第二十五話 タネガシマ上陸
〇一〇〇――。
真夜中を過ぎ、辺りが再び漆黒の闇に包まれた頃、タキ・
「タキ? 大丈夫か、タキ指揮官?」
「……ああ。とりあえず、クソのような気分からは
道中、タキはこう語った――ディーコンとは、かつて恋人同士だったのだよ、と。
もう、とっくに別れたがな――だがしかし、ディーコンの死を目の当たりにしたタキの
(『
(いや、違う。恐らくこれも、統合政府が密かに企てた計画の一部なんだ。……叛逆のための)
そう考えれば、すべてが繋がってくる。
「ハルト・ラーレ・黒井
「ああ。問題ない。デルタは東側に
「そうか」
ハルトたちがいる竹崎港より、北北東に4.0キロメートルほど北上した位置に、かつての
デルタ小隊は、ディーコンという優れた指揮官を失った。だがしかし、彼らの士気は下がるどころか、むしろ活気に満ち満ちていた。それでも、指揮官と分隊長をひとりずつ欠いたことによる戦力低下は否めない。
そこで、抵抗がより少ないと予測されるマスドライバー奪還および占拠を彼らに任せたのだ。
「さて……と」
タキは、むくり、と起き上がる。
「ふむ――。こっちはどうかね、ハルト? 敵の存在や、なんらかの動きは確認できたのか?」
「それが、どうもアテが外れていてね……」
操舵室の窓越しに、
「今、モンドとチェンニが、あそこの小島に渡って偵察しているんだが、歩哨どころか、物陰ひとつ確認できないみたいなんだ。この状況……指揮官として、タキはどう判断する?」
「いや。ある程度、予想はしていたことだ」
タキはさほど考えることもなく
「サルーアンの軍勢が優先するのは、目の前にいる抵抗勢力の殲滅だ。いわゆる『ローラー作戦』という古典的な手法だよ。敵を見つけたならば、徹底的に叩く。そして、根絶する――」
「つまり……こっちまでは、手が回っていない、そういうことか?」
「だな」とタキ。「もちろん、断定はできないがね?」
「分かった」
ハルトは
「どうするつもりかね?」
「『
「………………気をつけろよ」
「
ハルトは敬礼をし、仲間たちの下へと急ぐ。
◇◇◇
(……よし。ハナ、先行して周囲を探れ。他の者はすみやかに散開――)
小型のゴムボートに乗り込み竹崎港近くの岩まで接近した『野良犬分隊』は、寄せる波の揺れに合わせて上陸する。足場が悪い。それでも小柄な
(……どうだ?)
(なにも発見できねスね)
(よし、もう少し先まで進もう)
コボルトやゴブリンは、夜目が利く。とはいえ、松明やランプなどの灯りがまったくなければ、そう遠くまでは見えないはずだ。夜の港に街灯はない。月明かりだけが頼りだ。
と、ハナが戻ってくる。
(だ、誰もいない、み、みたいだね)
(よし。よくやった。タキに合図を送ろう)
(んじゃ、僕がやるよ――敵・影・確・認・で・き・ず。進・ま・れ・た・し)
――ぶるん。
エドがランタンで送った合図に応じるように、LCU‐2000級のエンジンが低い
「よくやった。ひとまずは無事、上陸成功だな」
最後の一台に乗っているタキが窓から顔を覗かせ、ハルトたち『野良犬分隊』を
「作戦どおり、まずはタネガシマ宇宙センターと竹崎射場を確保しよう。その上で、オキナワ・ベースに『ポータル』の
タキたち
そこで、宇宙センター内に『ポータル』からの跳躍受け入れ区画を設ける作戦予定なのだ。
「座標を送り、最初の連中が無事跳躍してくるまでは留まる必要がある。が――」
タキはハルトたちを見つめ、命じる。
「お前たち『野良犬分隊』は予定どおり単独先行し、侵攻ルートを確保しろ。目的地は――」
「
「おい、ハルト――?」
タキはいつになく真剣な眼差しで最後にこう加えた。
「充分警戒して進め。これ以上私は、もう、なにも失いたくない。すぐに後から追い駆ける」
「……
遠ざかっていくハンヴィーのテールライトを見送る『野良犬分隊』の面々は、敬礼の手を降ろすと、互いを確かめ合うように無言で頷きあった。
そして、静かに、溶けるように闇の中へと消えていく――。
◇◇◇
あらかじめハルトたちの計画していたルートはこうだ。
ここ、竹崎港から県道75号線、通称・
「ただねえ……竹崎港の様子を見る限り、連中まだ西之表市内に
「俺もそう思っていたところだよ、エド」
LEDライトを
「連中の数がまだ把握できてはいないけれど、そもそも、指揮系統が機能しているかも怪しい」
「てぇと……。どういうことだよ、ハルト?」
「軍隊としてではなく、単なる徒党の寄り集まった一団として動いているんじゃないかと思う」
これは、しばらく前にエドとも話していたことだ。
サルーアンの軍勢、と言いつつも、いまだハルトたちが交戦した経験があるのは『幻想世界の住人』、その一種族の群れだけだ。
たしかにコボルト、ゴブリンなどは群れをなして行動する習性があることが知られているが、それらが雑然となった状態で、一個の軍として成立させるためには統率する者が不可欠である。
その統率者とは――。
「サルーアン教皇国は、向こうの世界……ええと、何て言ったっけ、エド?」
「異世界、『ヴェルデン・スクリーゲ』だね」
「そう、そいつだ」ハルトはそのまま続ける。「その『異世界の統治者』として君臨している人間族の国家だ。でも、肝心なそいつらがいなければ、残りは本能の
「ははぁん。だから、島の南側はまだ自由に動けるってことか」
「おまけに、どこが重要で、どこを押さえるべきかもご存知ないだろうしねえ」
エドはLEDライトを消し、折り畳んだ地図をフィールドパンツの後ろポケットにねじ込む。
「マスドライバーを確保に向かったデルタも、多分、拍子抜けしている頃なんじゃないかな? サルーアンの連中には、あんなシロモノ、なにに使う物なのかも分からないだろうからね」
「ありがたく、この機に乗じさせてもらおう」
ハルトは前を向く。
その時、ちょうど先を歩いていたモンドが足を止めた。
「どうした、モンド?」
「しっ――ッス」
いつになく緊張した面持ちのモンドは、暗闇に包まれた左右の森から森へと視線を移した。その巨躯の周囲に寄り集まり、『野良犬分隊』の面々は姿勢を低く保って警戒態勢をとる。
(ヘイ、なにか見つけたのかよ?)
(声が……したッス)
(声?)
(モンドはね、動物の言葉が分かるんだよ、ハルト)
(ぜ、全部じゃねッスけど――)
きっと、モンドの持っている『スキル』だろう。
耳を澄ますモンドの顔が険しくなる。
(
(どこからだ? 分かるか、モンド?)
(も少し先ス)
丸太のような腕が、すい、と上がり、進行方向にあるひときわ闇濃い森を指し示した。
(あの……お願いがあるッス、分隊長)
(なんだ?)
モンドは、すらり、と背中の
そして、こう告げる。
(おら、あいつらの声を無視できねス。だから、助けに行くッス。待っててもらえないスか?)
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