第三十一話 決断

『お、おまたせ、エ、エド。い、今、き、記念碑のところ。て、敵影はないよ』


野良犬ストレイドッグス分隊』の特技兵スペシャリスト通信兵RTO、エドは通信機から聴こえたハナの声に素早く動いた。


「こらこらこら! 声での通信は、って約束したでしょ、ハナちゃん!?」

『で、でもぉ……。ほ、他に伝える方法、な、ないんだよ?』

「まー。そりゃそうですけども」


 エドは仕方なしにその事実を認める。


「ってことはだね? その近辺に、敵さんの姿はないんだね?」

『う、うん。い、いちお、だ、大丈夫みたい』しばらく間が空いて、『な、なんでかね? こ、こっちの管制塔付近には、だ、誰も、い、いないんだよ? ど、どうしてだろうね?』


 ……たしかに。


 エドは難しい顔をして、近くに集まっていたモンドとチェンニを順番に見た。が、どちらも首をかしげるばかりだ。しかし、警備が手薄なことは、こちらにとっては都合がいい。


「多分、そこは長居ができないだろう? 身を隠すものがなにもないもんな。……そのすぐ下の、管制塔の建物、入れそうかい?」

『や、やってみないと、わ、分かんないよ……』

「じゃあ、やってみようか、ハナ」


 エドは、さらり、と言ってのける。


「多少無理でも、なんとかして入り込んでくれ。連中が避けているってんなら、余計に身を隠すには好都合だよ。おまけに、空港施設の機能掌握だってできちゃうからねえ」

『う、ううう……。エ、エド、い、意地悪なんだよ……』


 とん、とん、とん――。


 そこで通信が途絶えた。


(きっと、最後の合図は、ハルトかガビが送ったんだろうねえ、かわいそうに。さてと――)


 エドは猛スピードでキーボードを叩き、管制塔付近の監視カメラをメイン表示に切り替えて、潜入チームをバックアップすべく索敵サーチを開始する。たちまち、周りの音は聴こえなくなる――。




 ◇◇◇




 ――空港建設記念碑付近。



「って、ここからどうやって降りる気だよ、ハルト?」

「丸見えだからな……」


 少し小高い丘の上にあるこの場所は、サルーアン軍の『幻想世界の住人』たちがたむろする駐機場からも良く見えるはずだ。ススキに似た雑草が生い茂ってはいるが、堂々降りていこうものなら、目が良く、注意深い者がいれば、たちまち気づかれてしまう可能性がある。


「少し戻ったところに階段があったろ。あれを使ったらどうだ?」

「駐車場側で哨戒しているヤツの方が厄介だね。なら、まだこっちをい降りた方がマシだぜ」


 その点に関しては、ガビの見立てどおりだろう。


 移動中にも観察を続けていたが、空港前の広い駐車場は、オークとゴブリン混成の哨戒兵パトロールが定期的に巡回しているようなのだった。あまり敵を発見することがないためか、すっかりだらけた様子ではあったものの、見つかれば相当面倒なことになるのは疑いようがない。


「仕方ない。なら、斜面を這って降りよう。最後にフェンスがある。ハナ、抜けられるか?」

「ど、道具が、あ、あるんだよ? お、音が少し、で、出るけど」


 背嚢バックパックからハナが取り出してみせたのは、大きなワイヤーカッターだ。


「よし、それでいこう。だが、時間はかかってもいい、なるべく音は立てるなよ?」

「み、みんな、む、無茶ぶりすぎるんだよ……」


 言うのはカンタンだが、実際にやるのはハナだ。

 さっきのエドといいハルトといい、人づかいの荒い男どもである。


(い、行くよ? つ、ついてきて?)


 空港建設記念碑が設置された丘の縁に立っている丸太を模したコンクリート製の柵の手前で、ハナは姿勢を低くし、地べたに寝転ぶ。ハルトとガビもそれにならった。その姿勢を維持し、いわゆる匍匐ほふく前進の状態で雑草の生い茂る斜面を降りていく。季節が初夏で幸いした。


(ふ、ふたりとも、く、草、ゆ、揺らさないで?)

(……努力する)


 ハナは小柄だからいいが、ハルトはもちろん、MMAの女子選手だったガビの体格も決して小さいとは言えない。それでもガビはていねいにハナの通ったルートをトレースし進んで行く。


(ヘイ、ハルト。あたしのぷりっぷりのお尻、ガン見しながら追い駆けてくりゃ良いんだって)

(――っ!?)


 這いつくばっているものだから、視界にはそれしか入ってこない。調子に乗ったガビは、わざと大袈裟に、より魅力的に見えるように――ガビ本人は、だが――下半身をくねらせて進む。


(い、いちゃつくのは、あ、あとにして欲しいんだよ……)


 ……これで、付き合っていない、とは?

 ただ、呆れるしかないハナだ。


(も、もうすぐ、つ、着くよ? ――ほ、ほら!)

(さすがだ、ハナ。引き続き頼む)

(た、頼む、じゃ、な、ないんだよ!?)


 いい加減、ハナもしびれを切らして文句を言う。


(さ、作業中は、ま、周り見てられないから。ふ、ふたりは、み、見張りをして欲しいんだよ?)

(悪い悪い……)


 ぷーっ、と膨れたハナのお怒りモードに、ハルトはたじたじだ。そんなに任せきりにしたつもりはなかったのだが、ハナにしてみれば負担だったのだろう。ガビの背を叩き、合図する。


(もちろん、そっちは任せてくれ。ガビはそっち――駐車場側を頼む)

へーへーアイアイ船長キャプテン

(やれやれ……)


 また大袈裟にヒップを振りながら進んで行くガビを、ハルトはなかあきれて見つめている。


(や、やれやれ、な、なんだよ……)


 その様を、見とれていると勘違いしたハナが、さらにその上を行く呆れ加減で見つめていた。




 ◇◇◇




 一一〇〇――。


『タンゴ指揮官コマンダーより「野良犬ストレイドッグス」へ、タンゴ指揮官コマンダーより「野良犬ストレイドッグス」へ、聴こえるか? どうぞオーバー?』

「おっとぉ!?!?」


 やれることといったら深夜の警備員レベルの状況で、少し退屈しかけていたエドは、思わぬ緊急事態に慌てて跳ね起きた。


 手探りで通信機を手に取り、二度、三度、喉の調子を整えると、


「えー! こちら『野良犬』! ばっちり聴こえておりますとも!」

『……ふむ。エドだな? どうだね、調子は?』

「そりゃあもう!」


 現在の状況を知られるのは……マズい。


「ええと……調子が良かったり、悪かったりですよ! 人生、良い時もあれば、悪い時もある! そういうモンですからな!」

『……お前は近所の爺様か』


 途端、無線の向こう側にいる指揮官、タキ・入瀬いるせの口調にいぶかしむ様子が感じられた。


分隊長リーダーはどこだ、エド? 替われ』

「それがですねー……。、ちょーっとばかり、席を外しておりまして……!」

『お前は使えない新人社員か。いいから「替・わ・れ」と言っている』


 うひぃん! マズいっ!!

 あきらかになにかを察知したトーンだ。


 それでもなんとか必死に取りつくろおうと、エドが頭をフル回転させて口を開きかけたその時。


『まさか……。勝手な行動はしていないよな、エ・ド?』

「ハ、ハハハ。マサカー」

『………………今すぐ白状しろ。減刑してやる』

「り、了解でありますイエス・マム!」


 エドの灰色の脳細胞は、即座に最も正しい判断を下した。




 ◇◇◇




 かくかくしかじか……と、ただ黙って聞いているタキが呆れるほど、エドの口はオリーブオイルでも垂らしたかのように、実に滑らかに動いた。


「ふむ――大体把握したよ、エド」


 ……こいつは捕虜になったらダメなヤツだな。

 いざというその時のために、自害用の毒でも持たせた方がいいかもしれない。


 そんな不穏すぎる心中は丸ごと隠しおおせたタキは、端的にこう告げる。


「まあ、悪くない判断だ」

『えええっ!? マジっすか!?!?』

「お前、『マジ』とか余計な日本語覚えるなよ……。まあ、それはさておき、だ。ハルトたち潜入チームは、今のところ問題ないのだな?」

無問題モーマンタイであります!』


 そこでタキは集結しつつある試練生たちを振り返り、こう言葉をつなげる。


「……だが、こっちは問題大アリでね。予想以上に後続部隊の集まりが悪い」



 目下、タキの頭を悩ませているのがそれだ。


 上陸後、オキナワ・ベースからの『ポータル』の跳躍ジャンプ地点ポイントとして、タネガシマ宇宙センター内の区画を座標として通知・設定したのだが、元々の転送容量があまりにも低いのである。オキナワ側は、それこそ全島停電もさない覚悟でありったけの電力を『ポータル』に振り分けているのだが、それでも一小隊受け入れるのに、優にはかかってしまっていた。


 なんとかはやる心を抑え、最初の一小隊の受け入れまでを見届けてからタネガシマ宇宙センターを後にしたタキたちタンゴ小隊の本隊だったが、受け入れ作業を任せたヤンキー小隊を率いるヤーンからの連絡によると、状況は改善するどころか時間をるごとに悪化しているらしい。



(一度、戦闘をはじめてしまえば、もう後には引けなくなる、か……)


 サルーアン教皇国側にどのような通信手段が存在しているのか、統一政府の研究機関の総力をもってしても、いまだそれはあきらかではなかったが、開戦の知らせはまたたく間に伝播でんぱしていくだろう。そうなれば、時間的不利はどうやってもくつがえすことができなくなってしまう。


(かと言って、我々はもう後戻りはできない。それに、なにより――)



 これでは、ディーコンに逢わせる顔がない。

 まったくの無駄死にだ。



(私たち個人指導教官チューターズのような『バケモノ』に、まっとうな死生観があるかどうかは別だがね)



 きっとお前は、今頃『地獄』にいるんだろうよ。

 この私を『フッた』のだから。


 まあ、近いうちに私もそちらに行くさ――私たちにふさわしい場所に、な?



 しばしタキは、唯一幸せと呼べた時間に思いをせ、くくっ、と笑い声をこぼす。


『あのう……タキ指揮官殿? お加減でも?』

「ぷっ……。い、いや、なんでもない。なんでもないともさ」



 タキは自分自身に呆れたように首を振り、口調を改め、こう続けた。



「いいかね、エド?」



 そして、自分自身のその馬鹿げた判断にも。



「私たちも、今ある数だけで合流する。敵想定戦力は一〇〇〇と言ったな? ああ、やってやろうじゃないか――」



 これを『私怨』と呼ぶなら呼ぶがいい――。

 タキは、ニンゲンの抱く『それ』が、いかに恐ろしいものであるかをすでに知っていた。



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