第二十五話 タネガシマ上陸

 〇一〇〇――。


 真夜中を過ぎ、辺りが再び漆黒の闇に包まれた頃、タキ・入瀬いるせ指揮官の率いるタンゴ小隊を乗せたラニーミード級汎用はんよう揚陸艇ようりくてい、LCU‐2000級は、種子島の南端、竹崎港を眼前に控えた波間で息を潜めていた。


「タキ? 大丈夫か、タキ指揮官?」

「……ああ。とりあえず、クソのような気分からはい上がってきたとも」



 道中、タキはこう語った――ディーコンとは、かつて恋人同士だったのだよ、と。



 もう、とっくに別れたがな――だがしかし、ディーコンの死を目の当たりにしたタキの憔悴しょうすいは目に見えてあきらかだった。それを見かねたハルトが、操舵と指揮を一時的に引き受けたのだ。


(『学校スクール』で学んだ知識や技術が、こんなところで役に立つなんてな……)


 あらがうタキをなんとかなだめすかし、薬のチカラを借りて仮眠をとらせたハルトは、はじめて目にした計器を前に、瞬時にどうすれば船が進むのか、自然と身体が動くことに驚いていた。


(いや、違う。恐らくこれも、統合政府が密かに企てた計画の一部なんだ。……叛逆のための)


 そう考えれば、すべてが繋がってくる。


「ハルト・ラーレ・黒井分隊長リーダー、デルタはどうした? 指示したとおりにしてくれたか?」

「ああ。問題ない。デルタは東側に迂回うかいして、マスドライバーの確保に向かってもらっている」

「そうか」


 ハルトたちがいる竹崎港より、北北東に4.0キロメートルほど北上した位置に、かつての宇宙航空研究開発機構JAXA管理下の大型ロケット発射場がある。現在は、そこに例のマスドライバーが建てられていた。その近辺の海岸から、デルタ小隊は上陸する予定となっている。


 デルタ小隊は、ディーコンという優れた指揮官を失った。だがしかし、彼らの士気は下がるどころか、むしろ活気に満ち満ちていた。それでも、指揮官と分隊長をひとりずつ欠いたことによる戦力低下は否めない。


 そこで、抵抗がより少ないと予測されるマスドライバー奪還および占拠を彼らに任せたのだ。


「さて……と」


 タキは、むくり、と起き上がる。


「ふむ――。こっちはどうかね、ハルト? 敵の存在や、なんらかの動きは確認できたのか?」

「それが、どうもアテが外れていてね……」


 操舵室の窓越しに、またたくカンテラの灯りを確認する――以・上・な・し。やはりだ。


「今、モンドとチェンニが、あそこの小島に渡って偵察しているんだが、歩哨どころか、物陰ひとつ確認できないみたいなんだ。この状況……指揮官として、タキはどう判断する?」

「いや。ある程度、予想はしていたことだ」


 タキはさほど考えることもなくうなずいた。


「サルーアンの軍勢が優先するのは、目の前にいる抵抗勢力の殲滅だ。いわゆる『ローラー作戦』という古典的な手法だよ。敵を見つけたならば、徹底的に叩く。そして、根絶する――」

「つまり……こっちまでは、手が回っていない、そういうことか?」

「だな」とタキ。「もちろん、断定はできないがね?」

「分かった」


 ハルトはかたわらに置いてあったカンテラを取り上げ、合図を送る――至・急・帰・還・せ・よ。


「どうするつもりかね?」

「『野良犬ストレイドッグス分隊』が先行する。周囲の安全が確保できたら、合図する。船を着岸させてくれ」

「………………気をつけろよ」

了解でありますイエス・マム


 ハルトは敬礼をし、仲間たちの下へと急ぐ。




 ◇◇◇




(……よし。ハナ、先行して周囲を探れ。他の者はすみやかに散開――)


 小型のゴムボートに乗り込み竹崎港近くの岩まで接近した『野良犬分隊』は、寄せる波の揺れに合わせて上陸する。足場が悪い。それでも小柄な先導兵ポイントマン、ハナは足元を見ることもなく岩の上を一気に駆け上っていく。そして、頂上少し手前で仲間に合図を送った。


(……どうだ?)

(なにも発見できねスね)

(よし、もう少し先まで進もう)


 コボルトやゴブリンは、夜目が利く。とはいえ、松明やランプなどの灯りがまったくなければ、そう遠くまでは見えないはずだ。夜の港に街灯はない。月明かりだけが頼りだ。


 と、ハナが戻ってくる。


(だ、誰もいない、み、みたいだね)

(よし。よくやった。タキに合図を送ろう)

(んじゃ、僕がやるよ――敵・影・確・認・で・き・ず。進・ま・れ・た・し)



 ――ぶるん。



 エドがランタンで送った合図に応じるように、LCU‐2000級のエンジンが低いうなりを上げる。やがて、ゆるゆると港に侵入してきたLCU‐2000級は右側の突堤とっていに船尾側から接岸し、ぱかり、と跳ね橋状のバウランプを降ろした。そこから、タンゴ小隊の仲間が用心深く姿を現わす。さらにその後ろから二台の高機動多用途装輪車両HMMWVのライトが闇を切り裂いた。


「よくやった。ひとまずは無事、上陸成功だな」


 最後の一台に乗っているタキが窓から顔を覗かせ、ハルトたち『野良犬分隊』をねぎらう。


「作戦どおり、まずはタネガシマ宇宙センターと竹崎射場を確保しよう。その上で、オキナワ・ベースに『ポータル』の跳躍ジャンプ座標ポイントを送る。まだ三分の一の連中が居残り中だからな」


 タキたち個人指導教官チューターズたちが必死にき集めてきた揚陸艇や掃海艇そうかいていだが、オキナワ・ベースのすべての人員を運べるほどの数と収容能力を持たなかった。なので、泣く泣く居残りを強いられた仲間を、安全に移動させる手段の確保が不可欠である。そのためには、ある程度の広さと、安全の確保が必要となる。


 そこで、宇宙センター内に『ポータル』からの跳躍受け入れ区画を設ける作戦予定なのだ。


「座標を送り、最初の連中が無事跳躍してくるまでは留まる必要がある。が――」


 タキはハルトたちを見つめ、命じる。


「お前たち『野良犬分隊』は予定どおり単独先行し、侵攻ルートを確保しろ。目的地は――」

生きているアクティブ『ポータル』が設置されているタネガシマ空港だったよな。了解だ、先に進む」

「おい、ハルト――?」


 タキはいつになく真剣な眼差しで最後にこう加えた。


「充分警戒して進め。これ以上私は、もう、なにも失いたくない。すぐに後から追い駆ける」

「……了解でありますイエス・マム


 遠ざかっていくハンヴィーのテールライトを見送る『野良犬分隊』の面々は、敬礼の手を降ろすと、互いを確かめ合うように無言で頷きあった。


 そして、静かに、溶けるように闇の中へと消えていく――。




 ◇◇◇




 あらかじめハルトたちの計画していたルートはこうだ。


 ここ、竹崎港から県道75号線、通称・西之表にしのおもて種子たね線沿いに島の東側から北上し、島のほぼ中央に位置するタネガシマ空港までの陸路を確保する。できるかぎり、道中に潜んでいるやもしれぬ敵勢力を捜索・制圧した上で、だ。


「ただねえ……竹崎港の様子を見る限り、連中まだ西之表市内にとどまっているんじゃないかな」

「俺もそう思っていたところだよ、エド」


 LEDライトをくわえ、地図とにらめっこ中のエドの推理に、ハルトは同意を示す。


「連中の数がまだ把握できてはいないけれど、そもそも、指揮系統が機能しているかも怪しい」

「てぇと……。どういうことだよ、ハルト?」

「軍隊としてではなく、単なる徒党の寄り集まった一団として動いているんじゃないかと思う」



 これは、しばらく前にエドとも話していたことだ。


 サルーアンの軍勢、と言いつつも、いまだハルトたちが交戦した経験があるのは『幻想世界の住人』、その一種族の群れだけだ。


 たしかにコボルト、ゴブリンなどは群れをなして行動する習性があることが知られているが、それらが雑然となった状態で、一個の軍として成立させるためには統率する者が不可欠である。



 その統率者とは――。



「サルーアン教皇国は、向こうの世界……ええと、何て言ったっけ、エド?」

「異世界、『ヴェルデン・スクリーゲ』だね」

「そう、そいつだ」ハルトはそのまま続ける。「その『異世界の統治者』として君臨している人間族の国家だ。でも、肝心なそいつらがいなければ、残りは本能のおもむくままに、目の前の敵めがけてがむしゃらに襲いかかる怪物モンスターでしかない。となれば、作戦もクソもないだろう?」

「ははぁん。だから、島の南側はまだ自由に動けるってことか」

「おまけに、どこが重要で、どこを押さえるべきかもご存知ないだろうしねえ」


 エドはLEDライトを消し、折り畳んだ地図をフィールドパンツの後ろポケットにねじ込む。


「マスドライバーを確保に向かったデルタも、多分、拍子抜けしている頃なんじゃないかな? サルーアンの連中には、あんなシロモノ、なにに使う物なのかも分からないだろうからね」

「ありがたく、この機に乗じさせてもらおう」


 ハルトは前を向く。

 その時、ちょうど先を歩いていたモンドが足を止めた。


「どうした、モンド?」

「しっ――ッス」


 いつになく緊張した面持ちのモンドは、暗闇に包まれた左右の森から森へと視線を移した。その巨躯の周囲に寄り集まり、『野良犬分隊』の面々は姿勢を低く保って警戒態勢をとる。


(ヘイ、なにか見つけたのかよ?)

(声が……したッス)

(声?)

(モンドはね、動物の言葉が分かるんだよ、ハルト)

(ぜ、全部じゃねッスけど――)


 きっと、モンドの持っている『スキル』だろう。

 耳を澄ますモンドの顔が険しくなる。


怖い・・助けて・・・、そう言ってるス。仲間・・殺された・・・・喰われた・・・・……そう繰り返してるッス)

(どこからだ? 分かるか、モンド?)

(も少し先ス)


 丸太のような腕が、すい、と上がり、進行方向にあるひときわ闇濃い森を指し示した。


(あの……お願いがあるッス、分隊長)

(なんだ?)


 モンドは、すらり、と背中のさやからくの字に湾曲わんきょくした大きなククリナイフを抜き払う。握るその手から肩口まで、き出しになった肌に、大蛇を思わせる筋肉のうねりが浮かび上がった。


 そして、こう告げる。


(おら、あいつらの声を無視できねス。だから、助けに行くッス。待っててもらえないスか?)



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