第二十一話 ビーチ・パーティーの夜に

「うーっ! つ、疲れたぁ……!!」


 ハルトとガビが兵舎に戻ってから、しばらくち。

 情けない悲鳴を上げつつ、文字どおりうようにして帰ってきたのはエドである。


 支度したくをしておけ、と命じたはずの相手が雲隠れしていたのだから、ガビはおかんむりだ。


「どうもいやしねえと思ったら……。ヘイ! どこで油売ってやがった、エド!?」

「いやいやいや。どうもこうもありませんって、我らの女王陛下」


 エドは噛みつくようなガビの物言いに辟易へきえきしつつ愚痴をこぼした。


「ガビとハルトがいない隙に――ってんで、束の間の自由を満喫しようと思ってたところにタキが現われて、哀れパパ・エドは荷馬車に揺られて市場まで、ってヤツですよ。これが」

「……さっぱり分からん」

「へーへー。そうでしょうねえ、そうでしょうとも」


 もうヤケクソである。

 肌身離さず抱えていたノートPCをやっとのことで開いた。


「タキ指揮官殿がね? こう仰るんですよ――『作戦を立てるために、お前の知恵と腕を借りたい』と。そりゃあ、嬉しいか嬉しくないかで言ったら、嬉しいよ? でもね? 結局やったことなんて、観光案内みたいなモンだ! もっとこう……作戦参謀的なアレを期待してたのに」

「そ、それは、ざ、残念だったね……」

「でしょー? ハナちゃん! 分かってるぅー!」


 おい。

 毎度子ども扱いされてるハナが、そろそろブチ切れそうだぞ。


「観光案内って……種子島のスか?」

「他にないでしょ、モンド」


 エドはなかなか表示されないデータにいらいらしながらこたえる。


「ほら、こんなモンさ。この程度の情報、僕じゃなくったって引っ張り出せるでしょうに」

「これ……なんだ?」


 ハルトはスクリーンに映し出された資料の中から、巨大な滑り台のような構造物を指さす。比較するものがないのでスケールが掴みづらいが、終点付近にある建物や窓のサイズから逆算すると、かなりの規模だ。反対に、頂上にあたる始点付近は、途中で途切れてしまっている。


「これ? マスドライバーじゃないの。……みんなだって知ってるでしょ?」


 ぶんぶん、と一同は首を振る。

 知っているどころか、見るのもはじめてだし言葉として聞いたのも今日が初だ。


 それが、よほどエドの予想とかけ離れていたらしい。


「………………は? 知らない? それ、マジ?」再びうなずく。エドは頭を抱えた。「おいおいおい……。マスドライバーなんてシロモノは、それこそ古典的名著集グレート・ブックスにも名を連ねている偉大なる小説家、ジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』に登場したくらいの『遺物レリック』なんだぜ?」

「はン! 古典的名著集グレート・ブックスなんざ、クソ喰らえだってんだよ」

「まあ、ガビは仕方ないとして、だ」

「………………なんか言ったか?」

「言ったけど言ってない。それはいいとして――」


 ンだとぅ! と殴りかかろうとしたガビをハルトは羽交い絞めにして取り押さえる。それすら気づかず、エドは続けた。


「マスドライバーってのはですね。誰でも分かるようカンタンに言うと、地上から宇宙まで『放り投げる』ための仕組みのことだよ」

「『放り投げる』って、ずいぶん乱暴だな……おっと!」


 暴れ馬をぎょするようにガビの動きをうまくコントロールしながら尋ねると、エドは頷く。


「乱暴もなにも、それ以上でも以下でもないからね。ロケットやシャトルのように、『その先』まで進むためのものじゃない。とりあえず『宇宙』と呼べるあたりまで『放り投げ』られればオッケー、って発想の下に研究・開発されたものだから。具体的には、衛星軌道あたりまで」


 人類の科学力が地球外、つまり『宇宙』にまで手を伸ばしはじめたのは旧世紀後半のことである。


 ロケットを使った推進力によってはるか空高く、衛星軌道へ、さらには月へと文字どおり足を踏み出した人類ではあったが、それを可能にした究極の『モノ』とは、ずばり『マネー』だ。


 キログラムあたり数千ドルという、まさに天文学的な財力があってこそ、『宇宙』へと人類を押し上げることができるのである。そのコストを大幅に削減するために考案されたのが、このマスドライバーなのであった。


「つまり、こいつを使えば、まだやつらの手の及ばない『宇宙』に行ける、ってことなのか?」

「それは……正直に言って難しいと思うよ、ハルト」

「なぜ?」

「人間を乗せて飛ばすことを想定してないんだ、こいつは」


 エドは頭を掻きながら映像を拡大した。


「ほら、この程度の距離しかない。長さにして、数百メートルがせいぜい、ってとこさ。そんな短い距離で『宇宙』まで勢い良く飛ばそうと思ったら、とんでもない加速度が必要になるんだ。そんな物凄い負荷に耐えられる人間なんていないって」


 エドの言うことは、実際正しいのだろう。だが、これがなにかの重要なピースになる、そんな根拠のない予感がハルトにはあった。


(俺の頭じゃ、とてもじゃないが足りなさすぎる。けど、ヨースケならどうだ……?)


 そこでエドは、苦笑と共に肩を竦めた。


「でも……タキたち指揮官連中は、これがなにかに使えると思ったみたいだね。だから決めた」

「『タネガシマ奪還作戦』の決行を、か」

「そういうこと」


 そう言うと、エドは、ぱたん、とノートPCを閉じてしまった。


「それよりも――だ。みんな、聞いたかい? アレのことを?」

「ア、 アレって、な、なに?」


 そこでエドはウインクをひとつ。


「決まってるじゃないの! パーティーさ!!」




 ◇◇◇




 その夜、キャンプ・シュワブはいつもの静けさが嘘のようなにぎわいをみせていた。


「ヘイ! そこのおふたりさん! ブリトーは好きかい!?」

「いいねえ! でも、わりぃ、今は人を探してるんだ。あとでな!」


 そこかしこに屋台が建ち並び、普段足を運んでいる食堂はもちろんのこと、基地内にあるボーリング場や映画館、はたまたトレーニングルームまで煌々こうこうと灯りがともり、陽気な音楽と喧騒けんそうが道々にあふれていた。あちこちから食欲をそそるいい匂いが鼻先をくすぐり、アスファルトの上に踊る光は色とりどりのキャンディのようだ。


 その中を、ハルトとガビ、ふたりは寄り添うように肩を寄せ合い、歩いていた。


「なんだかえらいお祭り騒ぎだな」

「なに言ってるのさ、ハルト。みたい、じゃなくて、お祭りなんだって!」


『タネガシマ奪還作戦』実施のための出撃を明日に控え、戦地へおもむく試練生たちに、せめてもの楽しいひとときを過ごしてもらいたい、という指揮官たちのいきはからいらしい。


「にしても……。くそっ、あいつら、どこに行っちまったんだよ?」

「うーん……」


 ふたりが探しているのは『野良犬ストレイドッグス分隊』の隊員たちだ。せっかくのパーティーなんだから、一緒に楽しみたい、とガビが言い出し、腰の重いハルトまで引っ張り出されてしまった。


 ハルトはしばし考えを巡らし、やがてこう言う。


「エドは楽しみにしてたっぽいけど、ハナやモンドは、なんだか浮かない顔をしてたからな」

「ちぇっ、陰キャ連中が。こういう時は、馬鹿になりきって楽しむのが一番だってのに……」

「そう言ってやるなよ。苦手なヤツだっているんだから」

「そうか? あたしは、こういうの、大好きだぜ! しかも、隣に――」


 と、突然、慌てたようにガビは言いかけていた言葉を引っ込める。


「隣に――なんだよ? 最後まで言えって。気味悪いな」

「う、うっせえ!」


 夜道でもガビの赤くなった顔が分かるほどだ。

 と、いきなり腕を掴まれ、引っ張られる。


「あ――ほら、あそこ! 人が集まってる! 見に行こうぜ、ハルト!!」

「あいつらを探さなくっていいのかよ……。うおっ――引っ張るなって!」


 仕方なしにあとをついていくと、人垣の中心には二の腕までまくり上げた試練生の、額に脂汗を浮かべながらじっと耐えている姿があった。どうやら、入れ墨タトゥーを入れているらしい。その周りでは同じ分隊の連中らしき試練生たちが「根性見せろ!」としきりに野次を飛ばしている。


「ん? あれ、なに彫ってるんだ、ガビ?」

「多分、分隊のマークとか名前だろ? 仲間の証ってヤツ。……あたしたちもやってみる?」

「……は? よせよせ! 俺は痛いのが苦手なんだ」

「あははっ!」


 ガビはガラにもなく、少女のように無邪気に笑った。


「いくらぶっ飛ばされて、ぶん殴られても平気な癖に、ああいうのだけはからっきしなんだから! ホントに変なヤツだな、ハルトは!」

「仕方ないだろ? 苦手なものは苦手なんだって」

「くくくっ! ……あっ! ち――ちょっ!?」


 まだにやにや笑って、ちょいちょい、と誘っているガビの左手を強引に掴み、握り締める。


「は……放せって! は、恥ずかしいじゃねえかよ……」

「こうしておかないと寄り道ばかりするからな。我慢しろ」

「……っ」


 ぐいぐいと前に進むハルトの後ろから、照れ臭そうにうつむくガビがついてくる。


「あ………………あのさ、ハ、ハルト?」

「ん?」

「お前……怖く……ないか?」


 足を止めたハルトは振り返り、不安そうに表情を曇らせるガビを見つめた。


「明日になったらさ? あたしたち……みんな死んじまうかもしれないんだぜ?」

「かもな」ハルトはそう言ってから、「……でも、ガビがいる。エドやハナ、モンドやチェンニがいるんだ。俺たち『野良犬分隊』は、そんなカンタンにくたばる連中じゃない。だろ?」

「ははっ。言ってくれるぜ」


 にやり、と表情を不敵な笑みに変え、ガビは小走りにハルトの隣に並んだ。


「仕方ねーなー! この『戦う大天使アークエンジェル』ガビ様が、頼りねえ『初心者ニュービー』を守ってやるかー!」

「その渾名あだな、嫌いなんじゃなかったのか?」

他人様ひとさまに呼ばれるのはまっぴらごめんだけど、あたし自身が言う分にはさ、問題ねえんだよ」

「俺は嫌だけどな、その『初心者ニュービー』ってのは」


 上機嫌なガビに対して、ハルトは不服そうだ。

 ことさら、むすり、と顔をしかめた。


「もう、『初心者ニュービー』じゃない。仲間たちを、お前を守ってやれるだけのチカラを手に入れた」

「はン! あたしを守るなんざ、十年早いっての」ガビはそううそぶく。「黙ってあたしに守られてりゃあいいんだって! あたしはな? 絶対にあんただけは死なせない、そう誓ったんだ」

「俺が……『六人目シックスメン』、だからか?」

「そ――そうじゃねえよ! だって……だって!」


 と、慌てて強く否定したものの、続く言葉はガビの口からなかなか出てこなかった。酸欠の金魚のように、ぱくぱくと口を動かすだけで、いつまで待っても声にならない。


 次の瞬間だった。


 ……ん!?


 ガビの少し後方の、兵舎と兵舎の間に生えた灌木かんぼくをうまく使って、薄暗がりに隠れて移動する影が見えた。その小さな身体とすばしっこい動きには、たしかに見覚えがある。なにかを大事そうに抱え、東の方へ、砂浜と海岸の方へと走り去っていく。ハルトの口元が思わずゆるんだ。


「おい、ガビ?」

「へ? ひゃあああ!」

「……しーっ」


 咄嗟とっさに抱き合いカップルのフリをして、ハルトはガビの耳元に囁きかける。


「どうやら、行方不明M.I.A.の連中の尻尾をつかんだらしい。気づかれないように、後を追ってみよう」



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