り広げ、

 平野の外れで撃退した。

 だがやつらの大軍は、我らの手には負えない。

 我らは果たして自由を取り戻すことができるのだろうか?』



 敵陣の真っ只中を疾走するそのハンヴィーが垂れ流す、ボーカルの金切り声が響き渡る。



『不毛の大地を、土煙を上げて突き進む。

 平野を馬で駆け抜ける。

 逃げる「住民」どもを追いかけ、

 やつらが獲物を狩るように、やつらを蹂躙する。

 自由を取り戻すために殺せ、背を向けるやつも残らず殺せ。

 怯える女子供にも容赦をするな』



 突如とつじょ、陣形中央を横切るように現れたハンヴィーに『幻想世界の住人』たちは成すすべなく逃げ惑うしかない。それを見計らって、天井ハッチから顔を出した見覚えのある顔をした試練生が、勇ましい雄叫びを上げつつ時代遅れのブローニングM2重機関銃をところ構わずぶっ放しはじめた。


「あの馬鹿どもめ――!」


 タキはたまらず、にやり、としてしまう。


「し、指揮官殿! あ、あれは一体――!?!?」

「デルタだ。『ブリキの兵隊ティンソルジャーズ分隊』の馬鹿共が、援軍に駆けつけたようだぞ――!!!!」


 しかし、そこでタキは渋い表情を浮かべてひとちる。


「だが……まったく、なんて酷い選曲だ。よりにもよって『鋼鉄アイアン処女メイデン』とはな」

「ははっ。まるでタキ指揮官殿のことでありますね」

「………………おい。今、なんて言いやがった?」


 が、振り返った頃には、そのジョークを口にした試練生はまんまと逃げおおせていた。溜息をつき、視線を前に戻すと、ハッチから顔を出している興奮し切った表情を浮かべた副分隊長オフィサーのキング――いや、今は彼が分隊長リーダーだ――がタキに向けて、芝居がかった敬礼を寄越よこした。


「どうしてここに来た!? お前たちデルタの持ち場は、ロケット発射場だったはずだぞ!?」

「酷いですよ、タキ指揮官殿!」


 キングは、にやり、と笑って、


「失礼ながら――連中に一番恨みがあるのは、俺たち『ブリキの兵隊分隊』であります! アイクのかたきは、ここできっちりとらせてもらいますよ!! ……指揮官殿、乗って下さい!!」

「………………乗れ、だと? それは一体どういう――??」


 言われている意味が理解できず、呆けたように立ち尽くしていると、キングたちはさっさとハンヴィーを降りてしまう。そして、山ほど持ち込んで来た旧式の重火器や火砲をタンゴ小隊の仲間たちに受け渡していき、準備ができた者から順に、次から次へとぶっ放しはじめた。


「ほらほら!」


 代わりに中から、ひょこり、と顔をのぞかせたのは、


「タキ指揮官! ぼーっとしてると、置いていっちまいますよ!」

「エド!? 貴様……っ」

「いいからいいから! あとであとで!! 急がないと!!!!」


 運転席にはモンドが座り、天井ハッチからはチェンニが上半身を出して狙撃銃スナイパーライフルモデルに換装したタイプ1で迫りくる『幻想世界の住人』たちを狙い撃っている。さんざんヘイトを集めまくったのだ、敵兵は皆躍起やっきになってそのハンヴィーを排除しようと雄叫びを上げて迫る。


「くそっ!!」


 これ以上貴重な戦力を減らされたくないタキは、盛大な舌打ちをひとつすると、エドに招き入れられるままに乗り込んだ。


「おい、エド! 貴様、これは一体どういうつもりだ!? デルタを手引きするなど――!!」

「……へ? いやいやいや!」


 乗り込むや否や、目の前にいるエドに喰ってかかる。疼く右手の痛みに耐えつつキーボードを操作していたエドは、思いもかけないお叱りをタキから受けてしまい、慌てに慌てて釈明しはじめた。


「違います、誤解ですってば!! ちょうど、僕らが陣取ってた、あの標準式進入灯PALSから撤収しようとしたところに、たまたま『ブリキの兵隊分隊』の車が通りがかったんですって!!」



 それは本当だった。


 目的地もルートも知らされていなかった『ブリキの兵隊分隊』は、独自の判断と行動力をフルに発揮して、単独でここまでやって来たのだ。どうやら居残りの役目を、ヤーンの指揮するヤンキー小隊に無理矢理引き継いできたのだと言う。無茶な連中である。



「で……?」


 が、タキはいぶかしげに目を細めて納得したような顔をしてみせる。


「ロードサイドで親指を立ててヒッチハイクして、乗せてもらったと? 冗談も休み休み言え!」

「指揮官殿に頼んでも、止まってくれなかったからでしょうが……」

「……なにか言ったか?」

「言ってませんって! それよりも、ですよ――?」


 エドは話をらすかのように、ノートPCのスクリーンをタキに見せて、こう告げる。


「これ! 空港施設内の監視カメラの映像ですよ! どうやら、潜入チームのハナが敵のトラップにかかったみたいで、絶賛大ピンチなんですって!! ほら、ここ! 『ポータル』もあるし!」

「これは……録画か?」

「ですです! さすがに無線じゃハッキングは無理なんで、さっき撮っておいたヤツですよ!」


 画面には、搭乗待合室へ忍び込むハナの映像と、また別の、金属探知ゲートでなにかを拾い上げ、次の瞬間、青白い光に包まれたかと思うといきなり昏倒してしまったハナの映像が流れている。だが、映像はそこまでで、その後すぐにガビが駆けつけたところは映っていない。


 タキもそれを確認し、タイムスタンプがないことに気づいて問いかける。


「どのくらい前だ?」

「ええと……『ブリキ』と合流する直前だったからなぁ……。十五分は経ってないはずですよ」

「………………マズいな」

「でしょでしょ!?」

「ハナのことももちろんだが――」タキもやはり、ガビと同じ発想に至った。「やつら、もしかすると、我々の『ポータル』を持ち帰ろうとしているのかもしれない。それは阻止すべきだ」

「連中が? 『ポータル』を? いや、まさか!」


 その『ポータル』よりも、技術的にあきらかに劣る科学の産物ですら理解できないサルーアン軍のことを、エドは揶揄やゆしているつもりらしい。が、タキは首を振る。油断はできない。


「あまりやつらを甘く見ない方が良いぞ、賢いエディ? たとえやつらに『科学』が理解できなくとも、理解できる者を言いなりにする方法なら、いくらでも知っているだろうからな」

「うへぇ……マジすか……」

「にしても――」


 タキは、真面目腐った表情を崩し、心底呆れたように、はぁ、と溜息をつく。


「一体、この曲は誰のセンスだ? こんなモン、隠し持っているのはお前ぐらいのものだが」


 こんな真剣な話をしている最中でも、まださっきの歌が変わらず大ボリュームで流れているのだ。『幻想世界の住人』たちが恐れ、警戒しているのであればいまさら止める気はないが、こうもガンガン鼓膜を激しく震わせていては、聴覚に支障が出そうである。


「ひっどいなあ……」


 が、エドは不服そうにこう応じた。


「いくら僕だってね? ここでを流すのは場違いだってことくらい分かりますって。なんでもキングが言うにゃ、あのハンヴィーの座席の下に隠されていたカセットテープだそうで」

「ははっ! カセットテープだと!? それはとんだ年代物ヴィンテージだな!!」


 まさにね、とエドも苦笑する。

 それからついでに思い出し、くすくすと笑いながらこう続けた。


「歌い出しの歌詞にある『白き者ホワイトマン』が、キングのヤツには『知りたがりホワイマン』に聴こえていたみたいで。……知ってました、指揮官? ウチの分隊長、『知りたがりホワイマン』って呼ばれてたんです」

「……おい。あいつ、あのツラで英語が分からんのか……」

「ははっ。個人指導教官チューターズがよほど優秀だったんでしょう」


『ブリキの兵隊分隊』の分隊長を務めるキングは、どこからどうみても欧米系の顔をしている。とはいえ、遺伝子操作によって人為的に『掛け合わされた』遺伝子操作人類GEHSである彼らに罪はないだろう。



 エドの聞き伝えによれば、例の曲に心底心酔したキングは、


知りたがりホワイマンが海の向こうからやって来て、連中に苦悩と不幸を与え、仲間たちを殺し、誇りを踏みにじった、ってんだろ!? 逃げる「幻想世界の住人」どもを追いかけ回し、やつらが獲物を狩るように、やつらを蹂躙していく――へへっ! まさにぴったりじゃないか!!』


 と言っていたそうだ。


 やれやれ……歌の示す本来の意味は、まるで逆だと言うのに。



 その個人指導教官というと……くそっ、のヤツ……! と、ひそかに頭を抱えていると、彼らの乗るハンヴィーは空港施設の前にドリフトターンで停車する。エドは、タキに告げた。


「んじゃまあ、ハナちゃんの方はからね、指揮官殿!」

「頼みましたから……って! お前たちは行かないのか!?」


 エドは、モンド、そしてチェンニとうなずき合う。


 それから度肝を抜かれた顔つきをしているタキへ強張った顔を向けると、自分たちに向けて言い聞かせるかのように、きっぱりとこう告げた。


「僕らは、僕らの大事な大事な分隊長殿をお助けしないといけないんでね! さあ、行って!」


 タキは――薄く微笑み、ハンヴィーから飛び出すと、タイプ1を抱えて走り出す。



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