第三十四話 魔導詠唱者(マジック・キャスター)

 ――ぶろろろろっ!!


 ハルトが駆る大型バイクは、ふたつの前輪を支える二本の巨大なアームが特徴だ。左右から中央へ、逆向きに突き出たグリップを握るユニークなデザインをしている。後輪はひとつだ。


(こいつ……思ったより操作しやすくて、まるで身体の一部みたいに感じる――)


 だが、ハルト自身は、バイクを保有していたことも、乗ったことすらもない。

 それを不思議とも思わないほど、すんなりと身体が動いたのだ。


(『学校スクール』で得た、知識の断片ピースを組み合わせれば乗れた。これも統合政府の狙いなのか――?)


 直接、バイクの運転について学んだことは一度もなくても、こうして自然と操作できる知識と技術とがみ込んでいる。この『現実セカイ』を支配下に治めたサルーアン教皇国に対し隷従れいじゅうの態度を示しつつ、こうして若者たちの深層心理に『生存サバイバル』のために必要な情報を書き込んだ――。



 いつか来る、叛逆のその日のために。



(もしかすると……この戦いが、俺たちの『現実セカイ』を大きく変えることになるのかもしれない)


 そう考えたら、ますますここで死ぬワケにはいかない!


(なら……やるしかないだろうが!!)


 スロットルを全開にし、さらに一気に速度を上げる。それに応じるよう、前輪が前方へと傾斜し、まるで一発の弾丸バレットのようなフォルムに変形した。


(さあ、追って来い!! 追いつけるモンならな!!!!)


 最高速に達したバイクの表面に浮き出たLEDがライムグリーンに発光し、流星のように軌跡を描く。その通過点をなぞるように、雨のように飛来する弓矢が、かかっ! と突き刺さる。


(はッ! 遅い……っ! 遅すぎるぜ!! ……うおっ!?!?)


 突如、飛来した火球がハルトの行く先に着弾し、轟っ! と燃え上がる。それを、速度を維持したまま大きく迂回うかいして、なんとかかわす。だが、その先にもまたひとつ――轟っ!!


(くそっ!! なんだ、こいつは!? 魔導……ってヤツなのか!? それとも――!!)


 一瞬だけ、視界を駐機場へと向ける。


 ドラゴンはまだ地に伏せた態勢のままで、よちよちとペンギンのようにコミカルな動作で歩いている。だが、その近くに立ち、片手にねじくれた杖を握り締め、そして祈りを捧げるように両手を天高く掲げている一匹のオークの姿があった。


「……ッ!!」



 その風貌は、他のオークと比べても異彩を放っていた。


 茶色く薄汚れたマントを骨ばった身体に巻きつけ、首からは数珠つなぎのしなびた『なにか』――あとからそれが『』だと分かる――をネックレスのように下げている。辛うじてオークだと分かったそのワケは、顔の造作だ。猪と豚の親類のようなみにい容貌だけは変わらない。



(あいつは厄介だ……! 直感で分かる! そう……ヤツはきっと……魔導マジック詠唱者・キャスターだ!!)


 ふと、脳裡にそれが浮かんだ。


 真っ先に倒せねば、後から来るであろう仲間たちにも甚大な被害が及ぶのは間違いない。運動性能に優れたこのバイクですら、ギリギリで躱すのが精一杯だったからだ。



 しかし――。



(他の連中があまりにも多すぎる……っ!! 強行しても、途中までしか届かない……!!)



 そう。



『幻想世界の住人』を中心として構成されたサルーアン軍の基盤となるのが、彼ら、コボルトとゴブリン。近代化された軍隊ですら、この圧倒的な数の暴力の前に屈服するしかなかった。


 彼らは決して死を恐れない。

 たとえ目の前で仲間が倒れようとも、ひと目もくれず、敵をほふろうとひたすらに駆け、進む。


 その様は、軍隊アリのようでもある。



 熱帯雨林地域に生息する彼らは、決まった巣を持たず、遊牧民ノマドのように移動して暮らし、ときに数百万の群れを作るという。そして、その行く手を妨げるものは、たとえ象であっても倒す。



(くそっ……! 考えろ……考えろ……! あの魔導マジック詠唱者・キャスターとドラゴンを、この戦場から排除する方法を!!)


 何度も心の中で反芻はんすうしながら、ハルトはひたすらにバイクを走らせる――!




 ◇◇◇




(だ、ダメだなんだよ……。ど、どこか、か、『開放』されちゃってるんだよ、も、もうっ!)


能力測定スキル・テスト』におけるハナの成績が、レベル3のAAA止まりだったのは、これが理由である。


 対象とする空間が、一部でも『開放』されていたら、もうスキルは無効化されてしまう。しかしそれは、ダクトのような細かい隙間による『開放』ではなく、かなり概念に偏った『開放』だった。仮に、物理的に『開放』された空間であろうとも、誰しもがそこが『閉鎖』されていると『認識』しているのであれば――たとえば、銀行の地下金庫のような――使用可能となる。


(んじゃ、仕方ねえ!)


 ガビは、メインの空港施設の、ガラス扉に聴き耳を立てていたハナを無理やり引きがすと、


「んなろッ!!」


 ――ばりぃん!!


 コンバットブーツを支える頑丈なビブラムソールのひと蹴りで一気にガラスをブチ破った。


「行け、ハナ! 早く!」

「ンギャギャッ!!」

「ガ、ガビ! う、後ろなんだよっ!?」

「はッ! 分かってらぁよ!」


 ――がきん!


「へへっ! こいつからはプンプンにおって来やがったからな、おぞましい殺意がよ……!!」


 素早く抜き払った生存ナイフで、背後から襲いかかってきたゴブリンの振るう大鉈おおなたの一撃を受け止め、ガビはじりじりと後退する。そして、ハナが施設内に転げ込むのと同時に、つばり合いの状況からチカラを溜めて弾き飛ばし、自ら開けた穴に飛び込んだ。


「探れ、ハナ! あたしも後からついていく!」

「は、離れちゃダメって、ハ、ハルトからの、め、命令なんだよ!?」

「ち――覚えてるって――のっ!!」


 ついでとばかりに、ハナ、ガビに続いてガラス扉に穿うがたれた穴からぬけぬけと入り込もうとしてくるゴブリンの鼻っ柱を嫌というほど蹴りつけてやる。憎い相手に楽をさせるのは、ことさらしゃくだ。


「でもよぉ! こいつら、抑えながらじゃねえと、ふたり仲良く殺られちまうんだってば!!」

「で、でも――」

「ハナ! 行けって! 進めッ!」


 ガビは器用ではない。

 できることはいくつもあっても、それらを同時にはできないのだ。


「お前が進んだら、そのたび合図してくれ! その分、前にめて、また喰い止めっから!!」

「ぜ、絶対だよ!?」


 返事も待たずにハナは駆け出す。

 無為に時間をかけるほど、ガビに余計な負担がかかることが分かっていたからだ。


 ――ばぁん!


「チ、チェック! チ、チェック! チ、チェック! い、いないんだよ! つ、次っ!!」


 この施設全体が『開放』されていると分かった今、個別の部屋で試すのはリスクが大きい。ハナはスキルを使わず、何度も何度も、それこそ夢の中にまで出てくるほど繰り返し行った、あの市街地戦訓練を思い出しながら、忠実に訓練して身体に沁み込ませてきた動作を続ける。


 ――ばぁん!!


「チ、チェック! チ、チェック! チ、チェック! い、いないんだよ! つ、次っ!!」


 ――ばぁん!!!!


「チ、チェック! チ、チェック! チ、チェック! い、いないんだよ! つ、次っ!!」


 繰り返していくほど、その動作速度が上がっていく。


 目が回る。

 くらくらする。


 それでも、身体は自然と動き、



 ――ばぁん!!!!!!



「チ、チェック! チ、チェック! チ、チェック――っ! トラップ、なんだよっっっ!!!!」


 ほんのちょっとした、毛筋ほどの不自然さでも身体が即座に反応する。



 ――しゅばっ!!



「ヘイ! 大丈夫なのかよ、ハナ!?!?」

「……だ、大丈夫。こ、このくらいなら、ま、まだ動けるんだよ……?」


 ほぼ脊髄反射的に後ろに飛び退き、った顔の中心の鼻先を通過していった鈍い輝きに、ハナの顔面の血の気が引いて蒼白になっている。にび色なのは、恐らくなにかの液体を塗ってあるからなのだろう。反対側の壁に突き刺さっている槍を見つめ、ハナの幼い表情が凍った。


「……チ、チェック。こ、ここにも……い、いなかったんだよ……。よ、よし、つ、次っ!!」


 ずき! と左足首から脳天まで一気に痛みが走り抜け、ハナの全身が感電したように震えた。


 ――ばぁん!!


 しかし、それでもなお、ハナは続ける。


「チ、チェック! チ、チェック! チ、チェック! い、いないんだよ! つ、次っ――!」




 ◇◇◇




『タンゴ指揮官コマンダーより『野良犬ストレイドッグス』へ! 指揮官コマンダーより『野良犬ストレイドッグス』へ! 聴こえるな? この野郎!』

「ほーいほい! あらよっと――」


 チェンニの狙い澄ました一射をすんでのところで射線からズレて躱しつつ、モンドが切り詰めたソードオフピストル型グレネードガンを前方に向けて突き出すのに合わせて、すっ、としゃがみ込み、エドは通信機をお上品な仕草で取り上げた。


「はいはーい! こちら『野良犬――』」


 モンドが引き金を引くのに合わせ、手にした白いハンカチで、そっと通信機を優しくくるむ。


 ――しゅがん!!


 そして、優雅な仕草で取り払って続けた。


「『――分隊』のエド、でございます! 只今通信に出られません! ご用件のある方は――」

『……あのな? 一度しか聞かないぞ? 耳の穴、かっぽじってよく聞け』



 ……やっべえ!

 マジでキレてる五秒後!!



 ヤベえよヤベえよ……と震えるエドの耳に、押し殺したタキ・入瀬いるせ指揮官のドスの効いた声が、ジャパニーズ・ヤクザのごとき横暴さでずかずか遠慮のカケラもなく不法侵入してくる。


『これは一体……どういうことだ!? 私は! 合流するぞ!! そう言ったよな!?!?』

「せ、戦況は常に変化するものなのです、指揮官殿マム

『お前なんぞにさとされんでも、充分理解しておるわ!』


 はぁ……と溜息をひとつ。


『はじめてしまったものは仕方ない。ああ、誰も責めはすまいとも。……して、状況は?』

「エド以下バックアップ・チームは、哨戒パトロール中の敵兵に発見され、交戦中であります。なお、位置は、タネガシマ空港滑走路先の――」

標準式進入灯PALSの上だろう? 先程聞いたぞ。しかし……ポジションが悪くはないかね?』

「な・の・で」


 そのムカつくエドのセリフを耳にしたのとほぼ同時に、タキの目にいまだ立ち昇る煙が映った。


「こっち来れないように、爆破しちゃいました、てへ」

『責めない……絶っ対に責めないが………………!?!?』

「不肖、エドであります!」

『よぅし! 覚えておけよ! この野郎!!』


 慌ててチェンニが、どうして? どうして? と無言で訴え、すすんで身代わりになった男の肩を優しく掴んで揺さぶったのだが、エドときたら、まるで知らん顔をしている。


『ハルトたちは? 無事か?』

「そのようで」


 エドは再び現在の映像を監視カメラ経由でピックアップしてから通信機のスイッチを押す。


「ハルト分隊長は現在、単騎で敵勢力の半分を滑走路の反対側へ誘導中です。ただ……ですな」

『ただ……なんだ?』

「ただ、あのお方……先程まで潜入作戦実行中につき、でありますです」

『あの馬鹿……っ!!』



 ――がつん!!



 その、スピーカーがハウリングを起こすほどの騒音を予測済みだったエドは、すでにボリュームを絞っていたのでノーダメージだ。頃合いを見計らって、すす……と戻す。


「ですんで、タキ指揮官率いるタンゴ小隊本隊は、そのまま空港に雪崩なだれ込んじゃって下さい」

『……おい。トンネルがどうこう、とか言ってなかったか?』

「ですです」


 再びエドは通信機の上に、ふわり、とハンカチを落とし、


 ――しゅがん!!


 モンドが放ったグレネードの行き先を見つめた――外れ。惜しい。も、ちょい、右ね、とモンドに合図を送っておく。


「――ってワケですんで、右カーブ手前の、鉄扉をブチ破って近道ショートカットしちゃってよろしくですー」

『………………カンタンに言ってくれるな』

「カンタンに言えるくらい、そりゃあもう、こっちもでヤベえんですよ、はい」

『くっ……了解だ!』


 そこで通信を切ろうとしたタキだったが、


「ああ! 肝心なことを伝え忘れるところでしたぜ! 旦那だんな!」

『……あえてツッコミはしない。なんだ?』


 エドの表情に、憎々しげな苛立ちが浮かび上がった。


「相手の中に……クソったれの魔導マジック詠唱者・キャスターがいますな。充分お気をつけあそばせ、指揮官殿マイ・ロード――」



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