第三十三話 『野良犬』の生き様

 一一四〇――。


「来るねえ……。モンド? 敵さんの数は?」

「五……。いや、六ッス」

「よし。チェンニ、はじめようか」


野良犬ストレイドッグス分隊』の狙撃手マークスマン、チェンニはその言葉とほぼ同時に中腰で構えたタイプ1の引き金を引き絞る。硬い、プシュッ! という金属的な音と共に、狙撃銃スナイパーライフルモデルに換装されたロング・バレルの先から発射炎が噴き出した。


「――グゲッ!!」


 ――か、か、か、かんっ!!


 途端に、今までのんびりとしていた足音が慌ただしくなった。

 しかし、エドは動じることなくモンドに尋ねる。


「ふむ。どうだい、モンド?」

「……『』ッスね」

「そりゃあ、良かった」エドは肩をそびやかしてうなずいている。「ど真ん中ブルズ・アイなら即死だ。しっかし……。いくらサプレッサー付きで、亜音速弾だと言っても、騒々しい音だけは仕方ないねえ。なんたって、あちらさんは音がしないのが普通だから。……おっと、ウワサをすれば、かな?」


 ――ひ、ひゅ、ひゅん!


 直後、敵兵のいるらしき地点から、ゆるく大きくを描くようにして黒い雨のように矢が降って来る。だが、狙いが大きくズレていた。モンドが構えたククリナイフを振るまでもなく、エドたちのいるキャットウォークの横の虚空に吸い込まれ、はるか下の地面へと落ちていった。


「次は敵さんも、もう少し精度を上げてきそうだ。今のうちに片付けようか……チェンニ!」


 ――プシュ、プシュッ!!


「――グギギッ!?」

「――ギャッ!!」


 断末魔の悲鳴が微風に乗って届く。

 だが、いまだ敵影はエドの視界には


「残り、三ス。あ……マズいスね、一匹逃げまス」

「あー。それはダメだねえ。届くかい、チェンニ? 超長距離射撃だから限界って感じかな?」


 すると――ぽんっ。


「ええっと。これ………………なんだい、チェンニ?」


 なにかのスイッチのようだ。


 エドは反射的にキャッチしてしまったそれを横から下から観察する。が、チェンニはじれったそうに、しきりに、押せ、押せ、とせがんだ。ぽりり……と頭をき、エドは再び尋ねる。


「すっごく嫌な予感しかしないんだけど、これ。……分かった! 分かったよ、押すから!」


 もう! と拗ねるチェンニにたまりかね、渋々エドはそれを、



 ――かっ!!



 押した。



 ――轟っ!!!!



 直後、視線のはるか先にある、標準式進入灯PALSの起点辺りが灼熱し、轟音と共に盛大な爆炎が上がった。その光景をエドは、あんぐりと口を、それこそ外れたかと思うほど開けて見た。


「えええええっ!?!? ちょ――ちょっと、チェンニ!?!?」


 ……にこり。


「ににに、にこり、じゃないよ、チェンニ!!」


 エドは相棒の浮かべる、ね? と小首をかしげた笑顔に向けて、悲鳴に似た叫びで抗議する。


「もしかして、さっき『気になるところがあった』って言ってたの、これかい!?!? 君、プラスチック爆弾C-4のトラップ仕掛けてきたんだろ!! ああ、もう!!」


 ゆるゆると天高く立ち昇る煙は、恰好の狼煙のろしだ。せっかく隠密に哨戒兵パトロールを排除しようと思っていたのに、これでは自ら招き入れるようなものである。エドは思わず頭を抱えてしまった。


「あー……マジか。これ、マジでヤバいって……」


 ……しゅん。


 チェンニは目に見えて落ち込んだ様子でうつむいてしまった。


 ――プシュッ!!


 ついでに、もう一射、敵を倒してからだったが。


「いやいや。たしかにね? これならハルトたちも動きやすくなるだろうけどさ。これで駐機場にいた連中は、こっちを見ざるを得ない。でもその代わり、僕らの方がピンチじゃないの!」

「残り、一。……おら、いっでくるス」

「あー……うん、任せたよ、モンド君」


 モンドのセリフに、エドは気もそぞろに応じる。


「僕だってこんなこたぁ言いたかないよ? でもね? チェンニ――」


 大きな山のような身体が、ととんっ! と一気に加速する――。


「僕たちゃあ、タキの本隊と合流しないといけなかったんだ! そこに敵は含まれてない――」


 みるみる加速したモンドの姿は、たちまち見えなくなる――。


きゃあ良いって? 馬鹿なこと言うんじゃありません! 無理でしょうが、こんなの――」


 はるか遠くから、ンギッ!? という驚愕の叫びが聴こえた――。


「はぁ……。分かった! 分かりましたよ! もう! すーぐそうやって、めそめそする――」


 一げき、二げきと、剣と剣が激しくぶつかり合う音と共に火花がまたたく――。


「ったく……。いつも『ゆるす』ことになるんだ、この『パパ・エド』は。損な役割ですよ――」



 と、唐突に静けさが戻った――。



 ぶつぶつとこぼしながら、撤収作業をしていた手をまるで逆再生のように巻き戻し、エドは一度背嚢バックパックにしまい込んでしまった機材の一切合切を、元通りの姿で鉄板の足場の上に並べ直す。その後ろでは、チェンニが済まなそうに微笑みながら、やはり次の戦闘の準備をしていた。


「……残り、ゼロ、ッス」

「うわびっくりした脅かすなよモンド君っっっ!!!!」


 音もなく、ふわり、と姿を現わした巨漢の言葉に、エドは早口で捲くし立てつつ飛び上がる。が、すぐに気を取り直して、引きり気味の嘲笑を浮かべてこう告げた。


「ご苦労様。じゃあ、このまま延長戦、どこまでできるか、やってみようじゃないのさっ!!」




 ◇◇◇




 同刻、一一四〇――。


「いいか? 俺の考えたプランは、こうだ――」


 管制室の冷えた床の上でハルトは、頭を突き合わせたガビとハナに対して説明する。


「カンタンな図を描いた。ここが今いる管制塔、そして、こっちがメインの空港施設だ。このふたつの建物の間の距離は、約25メートル。たった25メートルだが……身を隠す物がない」


 この『現実セカイ』になってからも、この空港は頻繁に使用されていたのだろう。周辺の土地と異なり、人の手によって定期的に手入れをされていたようだ。芝がていねいに刈り込まれていた。


「俺の予想では、このメインの空港施設の二階、出発ロビーに、やつらを統率するヤツがいる」


 とん、とハルトの指が一点を指す。


「ガビとハナは、そいつを探し出してもらいたい。ただし、ふたり一組ツーマンセルで、だ。別々はダメだ」

「……ハルトはどうすんだよ?」

「俺は……おとりになる」

「ばっ! 馬鹿言ってんじゃねえ!?」


 それを耳にしたガビがたちまち喰ってかかった。


「相手は一〇〇〇近いんだぞ!? 弾だって足りねえ!! いいや! 弾の問題じゃねえ!!」

「そっ、そうだよ! むっ! 無理だよぉ!?」

「他に手がない」


 ハルトはこともなげに言い放つ。


「けどな? 俺だって、こんなところで死んでやるつもりなんて、さらさらない。お前たちにも約束したんだ。それは守るさ。大丈夫だ」

「だけどよぉ!?」

「さっき、ここに入る前に確認した。裏手にバイクがある。あれを使う――」


 ハルトは床の上に置いた即席の図の一点を再び指し、そこから指を、すす、と滑らせた。


「あの形式のバイクなら、鍵なしでも配線をつなぎ合わせれば動かせる。俺はそれに乗って、滑走路のこっち側へやつらをおびき寄せる。……こんな感じに、だ。そのすきにふたりは移動しろ」


 ハルトの描いたコースは、さっきいた空港記念碑の下をまっすぐ進み、さらに右側の奥、滑走路の起点のある広い空間へと続いていた。エドたちのいる、標準式進入灯PALSとは逆方向だ。


「……っ」


 しかし、ガビとハナは難しい顔をしたまま、返事に躊躇ちゅうちょしている。

 やがてガビは、怒ったように小さくつぶやいた。


「………………嘘じゃねえんだよな? ハルト?」

「なにがだ?」

「こんなところで死ぬつもりはない、って言ったの……絶対に、絶っ対に嘘じゃねえよな!?」


 ふ――ハルトは笑う。


「約束、したからな。……それとも、俺が信じられないか?」

「汚ねえよ、そんな言い方……くそっ!!」ごん! ガビは床を殴りつける。「ああ! 信じるさ! 信じてるともさ!! 1ミリだって疑わずに、お前のために命張ってやるともさ!!」

「……ハナはどうだ?」

「あ、あたしもだよ、ハ、ハルト!!」


 そのキラキラした瞳が、まっすぐにハルトの瞳の、奥の奥を見つめ、覗き込んだ。


「み、みんなと一緒に、わ、笑っていたい! そ、その約束、や、破ったりしないんだよね?」


 ずきり――そのうずきをハルトは見事に隠しおおせることに成功した。


「……もちろんだ。じゃあ、すぐはじめるぞ……!」




 ◇◇◇




 ――きゅきゅきゅ。

 ――ぶろん。


 手際良くバイクのエンジン始動に成功したハルトは、自嘲気味の薄い笑みを浮かべる。


(まったく……『お人好しすぎる筋肉バカ』の癖に、嘘だけは上手くなったもんだ――)


 本当のことを言えば、ハルトの立てたプランには、じつがない。



 このバイクを駆って敵の軍勢の大部分――いや、ある程度をおびき寄せることは可能だろう。


 だが、その先がない。



(なにしろ、手持ちの武器がないんだからな――)


 あるのは、通用するかも分からない旧式の軍用自動拳銃SIGと、生存ナイフ、それだけである。それでも、ガビやハナに対して口にした言葉に嘘はなかった。


(死んでたまるか……こんなところで。まだ俺には、果たしていない約束がある――)


 もう、ずいぶん昔のことのように思える。

 その『約束の地』までは、この場所は、あまりに遠く、遠すぎた。


(もがいて、もがいて、もがき続ける。それくらいしか、俺にできることなんてないんだ――)


 抜けるようなブルーを見つめていた視線を、元に戻す。


 ――ぶろんっっっ!!!!


 そして、スロットルをひねり、その蒼天を裂くようにけたたましい咆哮ほうこうとどろかせた。




 ◇◇◇




(……よし。来るぞ? いいか、ハナ?)

(う、うんっ!)


 管制塔施設の一階で息を潜めてその時を待つガビとハナは、轟くバイクの咆哮に身構えた。すでにメインの空港施設へ続く扉の解錠は済ませた。あとは、覚悟を決めて飛び出すだけだ。


 ――ぎゃぎゃぎゃっ!!


 ――ぶろん。

 ――ぶろんっっっ!!


 誰もが品行方正で規律を乱すことのない『新東京区』では、おおよそ聴くことはないであろう凶暴さと狂気を伴った激しいスキール音と脈打つエンジンの鼓動ビートに、思わずふたりは顔を見合わせる。


(おいおいおい……! あれで本当に、元・エリート様なのかね、あの野郎はよ!!)

(び、びっくり、な、なんだよね……)


 くすくす、と忍び笑いが思わずこぼれる。



 そうでもしないと。

 疑ってしまいそうだったから。


 だから、ハルトの言葉を信じて疑わないふたりは、信じる証として『』を選んだ。



 ――ぶろんっっっ!!!!



 挑発的な騒音をき散らし、ハルトの駆るバイクが派手なパフォーマンスを見せびらかして疾走する。途端、駐機場にたむろしていた『幻想世界の住人』たちが怒り狂った叫びを上げた。


(……よし! やつら、動いたぞ! 行くぜ、ハナ!)

(ま、任せて!!)


 一気に扉を開け放ち、飛び出した、その直後のことだ。



 ――かっ!!



 遠く視線の片隅で、



 ――轟っ!!!!



 光と音が炸裂した。

 だが、もう止まれない。


(お――おいおいおいっ! 向こうでもおっぱじめやがった……!! エドの野郎っ……!!)


 が、それはガビやハナ、そして、ハルトにとっても好都合だ。


(こ、このまま、い、行くんだよ?)

(ああ! もちろんだぜ、ハナ!!)


 右往左往する『幻想世界の住人』たちを尻目に、ガビとハナは風のように走る。


(はッ! あたしたち『野良犬分隊』はこうでなくっちゃな!! 派手にブチかまそうぜ!!)



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