第二十八話 ハッキング・ハイキング

 〇九〇〇――。


(ハナ、敵影は――?)

(い、今のところ、だ、大丈夫。こ、この辺には、い、いないよ?)


 鬱蒼うっそうとした森の中を『野良犬ストレイドッグス分隊』は慎重に進んで行く。

 エドが見つけた標準式進入灯PALSで、「あること」を試すためだ。


「ヘイ! ハルト?」

「ん? なんだ、ガビ?」

「な、なあ! タキを待ってなくていいのかよ? ドヤされるぜ?」

「タキは『そこで偵察を続けろ』と命じた。俺たちは命令に従うまでだ。違反はしていない」


 ハルトは肩をすくめ、ぬけぬけとうそぶいた。ガビは思わず目をく。


「うへぇ。マジかよ……。お坊ちゃんの癖に、たまにとんでもねえことしでかすよな、ハルト」

「タキが怖いか? ガビ?」

「はぁ!?!? ンなこと――!!」


(……しっ!!)

(むぐ……)

(動くなよ、ガビ……)


 突然、ハルトに左手で口をふさがれ、抱き寄せられて目を白黒させつつ頬を赤く染めているガビの背後から、ちろちろと舌をうごめかせる青銅色をした巨大な蛇が樹皮を伝って降りてくる。その動きから一瞬たりとも目を離さず、ハルトは太い首根っこを、さっ、と素早く押さえつけた。


「へ、蛇……!? デ、デケえ……!」

「大丈夫だ。こいつは、アオダイショウだ。毒はない。でも……さすがにこのサイズは……!」



 ……2メートル近くはありそうだ。


 よく言われる「毒蛇は頭部が尖っている」だが、このアオダイショウという蛇は、幼蛇の頃にはマムシと間違えられるほど色も似ており、頭部も尖った三角形をしている。だが、無毒だ。それでも、万が一噛まれれば傷口から雑菌が侵入し、破傷風になる危険性は否めない。


 この個体も、「人間」というすべての生き物にとっての「天敵」がいなくなり、空港もまともに機能しなくなって、大自然の中で悠々自適にのびのびと過ごし、大きく育ったのだろう。



「よしよし。ほら、行け」

「た、助かったぜ……」


 ガビは役得とばかりにハルトに頬ずりせんばかりに抱きついた。


「あ、あたし、蛇、に、苦手なんだよなぁ……。さすが、ハルトだ! 頼りになるなっ!!」

「あ――あたしの?」

「細けえこと気にすんなって!」


 にひひ、とガビは笑い、離れ際にハルトの鼻をつまんでじった。


「幼馴染のところにきっちり送り届けるまでは、お前は『あたしの』だ。誰にも渡さねえよ」

「やれやれ……」


 この前の一件から、ぎこちなくなる、と危惧していたハルトだったが、これだ。


(み、見えたよ、ハ、ハルト!)


 と、先行するハナの合図に、『野良犬分隊』の面々は足を速める。天を仰ぎ見るハナの隣に立ち、同じように上を見上げると、巨大な鉄塔がそびえ立っていた。


「これが、標準式進入灯か。凄いな……」


 展望台からわずかに見えたその姿から推測すると、全長1キロメートルほどはあるだろうか。滑走路の先端からまっすぐ伸びたそれが、起伏のある地形にぽつりぽつりと根を下ろしている光景は、まるでモノレールの軌道のようでもある。


「昇ってみるかい、ハルト?」

「ああ、行こう。ダメで元々だ」

「え、ええ!?」


 ハルトとエドの何気ない会話に、思わずハナは悲鳴を上げた。その顔は青白い。


「の、昇る、って……! ほ、本気?」

「ほら、そこに梯子はしごだってある。まあ、誰でも自由に昇っていい、ってワケじゃないだろうが」

「あ、あたし……む、無理だよぅ……」

「もしかして、高所恐怖症か?」


 たしかに教練の際にも気になっていたことだ。垂直登攀とはんの際、いつもなら素早さがウリのハナなのに、もどかしいほどタイムが遅かったからだ。嫌な予感は当たってしまう。ハナはうなずく。


「こ、ここまで高いの……あ、あたし、む、無理だよぅ……。し、下で待ってていい?」

「それはそれで心配なんだが――」

「んなら、おら背負っていぐか?」

「……いいのか? モンド?」

「なんもなんも」


 モンドは、にこり、と人の良さそうな微笑みを浮かべる。


「山、登るの、好きスから。ハナっこひとりぐれ、軽いモンス」

「よし。任せたぞ」


 え? え? と怯えるハナを、モンドは、ひょい、と持ち上げ、自分の背嚢バックパックの上に、ちょこん、と座らせてしまった。このふたりだけ見ていると、スケール感がおかしくなりそうである。


「じゃあ、行くか!」




 ◇◇◇




 数十分後――。


 ハルトたち『野良犬分隊』の面々は、鉄塔の頂上、標準式進入灯の上に設けられた、キャットウォークのような作業用通路にいた。下では微風だったが、ここでは強く感じる。


「見つけたか? エド?」

「あったよ、あった! ありましたよ――!」


 しめしめ……と手をすり合わせながらエドが忍び足で近づいていく先に、それはあった。


「監視カメラ……?」


 ガビがいち早く気づいたようだ。


「ヘイ、エド! そのオモチャで、一体なにする気だよ?」

「決まってるじゃあないの! 僕の大好きなハッキングのお時間さ!」


 運の良いことに、空港側にあたるハルトたちのいる方向とは逆――飛行機が進入する方にカメラ・アングルが固定されていた。後ろから接近したエドは、ポケットから取り出したハンカチで、がばっ! と丸ごと覆ってしまう。


「お、おいおいおい! そんなことやって、連中に気づかれねえのかよ!?」

「ん? 大丈夫じゃないの? ……多分だけども」


 監視カメラが生きている可能性はゼロではなかったが、エドは「連中に、科学なんて理解できやしないって」とゴリ押しして作業を続ける。


 まるで水を得た魚のごとく、エドは初見のはずの監視カメラを瞬く間に分解していった。そして必要なコード類だけを引っ張り出すと、背嚢から取り出した別のコードとより合わせてノートPCと接続してしまう。あとは、ひたすら、カタカタ……とキーボードに指を躍らせる。


「まさに天職だな」

「まあな」ガビが苦笑する。「神様は、絶対に与えちゃダメなヤツに、とんでもねえスキルをお与えになっちまったのさ。エドにかかれば、統合政府のデータベースだって、ただの箱だよ」

「それで、か」


 ハルトは懐かしい気持ちで『野良犬分隊』と出会ったあの「運命の日」を思い出していた。


「よぉし! 出た出た! 出ましたよっと!!」


 ……早すぎるだろ。

 半ば呆れながらもハルトたちはしきりに手招きするエドの周りに集まった。


 そこには――。


「………………凄い数だな」


 真っ平らなコンクリート敷きの広場一面を埋め尽くすように、おぞましい姿の『幻想世界の住人』たちが群れていた。右側にあるのは、空港施設だろうか。左の奥の方には、管制塔らしき建物が見えている。そして、さまざまな姿形の雑兵たちがせわしなく動くその中に。


「クソッ! ドラゴンだ……!!」


 透けるような皮膜を張った大きな翼をはばたかせ、ゆっくりとホバリングするかのように高度を下げる巨体。赤黒く、ぬめるようなてらてらした鱗に覆われたその姿は、展望台の上を通過していったあの姿、そのものだった。そのはばたきひとつひとつが強烈すぎるのか、真下にいたコボルトやゴブリンらしき姿が、ころころ、と転げて、次々とフレームアウトしていく。


「デカすぎるぜ……」


 ガビの口から思わず漏れ出た呟きが、その脅威の片鱗を物語る。


 しかし。

 ハルトの脳裡にはひとつの疑問が生じていた。


「なあ、エド? 聞いてもいいか?」

「おっと! 久々だね! もちろん、いいとも!」

「こいつ……こんな巨体で、どうやって空を飛べるんだ?」

「あらららら……」エドはたちまち目を丸くする。「そりゃ、僕に聞くのは筋違い、ってモンでしょ? 知るワケないじゃないの!」

「い、いや、想像で構わないんだ」


 だが、ハルトはそれだけで終わらせるつもりはなかった。


「さっき、2メートルはあるアオダイショウを見つけた。それでも、直径は5センチメートルくらいだろう。重さは……1.5キログラムくらいだった。動くから、誤差はあるとしてもだ」

「ふむ――」


 エドはハルトの独り語りに興味をそそられたようで、キラキラと目を輝かせた。


「――それで?」

「世界で最も体重の重い『飛べる鳥』、ってなんだ、エド?」

「おっと。クイズかい? 面白いね!」だが、エドにかかれば秒殺だ。「ええと……アフリカオオノガン、ってのが最大らしいぜ。18キロあるらしい。体高は、150センチもあるぞ!」

「じゃあ、あのドラゴン、どのくらいのサイズだ?」

「……さあ?」

「でも、ヤツは飛べる――」ハルトは辛抱強く続ける。「下で転げまわってるコボルトやゴブリンがいくらデカかろうと、そこから逆算すれば、あのドラゴンの大きさのおおよそが分かる」

「ははぁん、読めてきたぞ……!!」


 エドは興奮気味にキーボードを叩きはじめた。

 が、ガビや他の分隊員たちは、ハルトとエドが話している内容がさっぱり分からない。


「ヘイ! ハルト! エド!!」


 しびれを切らしてガビが横から割り込んだ。


「あたしたちにも分かるように話せって! なにをやってんだよ、お前らは!?」


 そこでハルトとエドは顔を見合わせ、にんまりと笑った。

 そして、告げる。


「あのドラゴン、実は物凄く軽いんじゃないか、って話さ! 魔法でも使ってない限り、な?」




 ◇◇◇




 長い時間かけて、ようやっとエドの導き出した数値は――。


 全長20メートル、全幅10メートル、体高3メートル。

 それが、あのドラゴンの推定スペックだ。



「うーん……。でもさすがに、重さまでは算出しようがないぜ……困ったね」

「着陸時のカメラの揺れや映像の乱れは一切なかった」


 ハルトは見逃さないように瞬きを我慢していたため乾いてしまった目を、ぱちぱちと開け閉じしてわずかな涙液を絞り出す。もし仮に、ドラゴンの体重が見た目どおり重ければ、着地の際には相当の振動が伝わるはずだ。しかし、周囲にいたコボルトやゴブリンたちがこうむったのは、ドラゴンの両翼から生み出された暴風による被害だけだ。ふわり――そんな着地だった。


 その時、監視カメラが伝える映像に、変化があった。


「御者役のゴブリンが降りてきたぞ……。首の付け根に鞍が付けてあるらしい。……あっ!!」


 操り手不在のドラゴンが、途端に自由を得たと言わんばかりに暴れはじめる。すると、その周囲にいたゴブリンたちが次々と縄を投げ、地面にひれ伏させるように押さえつけはじめた。


 ドラゴンはもがくが――動きが取れない状態に諦め、おとなしく身体を丸めて座り込んでしまった。


「ゴブリンたちが投げた縄で押さえつけられたら、ドラゴンは飛べないのか……?」



 コボルトとの交戦経験があるハルトは分かる。


 たとえ小さな身体でも、コボルトたちの筋力は想像をはるかに超える。だが、それはあまりに小さい体格であるがために、そこからあれほどのチカラが発揮されるとは思わなかったからだ。効率的な身体構造ではあるものの、やはり一匹一匹を見れば、非力なことは否めない。



 暴れるドラゴンを制するために、縄で押さえつけに動いたゴブリンは八匹だ。


「もし仮にだ、エド」


 ハルトはイメージする。

 それはMMA時代の経験と肌感覚により導き出された『勘』だ。


「あのドラゴンの首に投げ縄を引っかけて、このダットサンのフルパワーで引っ張ったらどうなると思う? 俺の予想では、あいつはそれだけでもう空には飛び上がれない。重すぎるし、引っ張り上げるだけの揚力も生み出せない。自分の身体だけでも精一杯なはずなんだ……」

「たしかにね……。でもさ?」


 エドは同意したが、


「誰がそれをやるって言うんだい? あいつは死に物狂いで暴れるだろうし、厄介な長い尻尾もある。それに、ドラゴンと言えば……火だろ?」

「あいつが火を吐くところを一度でも見たのか?」

「いんにゃ」

「……なら、迷信かもしれないだろ!?」

「……ホントかもしれないじゃないの!」


 ハルトが、エドを睨みつける。

 エドが、ハルトを睨みつける。


 身を乗り出し、鼻の先がくっつくほど接近して、一歩も引かずに睨み合う。


「この、屁理屈男……っ!!」

「この、脳筋野郎……っ!!」


 今度はどちらでもない。ふたり同時に、ガビの拳が容赦なく脳天めがけ振り下ろされた。


「「痛っ!?」」


 ガビはふたりを乱暴に引き離し、呆れ顔で告げた。


「ヘイ! いー加減にしろって! お前ら、仲が良いのか悪いのか、はっきりしろよ!!」


 そこに、通信機の呼び出し音が鳴り響く。タキに違いない。



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