第二十話 諸君らに、なにができるのかね?

 それから数日後のことである。



「たたた、大変っだっ!! 凄いことが起こったよ、君たち!!」


 いつも午後の教練になると姿を消すようになったエドが、血相を変えて兵舎に飛び込んで来た。


 とはいえ、エドがいちいち大袈裟なのは生まれの違いと、さほど重く考えていないハルトたち分隊の仲間は、そこまで慌てはしなかった。早速茶化ちゃかしに入る。


「まーたはじまったよ! エド先生の『分かったエウレーカ』が!」

「いやいやいや! 今度はマジだって、ガビ!!」


 つばを飛ばす勢いでまくし立てるエドを前に、顔をしかめて手でさえぎるガビ。仕方なしに分隊員が集まり、チェンニに促されるままにエドはベッドに腰掛け、差し出された水をごくごくと飲んだ。


 そこに、


「あー、なんだっけ……。タキの手伝いで、なにかしてたんだよな?」

「ぼふぉっ!! そうそう!! それだよ!!!!」


 飲み込むいとましい、と口の中の飲みかけの水を思い切りハルトに向けて吐き出し、エドは再びエンジン全開で捲し立てた。ハルトはあきれ顔を浮かべ、着ているシャツを捲り、顔をぬぐう。


「ほら? このキャンプ・シュワブって、旧・アメリカ軍の基地ベースだったって知ってるだろ?」


 皆、一様にうなずく。


 というか、腰を折ろうモンならなにをされるか分からない怖さがあった。


「そのお陰でさ、いろんな『遺産レガシー』が残ってるんですよ、これが。んで、マザー・タキいわく『おい、エド、こいつを直せるかね?』ってご宣託めいれいが下ってね。低軌道衛星通信機って古びたシロモノを使用可能な状態に復旧しろ、とド偉い無理難題が来たモンだ。けどね? それで怖気づくようなエド様じゃ――」

「て、低軌道衛星通信機ってなに?」

「あら! いい質問ですねー、ハナちゃん!」


 ハナが、むっ、と顔を顰めているのにも気づいていない様子である。


「低軌道衛星通信機ってのはね? 高度3万5千キロメートルなんていう、天高く、はるか上空にある静止軌道衛星に比べて、700から2千キロと比較的低い軌道を回る衛星を使う通信方法なのですよ。それってのはですねえ――」

「それだとなにが得スか?」

「そこよ、そこ! 僕が説明しようとしたのもね、モンド君!」


 エドのギアが三速サードに入ったらしい。ますます加速する。


「この低軌道衛星ってののメリットはね、通話の遅延が少ない、ってことなんだ! ドデカい大型の指向性アンテナなんかも要らないからね! おまけに、衛星間で通信することで、地球全体を網羅することだってできちゃうのさ!」


 すると、チェンニが困ったように眉を寄せ、エドになにやら無言で訴えている。エドは何度も頷き、ギアを四速フォースにシフトアップした。


「あー。分かる、分かるよー、チェンニ!」誰にも聴こえなかったが、エドだけは理解したらしい。「もちろんデメリットもあるさ! その、そもそも地球全体を覆い尽くすってのには、千機近い衛星が必要なんだけれど、今現在、どのくらいの数が『生きてる』のか不明なんだ」


 そして、ハルトが次なる質問を繰り出そうとし、


 エドがさらにギアを五速トップに入れようと身構えた時、



「エ・ド・っ・!! もうご託は良い!! たくさんだ!! とっとと本題に入んな!!!!」



 かたかたかたかたかたかた……。



 どしり、と座っているガビの左膝は、残像が見えるくらいに激しく揺れていた。彼女の表情を見るまでもない。訳の分からない話をさんざ並べられて、相当頭に来ているらしい。


 危機的状況それに気づけないほど、エドは馬鹿ではなかった。


 はぁ……と溜息をついて、


「その、低軌道衛星通信機ってのを使用可能な状態に復旧させてみたら……応答があったのさ」

「はぁ!? マジかよ!! 早く言えっての!! ぶっ殺すぞ!?!?」

「ま、まあまあ――」


 エドは怒れる女王の拳をなんなくくぐり、ノートPCを開くと、地図を表示させる。


「応答元は、ここ――1000キロ離れたタネガシマの、その西方、12キロ沖合にある馬毛まげ島にある、旧・自衛隊空軍基地かららしいんだ」


 エドの指さす位置には、馬毛島、とある。


 鹿児島の最南端からは、三十四、五キロメートルほどの距離だろうか。決して大きな島ではない。周辺にある屋久島、本島である種子島と比べても、かなり小さく見える島だ。


「で? 連中、なんと言ってた?」

「それが、そのう……ヤバい・・・らしい」


 エドはひときわ声を小さく絞った。


「ここの――そう、ここ。タネガシマはもうサルーアンの軍勢の手に落ちたらしくってさ。なにしろ、これだけ陸地から近いだろ? 海からも空からも、連中が攻めてきたみたいなんだ。辛うじて生き残りが、この馬毛島に立てもってる。でも、そう長くはないだろうって――」

「おいおいおい……!!」


 ガビは居ても立ってもいられなくなったようだ。すっ、と立ち上がった。


「それはタキに伝えたんだろうな、エド!?」

「もちろんさ――ほら」



 次の瞬間、



 ――ウー! ウー! ウゥーウウウ!!



『――緊急事態発生、緊急事態発生。全指揮官下の分隊長リーダーおよび副分隊長オフィサーは、至急集合せよ』



大音響放送ジャイアント・ボイスだ! いくぞ、ハルト!! お前たちも準備しとけよ!!」


 そう言い捨てミリタリーキャップを拾い上げると、ガビとハルトは駆け出した。




 ◇◇◇




 基地内にある映画館シアター――。



『――どこでもいい。集まった順に前から座ってくれたまえ、諸君』


 そこに集められた試練生の数は、前回の規模ではなかった。なにしろ今回は、小隊単位ではなく、『すべての』分隊長および副分隊長が集められたのだ。


 もちろん、集まっているのは試練生たちだけではない。各小隊の指揮官を任された者、戦闘訓練で見かける者たちは当然ながら、車両整備や武器保管庫でたまに顔を見かける者や食堂で毎日顔を合わせる者までいた。


 逆に言えば、それほどの大事なのだと言える。


『では、そろそろはじめよう――』


 その大人と子どもの入り混じった客席のざわめきをさらうように、スピーカーから声が届いた。


 スクリーンの隅に置かれた演台に、ひとりの老いた姿が見えた。シルバーグレイの髪に青白い肌、となると彼もまた、かつては個人指導教官チューターズを務めていたのだろう。


 インカムに触れる。


『――私はこのキャンプ・シュワブの指揮官のひとり、統括する立場に就いている、アルベルトだ。アルファ小隊を指揮している。よろしく頼む。……さて、まずはスクリーンを観てくれ』


 そこには、すでにガビとハルトが目にしたものと同じ、タネガシマ周辺海域の地図があった。


『本日午前中のことだ。詳しい経緯は省かせてもらうが、ここ、キャンプ・シュワブに残されていた旧・アメリカ軍の通信機を修復し、再稼働させた際、我々はある通信を傍受した。発信地点は――ここだ』


 さらに地図がクローズアップされる。

 その中心にあるのは、あの馬毛島だ。


『端的に言えば、それは救難信号だった――至急・・援軍・・送られたし・・・・・。このタネガシマ沖に浮かぶ馬毛島に、我らの同胞、人類の生き残りが見つかった。だが、やがて彼らは散るだろう』


 集められた者たち、全員が不気味なほど静かになる。


 しかし、それは絶望なのだろうか。




 否――。




 客席から、す、と手ががる。

 誰よりも驚いたのはガビだ。


 声をかけられるまでもなく、挙手した者――ハルト・ラーレ・黒井は立ち上がり、告げる。


「我々にできることはないのでしょうか?」

『所属と名前を』

「はい。タンゴ小隊『野良犬分隊』の副分隊長、ハルト・ラーレ・黒井であります」

『では、ハルト副分隊長に尋ねよう――』


 アルベルトは大きく頷くと、問う。


『――諸君らに、なにができるのかね?』

「自分たちは、この日のために鍛え、腕を磨いてきた、そう考えます」

なにが・・・できる・・・――そう尋ねたのだが?』


 ハルトはしばし沈黙し、ガビと目を合わせ、その背を押されるようにして胸を張る。


「戦って、勝利することであります。……いいえ、我ら人類の反撃のいしずえを築くことであります」

『……よろしい。座りたまえ』


 ざわり、と客席にさざ波のように囁きが広がっていく。それを物ともせず、ハルトは敬礼をし、着席した。手が――震えている。その手にガビがそっと手を重ねた。ハルトはそれを握る。


『勇敢かつ完璧なこたえだ。まさに、模範的回答と言えるだろうな――』


 充分ざわめきが広がった頃、それを再び鎮めるようにアルベルトが口を開いた。


『だがしかし、その判断を下せば、我々はその報いを受ける。諸君、隣の者の顔を見たまえ』


 集まった者たちは、その言葉の真意も分からぬまま、それに従う。


 やがてアルベルト指揮官はこう告げた。


『今、諸君らの見た、知った同胞の顔は、この数日のうちに、二度と笑うことはなくなる――それが報いだ。二度と話すことは叶わないし、酔っぱらって下品なジョークを飛ばすこともなく、その胸の奥に秘めた夢や希望――すべての未来を失うことになる。それが叛逆の報いだ』



 ぐ、と胸を衝かれた一同はたちまち声を失った。



 だが、

 それでも、と思う心は同じはずだ。



 アルベルトは冷徹なまでに平静を崩すことなく続ける。


『これまで、このオキナワ・ベースは、その地理的優位から、長らく安寧の日々を過ごしてきた。だが、それと同じ――いや、それ以上に諸君らは、ひたすら己を磨き、いつか来るだろうその時に向けて、従順なまでに厳しく辛い訓練を何度も何度も乗り越えてきた。いくら優れたサムライ・ソードであろうとも、使われなければただの飾り――それもまた真理だろうな』


 そこで言葉を切り、


『正直に言おう。我々指揮官の中でも意見は分かれた。ここで出るべきだという者がいる。いいや、まだその時ではない、という者もいる。さて……ここに集まった諸君らはどう思うね?』




 そして、待った。




 やがて、




 勝利を――!


 勝利を――!!


 勝利を――!!!!




 その声は、いつしか割れんばかりに大きく、強く、激しくなってゆく。


『よろしい――』


 アルベルト指揮官は、すべての集いし者を鼓舞するように右手を高く差し伸べ――、


『諸君らの想いは伝わった。この手に、この拳に。我々は、自らの「生存」を賭けた戦いに踏み出そう。我々人類が、再び「現実セカイ」をこの手に取り戻すために!』


 ――万感の思いを込めて、握り締めた。


『この「戦い」はちっぽけだが、我ら人類にとっては「大いなる第一歩」となるだろう。今こそ諸君らのチカラを示す時だ。我らに勝利を!!!!』



 勝利を――!!!!!!



『勝利を!!!!』



 勝利を――!!!!!!



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