第十七話 分隊対抗模擬戦

 遂に、分隊対抗の模擬戦の日がやってきた。


「各員降車! 急げよ! 遅れてるぞ!」


 次々と北部訓練場に集まってきたM1083・5トン・カーゴトラックから試練生たちが降りてくる。すでに到着済みの試練生たちは小隊ごと、分隊ごとに分かれて整列していた。オキナワ・ベースに所属する全員が参加する、はじめての、そして最大規模の教練である。


「いいかね、諸君?」


 先行して到着していたタキ率いる『タンゴ小隊』の面々は、指揮官の声に耳を傾ける。


「本日使用するのは、ゴムスタン弾だ。実包ではない」


 タキは抜き取ったマガジンを見せつけるように差し出し、再びタイプ1に装填した。


「だがしかし、だ。殺傷能力の極めて低いゴムスタン弾だと舐めてかかるなよ? これとて、当たりどころが悪ければ怪我もするし、死ぬ可能性とてゼロではない。くれぐれも装備に不備がないよう、分隊員同士で確認をするように。どんな状況だろうと、ヘルメットだけは外すな」

了解しましたイエス・マム!」

「ふむ――では、呼び出しがかかるまでは待機。ハメを外さなければ、どこに行こうが自由だ」


 タキはそう告げて、色気も可愛げもないウインクをひとつして、いずこかへ歩き去る。なので、ハルトたちは他の分隊員たちと共に観戦することにした。


「あれ? ガビは? どこに消えちまったんだ?」

「っと。僕ぁ見てないぜ。ハナ、知ってるかい?」

「ち、ちょっと、で、でかけてくる、って……」

「ふーん。お花でも摘みトイレに行ったのかな? どうする、ハルト?」

「そうだな……」


 ここで観戦することはガビにも伝えてある。


 場所が分からなくても、誰かに聞けば良いだけの話だろう。


「本番を前に、緊張しているのかもな。大丈夫だ、ヤバそうになったら、俺が探してくるよ」

「りょーかい。お任せしますよ、っと」


 エドも笑い返したが――隣を見て、たちまち目が丸くなる。


「……っと、チェンニ? その……君、ポップコーンなんて、どっから見つけてきたんだ?」


 逆に尋ねられたチェンニの方が驚いた顔をする。

 にこやかに細められた目の先の、指さす方を見ると、


「お、おいおい……。いくら娯楽がないからって、いくらなんでも浮かれ過ぎじゃないか?」


 見たことある顔――それもそのはず、食堂にいる顔がそこにいて、トレイ一杯に詰め込んだポップコーンやらチップスやらソフトドリンクまで売って歩いているではないか。まるで野球場かドライブイン・シアターのようだ。しかも、結構な勢いで売れていっている様子である。


 その光景は、ハルトには少し懐かしい気がして、自然と口元がゆるむのを感じた。


「ま、まあ、良いんじゃないか? 全分隊の対抗戦だなんて、体育祭みたいなモンだろうし」


 ハルトたちの通う『学校スクール』では、年間を通じてさまざまな行事が開催されていたが、その中でも最も規模が大きく、かつ賑やかで華々しかったのが『体育祭』だ。近隣に住む、大勢の子どもたちが個人指導教官チューターズに連れられ見物にやってくる。それ目当てで露店も建ち並んでいたくらいだ。


 が、予想に反して、仲間たちの反応は薄かった。


「ったく……ハルトはいいさ。ぼかぁ学校行事の日は、仮病を使って休むことに決めていてね」

「え!? そうなのか? ……他のみんなは?」

「あ、あたし、め、迷惑かけるから、い、行かなかったよ」

「……おらもス」


 残るチェンニはいつものとおり無言のままだったが、その表情を見る限り、他のみんなと似たようなものだったのだと分かる。ハルトはひとり浮かれていた自分が恥ずかしくなった。


「あの……。なんか、すまなかったな」

「ハルトが謝るようなことじゃないさ」


 そう慰めるエドの顔は、それでも苦く、厳しかった。


「でも……ハルトなら覚えているかもな。前にタキが座学の時間に、人材育成特区の中でも優劣があり、学区と居住区画を分けて『選別』している、って言っていたのをさ。どうだい?」

「あ――」


 たしかに覚えていた。


 なぜならば、そのセリフがタキの口から発せられた瞬間、周りの試練生たちが注視したのはタキではなく、無関係な――少なくともハルトにとってはそうだ――ハルトだったからだ。


「みんなが俺を見たいたのを覚えている……あれ、なんでだったんだ? また、へましたか?」

「違う。君が、エリート様だからだよ、ハルト」


 言われた意味がうまく呑み込めない。


「もしかして……また、揶揄からかわれているのか? 俺?」

「そうだ! ……と言ってやりたいところだけどね。今回はマジだ」


 エドはお道化どけてみせるが、珍しくサマにならない。


「山の頂上に立つ者の目に映る景色は壮観だが、それは、そこに誰もいないからである、さ」

「ん? ……誰の名言だ?」

「もちろん、僕だ」エドはとぼけ顔で肩をすくめる。「君たちの通っていた『学校』、あれを『学校』と呼んでいたのはトップ・オブ・エリート様だけだ。僕らの『学校』は、その前に必ず第二、第三って付いてたよ。その数字の示す意味は、上から『何番目のランクか』ってこと」

「エ、エリートって……」


 その敬称は、自分とは最も縁遠いものだ。


「俺はそうじゃない。自慢じゃないが、学力も下の方だったぞ?」

「ははっ、能力の問題じゃないんだって。遺伝子の組み合わせで決まるんだ。言うなれば、君たちは名家の『血統書付き』、僕らはそこいらに掃いて捨てるほどいる『雑種』ってこと」

「う……」


 ハルトは急に孤独感を覚えた。

 仲間たちの視線を受けて、おそるおそる尋ねてみる。


「みんなも……俺のこと、そう思ってるのか……?」

「はッ! まさか!!」


 突然、ハルトの口から漏れた気弱なセリフを耳にして、『野良犬分隊』に笑顔が戻ってきた。


「君ほど、からかい甲斐があって、初心で、世間知らずな『初心者ニュービー』を捕まえて、いまさら、近寄り難い高貴な出のエリート様、だなんて思いやしないよ! おかげで退屈しないからね」


 だが、そこでにこやかにうんうんと頷かれては、心中複雑である。


「なんだか、馬鹿にされてる気がする……」

「まあまあ! 半分くらいはね。もうちょい上、かな?」

「……おい」

「まあまあ。それは置いておいて――だ」


 置くなよ、と思うハルトである。


「僕らの『学校』での体育祭なんて、そりゃあもう酷いもんさ。日頃のガス抜き、鬱憤うっぷん晴らしにやらせる息抜きみたいなモンでね? あんなところに出たら、たちまち目を付けられちまう」

「暴力、ってことか?」

「そうじゃないさ。忘れたのかい?」


 エドは心配そうなハルトに手を振ってみせた。


「僕らが、犯罪性のある思考や造反的思想を持ちにくい『扱い易い羊』だってことをさ。だから、いくら雑種でも喧嘩や乱闘騒ぎなんてなかなか起さないって。まあその分、陰湿だけどね」


 意味深に締めくくり、エドが仲間たちに目を向けると、ハナがおどおどと口をはさむ。


「あ、あたしが行くとね? み、みんな、気をつかって、さ、参加競技や席を考えてくれたの」

「それは……良いことじゃないのか?」

「ふ、普段は違う、って、い、言ってるようなものじゃない?」


 そう言われて、ハルトは、はっ、とする。


「か、顔は笑ってるけど、や、厄介者扱いされてるのは、わ、分かるもん。こ、来なくていいのに、そ、そう陰口を叩かれたこと、い、一度や二度じゃないもん。は、れ物扱いは嫌だよ」

「うーん……」

「み、みんな、あ、あたしが心的外傷後ストレス障害PTSD抱えているの、し、知っているから。と、突然、パ、パニックになっちゃうんだよ? じ、自分でも、と、止められないんだよ?」

「――っ!?」


 静かに聞いていたハルトの方が驚くほどショックを受けてしまう。その耳元でエドが囁く。


(ハナには、幼少の頃、両親から虐待を受けた記憶が『書き込まれている』んだよ)

(はあ!? どうしてそんなことを!?)

(いやいやいや! 僕には分からないって! そういう異分子イレギュラーも必要だって判断したんだろ?)


 両親の愛に包まれて過ごした幸せな――いいや、だった『嘘の記憶』を書き込むだけでも許しがたいことなのに、たったそれっぽっちすらも与えられず、いまだにうなされ、悪夢に苦しめられ続けているだなんて。この小さな少女が一体なんの罪を犯したというのだろうか。


(これもすべては『現実セカイ』を取り戻すため……。でも、これが正しいことなのか……?)


 なんとか騙し、心の奥底にしまい込んでいた疑念が、閉じていた瞼をわずかに開く。


(本当に統合政府は、人類の味方なんだろうか。もしかすると……くそっ、陽介がいれば――)


 首を振って叶わぬ想いを払い落し、ハルトはハナの頭を優しくでた。


「大変だったな、ハナ。……でも、もう俺たちがついてる。安心しろって」

「む、むぅううう……」


 が、ハナは安堵の笑みを浮かべるどころか、思い切り顔をしかめてぷくりとふくれてしまった。


「あ、あのね? ハルト? い、いつもそうやって、あ、あたしをちっちゃな子扱いして、お、お兄さんぶってるけど? あ、あたしの方が歳上なんだからね? む、むぅうううううっ!!」

「………………あ」


 と言われても、自分の腰までも届かない背丈で、対人恐怖症のケがあるためいつも誰かの足に、ひし、とすがりついている童顔の少女を、どこをどうしたら「センパイ!」と呼べようか。


「モ、モンドはどうだったんだ?」


 まだ怒っているハナから逃がれようと、哀しそうに表情を曇らせた大男に話を振ってみる。


 すると、


「おらが行くと……みんな困るス」

「なんで? 心強いじゃないか」

「んでも、『ぱうわー・ばらんすが崩れる』とか言われで――」


 ……なるほど?

 たしかに、綱引きや棒倒しなら、ひとりでも充分そうだ。


 さすがのハルトも困り果てていたそんな時だ。


「あーっ! むしゃくしゃする……!!」

「ガビ! ……おい、一体どうしたんだ? なにがあった? どこ行ってたんだよ?」

「はン! なんでもねえって。いちいち聞くなよ、『初心者ニュービー』。てめえはあたしのママか?」


 だったら、気になるようなセリフを言わないで欲しい。


 ガビは不機嫌な表情を隠そうともせず、どすん、とベンチに腰を降ろすと尋ねた。


「……どうなってる? エド、報告しろ」

「現在のところ、我がタンゴ小隊の戦績は、上の下、ってとこだね」

「………………つまり?」

「トップの座は、アイクたちのいるデルタ小隊だ。今のところ、10ポイント差がついてるよ」

「くそっ!!」


 ごん! と目の間のベンチを蹴りつけ、いきなり立ち上がって周りにいる小隊仲間に怒鳴る。


「いいか、てめえら? デルタの連中にゃ、死んでも負けるなよ!? 今日は勝ちに行く!!」




 ◇◇◇




 小隊対抗の模擬戦のルールはこうだ。


 まずはスタートの合図と共に、両チームの目の前にある、市街地戦を想定した区画を掃討するタイムレースがはじまる。もしも一般市民を誤射した場合には、クリア・タイムに五秒追加となる厳しい罰則がある。敵勢力の排除漏れも同様に、一体につき三秒の追加となる。


 そこを抜けた両チームは、50メートル四方の野戦区域で直接戦闘を行うことになる。


 実弾ではなくゴムスタン弾の使用だが、胴体に当たれば即死亡扱いで退場となる。手足にヒットした場合には戦闘を継続しても問題ないのだが、実際には、瞬間的な激しい痛みと衝撃でしばらく使い物にはならない。暴動鎮圧用の弾頭だけに、相応の威力があるのだ。


 野戦区域には、わずかばかりではあるが身を隠すことができる遮蔽物がある。なので、いかに迅速に、そして正確無比に、はじめの市街地戦の区画を抜けられるかが勝負の決め手だ。



 ――ビー! ビー! ビー!!



「よっし! 今回は楽勝だったな! よくやったぞ、ハナ!」

「え、えへへ……」


 二戦目も『野良犬分隊』は、かなりのスコア差をつけて勝ち上がることができた。


 勝因は、なんといっても先導兵ポイントマンであるハナの素早さと判断力だ。そのちっちゃな功労者であるハナはと言うと、ガビのいささか荒っぽい歓迎に身を任せ、子犬のように目を細めていた。


 もちろん、副分隊長オフィサーであるハルトの、分隊全体の調整力も実に効果的だった。動きが遅く、大きな装備を抱えたモンドの進む経路をうまくクリアし、隊列にバラつきがないように常に気を配って行動していた。ガビはかなり満足そうで、珍しく鼻歌まで歌っている。


「さぁて、お次は『ブリキの兵隊分隊』の三戦目だな。はッ、今度は面倒な相手だぞ?」

「ええと――」


 エドは早速ノートPCを開き、トーナメント表を確認する。


「ああ……。こりゃたしかに、彼らにとっちゃ面倒だね。全員新兵オール・フレッシュのヤンキーか」

「ヤンキーって?」

「新任の、ヤーン指揮官配下の『ヤンキー小隊』さ」


 エドは後ろを振り向き、観覧席の端にいる、見るからに場から浮いている一団を指さした。


「まだ未熟だからね、あの子たちは。当然タイムは遅いけど、その分、倒すにも時間がかかっちまうし、そもそも行動が読めない。戦場のセオリーなんて、まだご存知ないだろうからねえ」

「なるほどね――」


 だが、その時は誰も、あんなことが起こるとは思ってもいなかっただろう。




 ◇◇◇




 わずか十数分後に、悲劇は起こった。


「くそっ――!! 衛生兵メディッーク! 頼む!! アイク!! 死ぬんじゃねえぇえええええ!!!!」



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