第三十五話 死中に活を求む

 一二〇〇――。


『タキ指揮官! 前方約二〇〇にトンネルが見えてきました!』

「よぅし! その手前、左にある道を進むぞ! 鉄門があった! ブチ破れっっっ!」


 先陣を切って進む高機動多用途装輪車両HMMWVが目の前でハンドルを切り、かんぬきで施錠された両開きの低い鉄門に勢い良く激突する。そのパワーと重量で、ぐしゃり、と鉄門がひしゃげ、なんとかハンヴィーが通行できそうな進路が確保できた。そのまま突き進む。後続が続く。


「右側が滑走路だ! 構うな! 突き進め!」

了解しましたイエス・マム!』


 ――ばうん!


 普段、空港管理者しか使用しないであろう細い道を無視して、そのまま草木の生い茂る方へ、ハンヴィーはバウンドしながら遠慮なく乗り上げて走る。じき、元のルートと合流するが、見向きもしない。途中、なにかの小規模な施設があったが、それも無視する。


 すぐにも、視線の先に滑走路が見えた。

 たちまち、試練生たちの心に動揺が走る。


「うっ……なんて数なんだ……!」

「こんなの……勝てるのかよ!?」


 まさに地獄だ。


 左右に長く、だだっ広い真っ平らな滑走路の至るところに『幻想世界の住人』の姿が見える。



 その数、推定一〇〇〇。



「泣き言を――抜かすな!!」


 だが、指揮官、タキ・入瀬いるせは、そんな弱腰の試練生たちを厳しい言葉で容赦なく蹴りつけた。


「今まで辛い訓練に耐えてきたのはなんのためだ!? なんのために腕と技術を磨いた!?」


 タキは運転手の試練生に合図を送り、車列の先頭に抜きん出る。そして、天井部に設けられたハッチから上半身をさらけ出すと、後方に続く試練生たちを振り返って喉も裂けよとばかりに声を張り上げた。


「ここで戦わなくて、いつやるんだ!? お前たちの『現実セカイ』は、お前らの他に、一体誰が取り返すんだ!? この戦いは、お前たちの戦いだ!! すべてを取り戻すための第一歩だ!!」


 さらにタキは、自分用に携行しているタイプ1を取り出し、高く掲げる。


「訓練を思い出せ! 繰り返し、飽きるほどやってきたことを、ひとつ残らずここで示せ! そうすれば、自ずと勝利は舞いこんでくる! お前たちが勝利者となるよう、私が鍛えた!!」


 にやり、と笑ってみせるタキの自信に満ちた、愛情にあふれたその顔に、試練生たちが応える。


了解しましたイエス・マム!」

「よし! 私に続け! 左右に展開して、陣形を維持しろ! そして――」


 ひらり、と身軽に飛び降り、右手を振り下ろしてこう力強く続けた。


「撃って撃って、撃ちまくれ!! やつらに腹一杯喰らわせてやれ!! 行くぞ!!!!」




 ◇◇◇




「来たスね、本隊ス!」

「……ふう」


 大きな山の上に、でん、と置かれた岩のようなモンドの頭部に、ちょこり、置かれたつぶらな瞳がその雄姿をとらえていた。ひさしのように添えていた分厚い手を大きく振ってみせたが、恐らくタキたちからは見えはしないだろう。


 ようやくエドは、安堵の息を漏らす。


「じゃあ、そろそろ僕らも本格的に合流する方向で動きますか! ……っと、その前に――だ」


 エドは、『神父パパ』と呼ばれるにはおよそふさわしくない悪意に満ちた残忍な笑みを浮かべた。


「あの目障りな魔導マジック詠唱者・キャスターだけは――口に出すのもはばかられる異端のだけは片付けなければね」

「どうるスか?」

「あらら、モンド君。いけないねえ――」


 エドはいつもの調子に戻って笑い飛ばした。

 その顔には、さっきまでの影はない。


、だなんて、そんな物騒ぶっそうな言葉、よろしくないよ? ……ただ、ご退場いただくだけさ」


 そう言って、ボタンをふたつ開けた、だらしないシャツの胸元に下げた十字架クロスを取り出す。古びて薄ぼけてはいるものの、その十字架には、くっきりとエドの指の形が染みついていた。



 それを、握り締める。

 きつく、硬く、血がにじみだすほどに握り締め、エドは低く呟いた――。



まことを憎み、虚言を愛し、義をおろかしめる者よ、死せる神々をあがめし者よ――の手をかざせ!』



 ――チェンニもモンドも、戦場にいる誰もが知らぬで。



「ギイィイイイッ――!?!?」


 すると、はるか視線の先、空港トンネルの辺りに群れる『幻想世界の住人』の一団の中から、耐え難い苦痛に悶える一匹のオークの手が、なにかにかれるように高く吊り上げられていく。



 にやり――。



「………………見ぃつけた。チェンニッッッ!!」



 ――プシュッ!!



 間髪入れずに引き絞られたチェンニの放つ狙い澄ました一発が、マリオネットのごとく宙に浮かんでもがいていたオークの眉間を穿うがつ。はらり、とその痩せこけた身にまとっていたボロ布が風にあおられ、高々と天を指していた右手が握るねじくれた杖を巻き込み、ぺきり、と折った。


「チェンニ、ご苦労様。これでいい。……いっ! 痛ててて……!」


 エドは、十字架を肌身離さぬよう元の場所へと戻すと、ぽたぽたと鮮血が滴る右手を、もう一方の手と震える唇と歯を使って白いハンカチでくるみ、きつく縛り上げてしまう。ハンカチをみるみる赤く染めてゆく血に辟易へきえきしながら、エドは心底嫌そうにこう吐き捨てた。


「やれやれ、だ。これで、ぼかぁ使い物にならなくなっちまった。もう、キーボードも叩けない」

「あとはおらたちがやるッス」

「あはは……。悪いねえ、いつもいつも」


 エドはいつものように屈託ない笑みを浮かべると、丸メガネの奥で密かに悔やむ。


(悪いねえ、ハルト……。僕にできるのは、これきりだ。もう一匹は……なんとかしてくれ!)




 ◇◇◇




 その頃、


(――っ!?!?)


 ハルトの駆るバイクの行く先、右の森の奥から高機動多用途装輪車両HMMWVの一団が雪崩なだれ込んで来た。


(タンゴの本隊か!? 来てくれたんだな――!!)


 が、喜んでばかりもいられない。

 いまだ魔導マジック詠唱者・キャスターとドラゴンは健在だ。


 しゃにむに飛びかかってくる雑兵ぞうひょう、コボルトとゴブリンの十何匹かはかろうじて対処できた。


 猛スピードで疾走するバイクの車体で弾き飛ばし、フィールドパンツのベルトに挟みこんでいた旧式自動拳銃で撃ち抜き、逆手さかてに構えた生存ナイフで切り裂いて、無効化した。数は不確かだ。十を超えた時点から、数えるより身体を動かす方を優先した結果、分からなくなった。


(それに……もうこいつも限界だ……! なによりタンクの残量がない! だったら!!!!)


 ――ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり!!


 ハルトは、アクセルとブレーキを織り交ぜてアクロバティックなターンを決め、周囲にいたコボルトの一団を盛大に巻き込んで花吹雪のごとく血反吐ちへどを吐かせると、迷わず進路を決める。



 あの、ドラゴンに――。



 ハルトは長い首根っこにぶら下がるようにして御者役のコボルトが鞍へと這い上っている様を見た。ここでもし、あのドラゴンを飛び上がらせ自由にさせてしまえば、被害は大きくなる。



 ――ぶろん。

 ――ぶろん!!!!



(させるかっっっ!!)


 くんっ! とハルトの決意に呼応するように、バイクの前輪が宙に浮いた。そのまま、勢いをつけて後輪だけで駆け、大型の肉食獣が狩るように襲いかかっていく。


「ガァアアアアアッ!!」


 ドラゴンは、自分より矮小な存在にわずかも脅威を覚えず、むしろ憤怒の咆哮を放った。



 が、



「ギ……ッ!?!?」


 それを操るコボルトは躊躇してしまう。見たこともない『怪物』が、聴いたこともない奇怪な叫びを上げながら迫ってきたのだ。無理もない。恐怖に顔面を強張らせ、逃げ出そうとする。


 その結果、


「ガァアアア、グッッッ……!?!?」


 手綱たづなを握ったままのコボルトが足を滑らせ、迫りくるハルトとバイクを噛み砕かんと牙の生えた口を大きく開けたドラゴンの鼻先にぶら下がってしまった。巻きついた手綱に首を締め上げられ、予期しない出来事に一層怒りを募らせたドラゴンは、振り払おうと頭を激しく振る。


 その一瞬の隙が、ハルトの味方となった。



 ――どぐしゃっ!!!!



「ッ……!!!!」


 視界の外から最高速で激突してきたバイクの衝撃の凄まじさ。それは、ドラゴンの金色の瞳が刹那せつな光を失うほどだった。巨体がくの字にひしゃげ、ぐにゃり、と折れ曲がる。直撃だ。



 しかし、ハルトとて無事では済まない。



「ん、ぐ……っ! が、は……っ!!」


 すんでのところでバイクの車体を足掛かりに蹴り飛んで、もろとも激突するのだけは辛うじて回避できたものの、勢いが殺せず、アスファルトの路面を、ごぎっ! ざがっ! と何度もバウンドしながら転げ回る羽目になった。


(死……ぬ……っ!?!?)


 もはや、受け身どころではない。上も下も分からない。右か左かなど、言わずもがなだ。ハルトの意思とは無関係に、身体中が、頭の先から末端の指までたまらず絶叫を上げている。


(あ――ああああああああああ!!!!)


 のたうち回る。

 恥も外聞もない。


 それでも、MMAの八角形のリングオクタゴンで勝ち残ったハルトの強靭な肉体は原型をとどめていた。次に、消えることのない闘争心と生存本能が大量のアドレナリンを放出し、感覚を麻痺させる。



 ――じゃり。



「へ……へへ……。やった……やったぞ……あのドラゴンに――!!」



 だが、それは油断だった。



「――勝っ………………っ!?!?」


 直後、宙を掴むようによろよろと立ち上がったハルトの身体は、鞭よりもしなやかで、ハンマーよりも強烈なドラゴンの尾の一撃をモロに浴び、ぼろ切れのようにすっ飛んでいく――。




 ◇◇◇




「こ、ここには、だ、誰も、い、いないんだよ!? に、二階に、あ、上がるんだよ!?!?」

「了解――このっ――だぜ! ハナ! 行けよっ!!」


 姿勢を低く保ったハナが、た、た、と階段を駆け上がる。その後ろから、今突き立てたばかりの生存ナイフをゴブリンの首元から引き抜いて、別の一体の鳩尾みぞおちを蹴りつけたガビが続く。


 まだ、空港施設内に潜り込んで来たゴブリンの数が減らない――残り、三匹だ。


「ち――しつけぇんだよっ!!」


 踊り場に辿り着いたガビは、鋭いバックキックを先頭の一匹に喰らわせた。ギッ! と呻いて転げ落ちるが、他の二匹は、落ちていく仲間に目もくれずに駆け上がってくる。



 ――がぎん!!



「……ヘイ! スタミナ切れか? 軽い――ぜ、っと!!」


 右手に構えた生存ナイフで相手の振るう曲刀を受け止め、左の拳を叩きこんだ。が、もう一匹のぎらついた手斧が足元をぎ払うように迫る。それをバック・ステップでかわし、壁に手を衝いて、反動を活かしたサイドキックで蹴りのけた。



 だが、その次には最初に転げ落ちた一匹が舞い戻ってくる。



「あああああ! キリがねえじゃねえか! くそくそくそっ!!」


 ゴブリンたちも決して無傷ではない。ブーツの厚底から伝わる感触が、アバラの何本かがイカレているはずだと言っている。切り傷も刺し傷も無数にある。武器だって刃こぼれしている。


 それでも、一向に止まってくれる気配などない。



 そして――。



(いくらあたしだって……限界だ……っ! ここまま続けば、じきに受け損なっちまう!!)


 かつて『霊長類最強女子』、『戦う大天使アークエンジェル』と呼ばれていた『オクタゴンの無敗女王』、ガビであっても、しょせんは人間だ。機械でもなければ、兵器でもない。ただの女の子だ。


 一般的なそれより少しばかり――いいや、かなり頑丈で強靭な身体を持っているのだとしても、限界は当たり前のようにある。むしろ、一流のアスリートだったからこそ、それが分かる。


(これで、もし、ハナになんかあったら、あたしは守ってやれるのか……!?)



 その悪い予感は、的中することになる――。



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