第二十二話 『野良犬』たちの宴
小さな影は、何枚も重ねたトレイのバランスを器用にとりながら駆け、嬉しそうに告げた。
「ご、ご
「いやはや。ご苦労様であります、ハナ隊長!」
お
「うはっ、いーモン揃ってんじゃないの! このジューシーなローストビーフなんて、一流レストランで出されてもおかしくないぜ。こっちは、っと……ぷりっぷりのロブスターときた!」
「ローストチキンも美味そうス」
「じゃあ、これはモンドに進呈しよう。……ん? チェンニは中華かい? 他のも食べなよ!」
「あ、あたし! こ、この、オムライス、食べたい!」
「どーぞどーぞ。決死の特攻から生還された隊長殿には、その権利がございますからして――」
わいわいと楽しそうに戦利品を分け合い、それぞれ好きな飲み物を手にして、
――かんぱーい!
と、プラスチックのカップをぶつけ合ったその時だ。
「ふーん……。出世したもんだねえ、ハナ。隊長ときたか」
「――っ!?」
――びっくう!
小柄なハナは驚きのあまり、ちんまりしたアウトドア・チェアから数センチほど浮き上がる。
暗がりからにやにや笑いを浮かべて顔を出したのはガビだ。
その後ろから、ハルトも顔を出す。
「まったく……。探したんだぞ? みんな、こんなところでなにしてるんだ?」
「え、えーと……これは、だね……?」
引き
それを
「あ! あたしたちが! エ! エドにお願いしたの!」
「そッス」
「……どういうことだ?」
「だ、だって……」
ハナはもじもじと身を捩りながら言葉を絞り出す。
「み、みんなのこと、き、嫌いじゃないけど……で、でもっ! や、やっぱり人の多いところは、こ、怖くって」
「おらもッス」あとはモンドが引き継いだ。「おらみたいな田舎モン、なに話したらいいか分かんねッス。いっぱい人がいで、楽しそうにしてでも、ひとりぼっちみたいに感じちまうんス」
「そうか……。チェンニも?」
こくこく、と
「ま、まあまあ。ガビもハルトも、どうか怒らないでやってくれないか――?」
エドはメガネを拭き、キレイになったそれを掛け直して苦笑する。
「
「でも、せっかくのパーティーじゃないか」
「だからこそ、だろ、ハルト?」
ハルトのセリフに応じたのは、意外にもガビだった。エドやハナ、モンドやチェンニの顔をひとつひとつ見つめ、にかっ、と笑ってみせる。
「せっかくのパーティーだからこそ、あたしたち『
「そうだな……うん、たしかにそうだ! この方がずっと楽しそうだな!」
「ヘイ、あたしの席はどこだ? どこに座りゃいい?」
「ガ、ガビはあたしの隣!」
「じゃあ、ハルトはここだ」
「お、サンキュー」
ハナの隣にあったビールケースにガビが座り、エドの隣にあった丸くて大きなすべすべの石にハルトが座る。と、結局隣同士なことに気づき、ふたりは顔を見合わせてくすくす笑った。
「じゃあ、改めて!」
――かんぱーい!!
遅刻してきたパーティー客のハルトとガビは、こっそりカップを打ち鳴らし、ぐびり、と。
「「ぶーっ!!!!」」
「おいおいおい。汚いなぁ、ふたり共」
ふたりの人間スプレーをまともに浴びるハメになったエドは、顔を
「汚い、じゃねえだろ、エドォオオオ!!」ガビは泡を喰って噛みついた。「ここここれっ! 酒じゃねえか! アルコールじゃねえかよ!? 思いっきり飲み込んじまったじゃねえか!」
「……はぁ? そりゃ、あーた、パーティーだもん」
「ああああたしは、まだ、
「あははは! 言わなきゃバレない、バレないって」
慌てふためくガビを尻目に、壊れかけのサマーベッドにごろりと横たわって
年季の入ったノートPCから、古き良き旧世紀に流行したムーディーな歌が流れ始めた。
「大体さ? 日本とアメリカくらいだよ、それ? 欧州連合じゃあ、十六歳から飲めるんだし」
「あたしはこれでも生粋の日本人だっ……
ぐらり――と視界が傾いた。
「なんてことしやがるん
まさか。
(ね、ねえ、エド? も、もしかして、ガビ、よ、酔っぱらっちゃったんじゃないの!?)
(いやいやいや! そんな、まさか!)
(このカップ、なにが入ってたんだ? 俺のと違うのか?)
(おんなじおんなじ!
(………………え?)
そう言われたハルトは、飲み残しのカップの中身に再び口をつけてみる――うん、たしかに。
「お、おいおいおい! しっかりしろ、ガビ! これで酔っぱらうようなことはまずない――」
「えへへー! ハールートーだー! このこのこのーっ!!」
「だぁあああ!? 技をかけるな! 関節を
しかし、どうみても今のガビは、泥酔状態である。やたら、ふにゃふにゃごろごろとハルトにまとわりついてきて、ひしっと抱きついたかと思うと、唐突に左腕の肩関節を極めてきた。
痛い――痛いのだが、それ以上に頬をすり寄せる甘えたポーズのガビの姿の方が痛々しい。
「こーらー! にーげーるーなー! つっかまーえたー、えへへー!」
「分かった分かった! 逃げない! ここにいてやる、お前の
むふー! と大変ご機嫌なガビ。そして、また、ぐびり。
ハルトの左腕に両手で抱きつき、にこにこー! としている。
案外悪い気はしなかったが――それより心配なのは、エドのことである。
「一応、忠告しておくんだが……もしこの一連の流れ、ガビが丸ごと覚えていたとしたら――」
「や、やめてやめて! 怖い怖い!」
「……忘れていることを」
「……祈るとしましょう」
束の間の静寂の中、『野良犬分隊』の仲間たちは、うんうん、と何度も何度も頷きあうのだった。
「にしても……よくこんな場所見つけたな?」
普段、試練生や教官たちはあまり基地内にあるこの海岸を訪れない。
泳ぐには足場が悪いし、演習に使うにも狭すぎた。近くにピザ・レストランがあるにはあるが、職人不在でずっと閉鎖されているのは周知の事実である。なので、未整備のまま、自然任せになっていた。
「それに、こんなガラクタ、どこにあったんだ?」
「ガラクタは
エドは、むすり、と顔を
穴の開いたビーチ・パラソルに、色褪せたサマーベッド。焦げ跡の残るキャンピング・テーブルに椅子。たしかに見た目こそガラクタそのものだが、ちょっとしたビーチ・パーティーをするつもりならこのくらいの品々があれば事足りそうだ。
「ほら、
「ははあ。なるほどね」
「結構いろんなものがあってね」エドはカップの中身をあおる。「で、軍事的に重要そうじゃないこういう物については、割と好き放題させてくれるのさ。専用の物置まで貰ってるからね」
「や、役得ってヤツだね、
「そういうことですな、シスター・ハナ」
ハルトはそこで、ずっと気になっていたことを尋ねる。
「ずっと気になってたんだが、その『パパ』って
「逆になんでだと思う?」
「え……?」
にやにやと笑みを浮かべたエドの問いに、ハルトはしばし考え込んだ。
そして歯に
「正直に言って、いわゆる『父親』って感じじゃないだろ、エドは。そもそも威厳に欠けるし」
「言ってくれるじゃないの! このこのっ!」
「あははは! 悪かったって!」
エドの繰り出す手打ちのパンチを避けながら笑う。
「だからさ、『パパ』って呼び名に、俺の知らない意味が込められてるんじゃないかって思ったんだ」
「まあ、日本人のハルトだとピンとこないだろうねえ」
「??」
「これだよ、これ」
そこでエドは、シャツの襟元から手を差し入れ、首から下げていたものを見せる。
「我らが神だよ。アーメン、ハレルヤ、ピーナッツバターだ!」
「教徒だから、ってことか?」
「あははは。そこまで単純じゃないさ」
エドは十字架を丁寧に磨いて、シャツの中に戻した。
「ある時、神父の真似事を引き受けたんだよ。『パパ』って愛称にはいくつかの意味があるけれど、僕の場合は、つまるところ『神父』ってことだね。僕自身そこまで熱心じゃないけども」
「ク、クリスマスなんかの時も!」
「そうそう、サンタクロースまでやらされたねえ! ひとりだけ徹夜してまでさ!」
エドとハナ、そしてモンドはその時を思い出し、くすくすと笑い立てた。
(でも……案外エドの存在って大きいよな……。まさに『野良犬分隊』の『パパ』だ)
なんだかんだと文句を並べ立てながらも、結局は面倒を見てしまう。そんな一面もまた、ハルトがエドの中に、陽介の幻影を見る理由なのだろう。同じように口は悪いが、弱っている者、困っているヤツを見ると、ついつい手と口を出してしまう。お節介だが、頼りになる男だ。
「いつもありがとうな、エド」
「よせよ! 僕ぁピエロ気分でやっているだけなんだから」
「け、結婚する時には、た、頼むといいよ、ハルト!」
「……だ、誰と?」
きらきらと目を輝かせるハナは、ハルトの隣ですぅすぅと寝息を立てるガビを見た。
だが、ハルトは表情を暗くする。
「け、喧嘩でもした?」
「違う……そうじゃないんだ」
そして気がついた時には、心の裡に秘めた幼馴染、サリィへの深い想いを仲間たちに打ち明けていた。と同時に、ガビに対して抱きはじめている、深い愛情のことについても。
酔っていたのかもしれない。
カンテラの灯りに照らされて淡く桃色に光るノンアルコールカクテルに、というよりも、こんなにも平穏で心の底から楽しいと思えるひとときに。きっと、だからだったのだろう。
「俺はどうしたらいいと思う、ハナ?」
「そっ! そんなことっ! あ、あたしには分かんないよ!!」
「正直に言えばいいさ」
エドは薄い微笑みを張りつけた顔で告げる。
「いつもまっすぐで、嘘が下手で、誤魔化しなんか一切使わない。それがハルトの良いところだろ?」
「そッスよ」
(こくこく)
「で、でも!」
ハナは突然、ぐすぐすと泣きじゃくる。
「ガ、ガビ、可哀想だよぉ……!」
「それも人生、ケ・セラ・セラさ」
エドの瞳には誰が映っているのだろうか。
そして、今にも落ちてきそうな満天の星空を見つめ、エドはひとり
「明日の出発を控えた僕らにはもう、後悔する時間だって残されちゃいないんだからね――」
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