第十六話 蘇る記憶と死の匂い

「あれは――で――だからさ――」

「だな――てことは――なワケで」


 新たに配備された次世代分隊火器、タイプ1の評判は、試練生たちの中でも上々だった。


 大食堂でのランチタイム。そこかしこで飛び交うホットな話題は、タイプ1のことばかりだ。もちろんハルトたち『野良犬ストレイドッグス分隊』の面々もご同様だったのだが――ただ、少し様子が違った。


「くそっ。次は見てろよ、『初心者ニュービー』――」


 ガビは腹立ちも収まらぬ様子で、トマトソースとパスタの海の中に漂うミートボールをフォークで突き刺し、それを振りかざしてハルトを睨みつける。ソースがれようがお構いなしだ。


「勘弁してくれよ、ガビ……」


 そのハルトはと言うと、散々愚痴を聞かされたせいでうんざりしていた。午前中行っていた実射教練の最後に、誰がうまいか決めようぜ! という話になり、ハルトが一位になったのだ。


 ガビは、最後の長距離射撃でわずかに中心を外し、惜しくも二位。そのせいで、こんな目にっている、というワケだ。


 MMA時代から、クリーンにスマートにファイトすることを信条としているハルトだからこそ、公平を期すために、自分の得た感覚やコツを仲間にも惜しみなく共有していた。


 それだけに。

 なのに――という思いが強い。


「あのだな? 長距離射撃だと少し弾道がホップする、って事前にアドバイスしたじゃないか」

「う、うるせえうるせえ! ……あ」


 ガビは真っ赤になってフォークを突き出す。ぽーん、と哀れミートボールは宙を飛び、ハルトのトレイに。返そうとしたがそっぽを向かれてしまう。仕方なく、そのまま口に放り込んだ。


「サンキュー。勝者の特権だな……もぐもぐ……」

「おおおお前っ!! なに喰ってんだよっ!? それ、ああああたしが口付けたヤツだぞ!?」

「ん? ガビのなら、俺はぜんっぜん気にならないぜ?」

「あたしが!! 気にするんだっての!!」


 ばん! と手のひらで薄っぺらな簡易テーブルを叩き、熟れたトマトのごとく顔を真っ赤に染めたガビは、ぷりぷり怒ってどこかへ行ってしまう。まったく――と置き去りにされたトレイの残り物も片付けてやるかと、行儀悪くフォークで引き寄せ、ふと、仲間を見回すと――。


「……お、おい。みんな、なんで俺を見てる? えええ……今の、俺が悪いのか?」

「うーん……」


 一同を代表してエドがパスタソースで赤く染まった口を開いた。


「悪いか悪くないかで言ったら、もちろん悪いんだけど……。そうじゃないんだよなぁ……」

「??」


 悪い――けれど、そうじゃない。

 まるで禅問答だ。


 むっ、と顔をしかめて視線を下げると、ハナまで苦々しい笑みを浮かべているではないか。


「た、たぶん、い、一生ハルトには分かんないかも」

「おいおいおい……。それ、さすがに酷くないか、ハナ?」

「おらも同意見ス」

「モンドまで! ってことは……?」

「チェンニの意見は聞くまでもなさそうだけれどね。……僕から伝えようか?」

「………………いい、遠慮しとく」


 ハルトが『野良犬分隊』の『六人目シックスメン』になってから、もうじき二ヶ月が経つ。


 あいかわらずというか、昔と変わらずというか、からかい甲斐のある『イジられキャラ』という扱いには変化がない。いや、どころかむしろ一層磨きがかかっていたものの、『初心者ニュービー』という不本意な呼び方はすっかり影を潜め、皆が『ハルト』と呼んでくれるようになっていた。



 ただひとり、ガビを除いては、だが。



 なにかの拍子で『ハルト』と呼んでくれることもあるにはあったが、そうした時には決まって、キッチンで『例のアレ』に出喰わしてしまったかのようなとびきりの渋い顔をガビはした。俺、そんなに嫌われてるのか? とさすがのハルトも酷く落ち込んだものの、ち、違う、違うんだよ? と複雑そうな表情を浮かべたハナからさとされ、なんとか持ち直した状態である。


「最近、ずっと変じゃないか? ガビのヤツ。いらいらそわそわしてる気がする……」

「き、きっと対抗戦のせいじゃないかな、ハルト」

「そういえば、来週だったっけ」

「そ! そうそう! そうだって!」


 たしかにハルトも気になっていることがある。


 それは例の『ブリキの兵隊ティンソルジャー分隊』の連中のことだ。


 彼らとは別の指揮官――タキとディーコン――に属する小隊だ。


 となると、必然的に顔を合わせる機会は少ないはずなのだが、まるでこちらの行動を把握しているように現れては、ちょっかいをかけてくる。それも、単に野次を飛ばしたり、軽口かるぐちをきいたりの程度ならまだ良いものの、あからさまに敵意をぶつけてくるのが厄介だった。


「なあ、エド? あの『ブリキの兵隊』の連中と、過去になにかあったのか?」

「な、なんだい、突然だね?」

「だって、あそこまでしつこく難癖つけてくるのは、ちょっと異常だろ? 誰だって思うさ」

「それは……まあ……。うーん……」


 たちまちエドは口ごもり、困った顔をして周りを見回した。そこで、ハルト以外の四人は目で合図を交わし、空になったトレイを手に立ち上がる。ハルトもそれにならって返却口に進んだ。


「理由がなくはないんだけど……さすがにここじゃマズいって。戻ろう」

「オーケイ」


 ハルトたち『野良犬分隊』は早々と兵舎に戻った。ガビがいるかと期待を寄せていたが、ここにもガビの姿はない。ガビの意見も聞きたかったが、むしろ都合が良かった、とエドは言う。


「じゃあ、ハルト? 次の教練の準備をしながら話そう。ただ……あんまり楽しい話じゃない」


 ハルトは無言で頷く。


「もしかして……ハルトはタキに聞いたかな? 『野良犬分隊』の最初の『六人目』のことを」

「ああ。ロベルト、だったよな。大まかな話は聞いたよ」

「そっか……」


 エドはなんとも話しづらそうにしばらく口を引き結んでから、囁くようにこう告げた。


「その……ロベルトが死んだ朝……第一発見者だったのは、アイクなんだ」

「――っ!?」

「あー、ただ誤解しないで欲しいんだが……誰もアイクが怪しいだなんて思っちゃいないよ?」

「もしかして……ガビ以外は、か?」

「いいや。ガビだってそれは分かっているはずさ」


 ハナやモンド、チェンニもエドの言葉に同意するように頷く。エドはそれを見て弱々しく笑うと、何度も力なく首を振った。


「心の中ではちゃんと分かっているんだ、ガビだって。けれどね? どうしても認めたくなかったんだと思う。ロベルトが死んだことを。僕たちの誰にも告げずに死んでしまったことをね」

「かもしれない」


 ハルトは、でも、と問う。


「だからって、険悪な仲にまでなることはない。だろ?」

「実はあの日の前の晩、ロベルトはアイクから相談を受けていた。いや……逆だったのかもね」

「アイクがそう言っていたのか?」

「いいや」


 エドは首を振った。


「ガビが聞いていたんだ。ロベルト、どこにいくんだ? って。ロベルトはいつものように、優しい微笑みを浮かべてこたえた――アイクのところに行ってくる、と。ふたりは兄弟だった」




 ◇◇◇




 ――北部訓練場。



「本日の教練からは、今までの野戦形式ではなく、市街地での戦闘を想定した訓練を行う!」


 タキの号令に従って整列した各分隊の前に、建築途中で放棄されてしまったような薄汚れた壁が建ち並んでいた。大きさとしては、一般的な一軒家くらいだろうか。屋根がなく開放的だが、内部はいくつかの部屋に分かれているようで、遠目で見ても入り組んでいる。


「まずは状況説明ブリーフィングだ」


 タキは無雑作に打ち立てられたボードに間取りを貼りつけて続けた。


「中にいるのは一般人と敵勢力、それらが入り混じっている状態だな。間違って一般人を射殺するなよ? 瞬時に内部の状況を把握して、倒すべき相手のみ排除しろ。……なにか質問は?」


 すでにハルトたちは、分隊の中のそれぞれの役割に応じて、どう動き、どう連携を取るべきかを座学で学んでいる。ただ、それはあくまでインプットだけ。肝心なアウトプットの時間だ。


「実弾やゴムスタン弾を使わないのはなぜでしょうか?」

「ふむ――それはな? やってみればすぐに分かるとも」


 訓練場到着後、事前に支給されたタイプ1のマガジンには、それぞれ空包が込められている。空包とは、弾頭を排除し射出用火薬のみの弾丸だ。音と閃光は実弾同様だが、それだけだ。


「心配しなくとも、すぐに実弾に替えてやるさ。が、まずは目と耳と、肌で感じ取ってからだ」


 一番目に挑戦することになったのは、屈指の実力を持つ『銀色狐シルバーフォックス分隊』だ。


「よし。まずは様子見だ。気楽に行こうぜ!」


 実弾ではなく空包であり、さらには一番手ということもあって、分隊員の顔は明るい。それが吉と出るか凶と出るかははじまってみないと分からない。


「では……はじめろ!」

行けゴー行けゴー行けゴー行けゴー!」


 タキの合図と共に一斉に駆け出し、分隊長がさかんに仲間を鼓舞して陣形を保ちつつ前進していく。いち早くドアの左右に張りついた分隊員ふたりは後続を待ち、頷き合ってドアノブ側に立っていた試練生が思い切りドアを蹴りつけた。


「行けっ!」


 中に立っているのはマネキンが二体。


 その一体だけの右手にオモチャの銃が握られていた。迷わず三点バーストで撃ち抜く。



 ――ぱ、ぱ、ぱん!



 そして、敵勢力を処理し終えたのを確認した直後、再び次のドアに――。



「お、おい! 道を開けろ! 銃を戻せ早く!」

「くそっ! こう狭くちゃ、勝手が違う……!」

「馬鹿! こっちに向けるんじゃねえ――!!」



 ――ぱぁん!



『あー……。聴こえるかね? ふむ――実弾じゃなくて命拾いしたな、ラウル。今ので戦死だ』


 インカム越しのタキの声が平坦にそう告げ、わずかに聴こえていた会話が止まった。ごくり――ハルトは気づかぬうちに乾ききっていた口腔こうくうつばを流し込む。



 忘れかけていた記憶が蘇る――ここは戦場なのだ、と。



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