第三十二話 接敵、そして

「な、なにぃ!? タ、タキの野郎にバレただとぅ!?!?」


 さすがにきもわったガビであろうとも、指揮官ママは怖い。


「しっ。ガビ、声」

「わ、悪ぃ……」


 思わず押し殺した悲鳴が飛び出てしまった口を押さえ、思いっきりひそめた声で怒鳴りつける。


「てめえ……! あたしらを売りやがったな、エドオオオオ!!」

『ま、まあまあ――』対するエドは、さほど狼狽うろたえることなくなだめにかかる。『……で? そちらさんは? 特に問題もなく、管制塔の建物には無事入れた、ってことでいいよね?』


 こたえにきゅうする。

 それはもちろん。


「と、特に、も、問題ないって言ったんだよ……? ひ、人の気も、し、知らないで……!」


 さっきから、管制塔のてっぺんにある管制室のすみっこで膝を抱えて小さく丸まり、いじいじといじけているのは、『野良犬ストレイドッグス分隊』の先導兵ポイントマン、ハナ、その人である。


 心無いエドの言葉に深く傷ついてしまったハナを、少しでも励まそうとハルトは必死だ。


「ハナ! そんなことない! お前は凄いヤツだぞ! 自慢の――仲間だ!」

「………………ハ、ハルト? い、今……む、『娘』って、い、言いかけたね?」

「ち――違う違う違う! 気のせいだって!!」


 ……危ない危ない。



 それにしても、ここに至るまでのハナの手際は、まさに完璧そのものだった。


 まず、空港と外とをへだてる金網に取りついたハナは、出発前に取り出してみせたワイヤーカッターを使い、ハルトの無理な注文に可能な限り沿うように、ほぼ無音といってもいいほどの作業で抜け穴を確保した。当然、一番体格の良いハルトでも問題なく通れるサイズで、だ。


 そして、ひとり先行して空港の敷地内をい進むと、管制塔のある建物に取りつき、


(……お、音しないね? き、来ても、だ、大丈夫みたいだよ?)


 外壁にぴったりと耳を当て、内部の音を逃さず『聞き取った』らしい。

 どうやら、それがハナの持つスキルらしかった。


(あんま、ハナ自身も正確には分からないらしいんだけどな――?)


 ガビいわく、だ。


(そこが『閉鎖』されている限り、ある程度の大きさの空間でも、んだと)

(……凄いな)

(だ・か・ら。ここであたしがお前を誘惑しても『開放』されてるから聴こえないってワ・ケ)


 仲良くふたり並んで這い進みつつ、調子に乗っていたガビだったが、


(……さ、さすがに、そ、それは、き、聴こえてるんだよ?)

(――っ!?)


 幼い容貌だけに、キレると割とリアルに怖い。

 ガビは即座にジャパニーズ・土下座の体勢を取った。


(……マジでごめんなさい反省してます許して)



 それから。



 まるでオモチャのダーツのようなシロモノを背嚢バックパックから取り出したハナは、空港内、空港外の見張りをハルトたちに任せると、プシュッ! というかすかな音を立ててそれを建物の屋上めがけて発射する。


(……よ、よし! い、行ってくるんだよ?)


 そこに誰もいないことは先程いた空港建設記念碑からの偵察で分かっていたものの、昇っている最中のハナは無防備だ。ふん! と気合を入れたかと思うと、一本の人工蜘蛛糸製のロープを伝って、あっという間に登っていく。高分子アミロイド繊維で構成されたそれは、限りなく細く、そして頑強だ。


(早っ……!)


 が、ハルトは疑問だった。


(……おい、ガビ? ハナってたしか、じゃなかったのか?)

(それがよ――!)


 ガビは天を見上げ、誇らしげに微笑んでいた。


(自分にしかできない『仕事』だってんなら、たちまち怖くなくなるんだとさ! マジで可愛くって仕方ねえよ……!)


 お、お姉さんだよ? お、怒るよ? と聴こえたのは気のせいだろうか。

 それからしばらくして、


 ――がら。


(だ、誰も、い、いないね? は、入って入って――)

(――っ! ………………心臓が止まりかけた)


 いきなり空港内を見張っていたハルトの背後にあった雨戸が開いたのだ。そこから顔を出したのは、汗だくのハナだ。きっと、各階、各部屋のチェックを大急ぎで済ませてきたのだろう。


(1……2の……3っ!)


 ガビを先に押し上げ、ハルトも手を借りて中へ転がり込んだ。



 そして、今に至る――と。



「ヘイ、エド?」


 ガビは、左耳にじ込んだエドお手製の通信機越しに問いかける。


「んで、タキたちの到着はいつ頃になる予定だって?」

『一二〇〇。あと三十分ほどだね』エドは忙しなく手を動かしながらこたえた。『落ち合うのは、さっきの展望台まで向かう横道のあたりにしてもらったよ。こっちも撤収作業中ってワケ』



 ワケ、って。



「お、おいぃいいい!! あたしらはかよ!?」

『それもだってさ。そうタキがおっしゃるんだもん』


 だもん、じゃねえよ! というガビのツッコミは、華麗にスルーされてしまう。


『そのポジ、重要だってよ。やったね!』

「ああ、もう! どっからツッコみゃ良いんだよぉおおお!」


 ガビはヘルメットを投げ捨て――ハナが素早くキャッチした――頭をがしがしときむしる。


「この位置からなら、狙撃手マークスマンのチェンニがいた方が狙い放題で良かったじゃねえかよ! それに、モンドのグレネードだって打ち下ろしなら何倍も当てやすかっただろうに! てめえ――」



 と、突然、



『……ああ、ごめんねー、ガビ。お客さんだわー……』


 届いたエドの声色は、今までハルトが聴いたことがないくらいに固く張りつめていた。


『悪いねえ、ホント。じゃあ……頼んだからね、王者チャンプ王女様クイーンと、可愛いクノイチちゃん――』

「ちょ――!!」



 ――ぷつん。



 ハルトたちは、ごくり、と唾を呑み、静かに頷き合うと、即座に戦闘準備をはじめる。


 無論――。

 それは、この『現実セカイ』で最も大切な仲間たちを救うためだ。




 ◇◇◇




「さーって……。この状況、どうしようっかねえ……」


 通信を切ったエドは、こめかみ付近を伝い落ちる汗を感じながら引きった笑みを浮かべた。


「……降りるスか?」

「おいおい、モンド君。それだけはやめた方が良いと思うよ?」


 背中からくの字型に湾曲した大振りのククリナイフを抜き払い、身体の正面で油断なく構えたモンドの短いセリフに、エドはのんびりと、優しく諭すように応じる。


「せっかくこんなに見晴らしがいいんだから。今、森に降りたら、狩られるのはこっちだよ?」

「……おらなら狩られねス」

「かもねえ」


 エドは、不穏な空気をまとったモンドの背からなにかを追い払うように、ぱしり、と叩いた。


「でもだよ? 君にそんなさせちまったらさ? ぼかぁ分隊長にしかられちまうよ。だろ?」

「………………済まねス」

「ははっ。良いって、良いって」


 ぽりぽりと頭を掻くモンドがのを見て、エドは気楽な口調で、ひらひら、と手を振る。


 ただし、その表情は決して笑ってなどいない。


「それも含めてひっくるめて、この『パパ・エド』の大事な大事なお役目なんだからさ。君たちは気にしちゃいけない、いけないんだ。すべては僕のゆるしのもとにあるんだから……いいね?」



 ――かん、かん、かん。



 その時、ようやく音が聴こえてきた。

 標準式進入灯PALSの上を走るキャットウォークの鉄板の上を、何者かが歩いてくる音が。



 敵、それ以外は、ない。



「さあて。ではでは、モンド君、チェンニ? 準備はいいかい?」


 ふたりはエドを振り返り、頷く。


「不届きな『』を僕らの手でさせてやるとしよう。まったく……楽じゃないね」


 ハルトにもガビにも、ハナにすら見せたことのない顔をしたエドは口元を、くい、と引き上げ、低くつぶやいた。




 ◇◇◇




 一一三〇――。


「ど――どうするんだよ、ハルト!?」

「待て、ガビ。今、考えている……」


 管制室から見下ろす駐機場には、まだ目立った動きがない。つまり、エドたちバックアップ・チームは、不幸にも哨戒パトロール中の敵兵に遭遇してしまったのだろう。それでも、発見、接敵、襲撃察知ともなれば、こちらにいる連中にもなんらかの方法を使ってその情報を伝達しようとするはずだ。



 だが――それはどうやって?



 と、その時。


「……ね、ねえ? あ、あいつら、う、上を見上げてるよ? み、見つかっちゃったかも?」

「違うな――」


 タイプ1から取り外して携帯している単眼スコープを使って、『幻想世界の住人』たちの視線と表情を最大限クローズアップさせていたハルトは首を振る。


 見ているのはこちらではない。


(??)


 単眼スコープから目を外し、肉眼でその視線の先を追う。


(出発ロビーの辺りか……? もしかすると――)



 エドは――いや、チェンニはこう言っていたはずだ。


(こんな雑多な混成部隊で、一定の統率がれているように見えるのは何故か――?)



「なあ、ガビ、ハナ? 聞いてくれ」


 ハルトは慎重に言葉を選り抜きながら続ける。


「チェンニが言っていた疑問、覚えているか? あのこたえが、もしかすると分かったかもしれないぞ」

「なにっ!?」

「ど、どういうことなんだよ?」


 ハルトはふたりを窓辺に招き寄せ、指をさす。


「連中が見ているのは、空港施設内の出発ロビーの辺りだ。もしそこに、このごった煮のような混成部隊を掌握し、統率して軍として成り立たせることができる者がいるとしたらどうだ?」

「たしかにありえる話だとは思うけどさ……それって、たとえばどんなヤツだよ?」


 ハルトはひとつ息を吸い、こたえる。


「……人間だ。ただし、『ヴェルデン・スクリーゲ』とかいう異世界から来た、な?」

「「――っ!?!?」」


 たちまち、ガビとハナの顔色が変わる。



 そう。


 今までは、この『現実セカイ』には存在しないはずの『怪物』を殺せばいいだけの戦いだった。



 だが――。



 相手が、自分と同じ姿をして、自分と同じ複雑な感情を持ち、自分と同じか、もしくは、限りなくそれに近い遺伝子を持った『同族』なのだとなれば、話は変わってくる。


 外来生物を間引き、根絶させるような、己の行為を正当化しうる大義名分ありきの考え方ではなく、同種同族を殺す――つまり、これは罪深き殺人であり、戦争行為なのだという負の意識が生まれてしまうのだった。



 ハルトはふたりに向けて、こう告げる。


「その覚悟まではない、と言うのなら、早めに降りてもいいんだ。誰も責めはしないと思う」

「……っ」

「……う」

「だが、俺にはやるべきことがある。だから、この先へも進む――」


 ハルトの瞳には、揺るぎない決意の光が宿っていた。


「俺には、俺たちの『現実セカイ』を取り戻すという使命がある。そう自分自身で決めた。誰かに命じられたからじゃない。これは『外の世界』で自由を得た、『正規市民』としての俺の選択だ」


 その言葉に、ふたりの少女は、はっ、とした。

 そして、まず、


「……あたしも行くぜ。そっち側にな」


 ガビはハルトの胸のど真ん中に、どん! と拳を突き立てた。


「あたしはハルトと一緒に行くって決めたんだ――とっくに」

「ガビ……」

「お前が来るな、って言っても無駄だぜ? これだって、あたしがあたし自身に誓った約束だ」


 そして、ハナは――。


「あ、あたし……! あ、あたしは……! そ、そんなの、や、やだよ………………」

「ハナ――」

「で、でもっっっ!」


 泣きじゃくるのをなだめようとしたハルトとガビの手を。

 ハナはきっぱりと拒絶する。


「こ、こんな大事なこと、じ、自分で決めたこと、な、ないけどっ!! そ、それでも!」


 小さな身体から声を振り絞って、ハナは想いを言葉にする。


「み、みんなと、い、一緒がいい……い、一緒じゃないとやだよ……お、置いてかないでよ! み、みんなと一緒に、笑っていたい! か、悲しい時も、く、苦しい時も、みんな一緒に!」

「ハナ……!」


 きゅ、と胸が締め付けられる想いのする言葉だった。

 そしてハナは、ハルトとガビを力いっぱい抱きしめる。


「あ、あたしも行く! い、行かなきゃダメなんだよ! ね、ねえ、ハルト! こ、来いって言ってよ! あ、あたし、よ、弱い子だから、き、きっと、何度も逃げ出そうとするけどっ!」


 ぎゅ――っ。


 たまらない気持ちが溢れて、ハルトとガビ、そしてハナは、お互いをきつく抱きしめ、その温もりとそれぞれの熱い想いを確かめ合う。


「……分かった、ハナ。一緒に行こう。どこまでも、どこまでも。その代わり、。それが、分隊長リーダーとしての俺からの命令だ。俺たち『野良犬分隊』は最後まで一緒だ」



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