第二十九話 喧嘩するほど仲が良い

 一〇〇〇――。


『つまり……こう言いたいのか? 「野良犬ストレイドッグス」ども?』


 どうやらまだタキたちタンゴ小隊の本体は、中種子なかたね町を通過したあたりらしい。通信機の向こう側でタンゴ小隊を率いるタキ・入瀬いるせ指揮官は、すっかり観念したように今しがた耳にしたばかりの情報を繰り返した。


『タネガシマ空港には敵の軍勢、約一〇〇〇が控えていて、その中にはドラゴンまでいる、と』

「そうだ。だが、勝算はある」

『それはなにかね? さっき言っていた「ドラゴン攻略法」かね?』

「そうだ」

『おいおいおい! ぶっつけ本番、リハ無しなんだぞ!? 冗談はやめてくれ!』


 きーん、とスピーカーがハウリングを起こし、ハルトは顔をしかめて受信機を耳から遠ざけた。


『大体、サルーアン側の操る「魔導」の分析すら、我々にはできていない! 私たちの「科学」の理屈と範疇だけですべてが判断できるとは到底思えない「異世界」のシロモノなんだぞ!?』

「そうは言うけどさ、タキ?」


 エドが堪らず口を挟んだ。


「誕生から進化の過程まで、まったく別の星の生き物ってワケじゃないんだ。同じような進化を経て、最終的には高度な文明を築き上げた『人類』って同じゴールに辿り着いた。類似性が認められる生物だって多い。なら、僕たちの世界と同じ物理や化学の法則が成立するはずだろ」

『ふむ――一理あるな……』


 別の銀河系の、別の星系の別の星の話であったなら、そもそも生物を構成する主たる要素がタンパク質ですらない可能性はあっただろう。金属? 液体? はたまた、気体?


 それと比べれば、はるかに信憑性の高い仮説だと言える。

 だが、それでもなおタキは、同意することを躊躇した。


『ただし、ドラゴンの生態に関しては、統合政府のデータベースにも一切記録がない。つまりそれは、遭遇して生還した個人指導教官チューターズがいない、ということだ。なにをしてくるかは未知だ』

「それこそ、かもしれない。なあ、ハルト?」

「だから……。それはだろ、エド!?」

「ヘイ! 言い争ってる場合じゃねえだろ! ……このっ!」


 またもやハルト対エドの戦争が再燃しそうになり、慌ててガビが割って入った。腕力に限って言えば、最強対最弱の戦いなのだが――結構良いセンで張り合えているところが妙に面白くもある。だが、放っておけばどちらかが――まず間違いなくエドだが――怪我をしかねない。


『ともかく、だ――』


 タキは溜息をつくと、『野良犬分隊』に命じた。


『お前たち「野良犬分隊」は、現在の位置を確保しつつ、空港内の様子を引き続き探れ。「ポータル」が壊されていないかどうかを最優先で確認しろ。加えて、逃げ遅れた生存者もな?』

了解したイエス・マム


 そうだ。

 まだハルトたちにはやるべきことがあるのだ。


『私は、後続の部隊を待ってから合流する。通信終わりオーバー・アンド・アウト




 ◇◇◇




「今、どこまで進んでるんだ、エド?」

「ん? ハッキングのことかい?」


 エドはハルトの問いに顔を上げ、分隊員たちに見えやすいようにノートPCの向きを変えた。そして、横合いからキーボードを叩くとスクリーンが変化して、十六分割された。


「施設内にある監視カメラならこのとおり。駐車場、駐機場、出発カウンター、搭乗口、管制室、その他諸々ってとこだ。多分、見落としはないと思うね」

「し、白黒なんだね……」

「それは元からだよ、ハナちゃん」エドは思いがけないツッコミに苦笑する。「A.I.に学習させて、色彩を復元することだってできるけれど、需要ないでしょ? グロいだけだぜ?」


 そのやりとりを難しい顔つきで見ていたチェンニにエドが気づく。

 チェンニはいつものようにひと言も発しなかったのだが、


「……え? なんか変だな、って? どうしてそう思うんだい、チェンニ?」


 あいかわらず不思議なコミュニケーションだ。

 そう思っているのはハルトだけではないらしい。


「ヘイ! チェンニはなんて言ってるんだ、エド?」

「ガビも分からないのかよ……」

「はぁ? そりゃ、チェンニの声が聞き取れるのは、エドだけだからな」


 当たり前のようにそう言ってのけるガビだったが、とんでもなく不可思議な状況であることにはまるで思い当たらないらしい。ハルトだけが目をいてチェンニとエドを見比べている。


 ともかくだ。

 チェンニいわく。


「こんな雑多な混成部隊で、一定の統率がれているように見えるのは何故か、か。なるほど」


 たしかにチェンニの(?)とおりだ。


 ざっと見ただけでも、コボルトにゴブリン、オークが入り混じった渾然一体とした状況なのにも関わらず、好き勝手に行動しているというワケでもないように見える。物資を運んだり、ドラゴンの世話をしたり、武器を手入れしたり、食事――らしきものを作ったりと忙しい。


 人間から見れば、どれもこれも灰色がかったくすんだ緑色の肌をした似たような亜人でしかないが、彼らの中ではそれは明確に区別されているようだ。統合政府のデータベースにも彼らを分析したデータは多くはないものの存在し、別種の生き物である、と結論づけていた。



 となると――。



「モンドはどう思う?」

「い、いや……おらには……」

「モンドは動物たちの生態を良く知ってるだろ? それと同じように考えてみてくれればいい」

「……うス」


 かなり不安げな顔つきだが、モンドなりにつちかってきた「自然界の常識」と照らし合わせて考えているようだ。


 しばらくして、あ、と声が出る。


「どうした? なにか分かったのか?」

「分かった、のがは、分かんねスけど――」


 モンドはスクリーンに映っているひとつの監視カメラの映像を太い指で指した。


「ここ……ここス。ここ通るたんび、連中、この右側をやけに気にしてるッス。おびえてる、のが、けてる、のがは分かんねスけど……なにがあるッス?」


 モンドが話し終わらないうちからキーボードを叩いていたエドだったが、


「……ん? おかしいな。そこの監視カメラだけが映ってない」

「故障でもしてるのか?」


 エドはしきりに首をひねり、何度もトライする――が、状況は変わらないようだ。


「空港施設のすべての設計図から要項図までもう一度チェックしてみたけれど、そこを映す監視カメラがあるのは間違いないんだ。それに、その監視カメラ自体に搭載されている自己診断プログラムも実行できた。つまり『』――」

「まさか……」

「その、まさか、っぽいね」


 今まで陽気に振舞っていたエドの表情が固く強張っている。


「ここには……『誰か』がいる。少なくとも、監視カメラがなんなのかを理解していて、その機能を無効にする方法も知っている。ただ、分からないのは……その『誰か』が、敵なのか、それとも味方なのか、ってことだ」




 ◇◇◇




 それから何度か別角度からのアプローチを試みたものの、思うような成果は得られなかった。



 ハルトたち『野良犬分隊』が直面している問題とは、


『ポータル』の所在とその安全の確保。

 監視カメラに映らない『謎の人物』の正体。


 このふたつだ。



 タネガシマ空港奪還にあたって、このふたつを明らかにすることは必須だと言えるだろう。作戦の実行時にはもちろんのこと、撤退せざるを得ない状況に陥った際にも、どちらの判断材料ともなり得るからだ。


 そして今、

 ハルトたち『野良犬分隊』は、二分された状態で言い争っていた。


「ここでなにもせず、ただ待っていたところでなんになる!? 少数精鋭だからこそやれる!」


 隠密行動にて空港敷地内に侵入し、ふたつの問題を解消すべきだというハルトたちと。


「単独で突っ込んでいって、見つかったらどうするんだよ!? タキたちを待つべきだろ!?」


 あくまで全体としての作戦遂行を優先し、そのために生じる時間的浪費も容認するというエドたちとの争いである。


「タキを待っていようが、どのみち誰かが探らなきゃいけないことだろ? なにが違う!?」

「ったく。しらばっくれるんじゃないよ、ハルト」


 エドだってハルトのことはもうかなり理解している。

 そうカンタンに騙されてやりはしない。


「バックアップがいない、ってのが一番の問題でしょうが!? もしやつらに見つかっても、誰も助けちゃくれないんだぞ!? どうやって一〇〇〇を越える軍勢とやりあおうってのさ!」

「……見つからなきゃいいだけだ」


 あっさり騙されてくれなくなったエドの対応に、子どものようにハルトはねてみせる。


「誰もやり合いたい、だなんて思っちゃいない」

「ふむ――って、この僕が納得するとでも思ってんのかね、分隊長リーダー殿? 君みたいな脳筋――いや……なんかこう……今ひとつ、しっくりこないな……」


 エドは急に考え込むそぶりをみせると、ぱあ、と顔を輝かせてこう言葉を繋げる。


「そうだ! 君のような『』ならきっと思っているし、夢見ているんだろう? 自分ならきっと――この俺様ならば、必ずや連中を追い払ってみせるのに、って!」

「いやいやいや。もうそんなこと、考えちゃいない」


 そう、こうやってしばしばエドは、かつての親友のごとき辛辣な言葉を投げかけてくる。そのおかげでハルトは、冷静な状況判断も、勇気ある決断もできるのだ。


「俺たちには、他の仲間たちにできないことができる」

「それが! 下らない英雄願望だ! って言ってんの!」

「違う違う! そうじゃないって! 俺たちにはエドがいる……だろ?」

「そりゃいるさ。いるけど?」

「エドがいれば、監視カメラ経由で敵に出喰わさないよう、潜入部隊をうまく誘導してくれる」

「お、おいおいおい……。それは買いかぶりすぎだから」

「へえ。………………できない、ってことか?」


 ハルトが駄目押しでそう付け加えると、エドは途端に、むすり、と仏頂面になる。


「できない、とは言ってないじゃないの」

「じゃあ、問題ないな?」

「あー、もう! くそっ!!」


 エドはやり場のない怒りに、通路の脇に立つ鉄柵を蹴飛ばそうとし――痛そうなのでやめた。


「やるよ、やる! やってやりますよ、もう!」


 とうとう根負けしたエドはヤケクソ気味にキーボードを叩き、ついでに背嚢バックパックをごそごそあさって、取り出した目当ての物をハルトに押し付けるように差し出した。


「潜入チームはそれを装着して。僕からの無線が聴こえるようにしてあるから。あと人選は僕がするよ? 僕とモンド、チェンニはここで待機。潜入チームはハルト、ガビ、ハナだ」


 賛成派、反対派とは別のチーム分けだ。

 その理由はすぐにもエドの口から語られた。


「僕ぁしばらくここから動けなくなる。だから、とびきり目が良くて、逃げるのにも役立つサバイバル知識が豊富なモンドが欲しい。そして、この標準式進入灯PALSの上なら、タンゴ小隊の中でもトップの成績を誇る狙撃手マークスマン、チェンニがいてくれさえすれば、誰ひとり近づけないからね」


 そして、次はハルトたちに向かってこう告げる。


「潜入と隠密行動なら、ハナをおいて右に出るヤツなんていやしない。そして、ハナのバックアップなら、いろんな意味でもガビが一番適任さ。ハルトは……まあ止めてもいくだろうから」

「……俺の説明だけ、雑じゃないか?」

「ちょっとした意趣返しってさ! 気にしてもいいし、気にしなくてもいい」

「よし。じゃあ、早速準備しよう」


 ハルトたちはエドから受け取ったお手製の受信機を耳孔に差し入れ、感度と音量を調整する。


 あとは、生存ナイフが一本。


 潜入経路を考えると、タイプ1は持ち込めない。しかし、さすがにそれだけでは心許ない。なので、ハルトは背嚢からなにやら取り出し、生存ナイフのグリップ部に巻き込んでおく。


「ようし。じゃあ、状況説明ブリーフィングだ――」


 エドはタネガシマ空港施設の、建築時のCAD図をスクリーンに映し出した。



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